君が認めてくれたから、
君が僕の光だったから、
君が……好きだと言ってくれたから―――、
手を伸ばして求めてみた。

ただもう一度笑って欲しかった。認めて貰いたかった。だけど君はもう一度僕が伸ばした手を取ってはくれなかった。
それは、こんな風に雨が降る日だった。








青。青い空。青い服。青いタオル。青い袋。青い靴。青い……髪の毛。


「アイチ?」
「櫂くん…?」


こんな街中でアイチを見かけた。ぴょん、と跳ねたアホ毛が目に入り、全体を見ればアイチだった。だがいつものアイチ……アイチのアイデンティティがない。猫耳と猫のしっぽが。
アイチは俺に気付くと嬉しそうに、にこにこ笑いながら近寄ってきた。レンの姿は……見当たらない。


「ア、アイチ…耳としっぽはどうしたんだ?」
「う?あ、みみとしっぽ?そとに出るときにだしてたら、たべられちゃうから、ってレンさんが言ってたからしまったの!」
「しまった、って……しまえんのか耳としっぽ!?」
「うん」


驚き、思わず大きな声を出してしまった。此処が街中だというのをすっかり忘れて。櫂はそれに気付き咳ばらいをするとアイチを見た。
こうして見れば……普通の人間だな。しかし一体どうゆう構造してるんだ?
さわさわ。


「みゃっ!?かか、櫂くん!?」
「アイチ、どうやったらしまえるんだ?あっ、つむじ」
「や、やめてよ!つむじ探さなくていいから!あんまり…しまうのはながくもたないんだけどね、っくしゅん!」


と、盛大なくしゃみをした途端、アイチの頭とお尻からは猫の象徴、耳としっぽが出て来た。
まずい、とばかりに櫂は驚くとアイチの腕を引き建物裏に逃げるように連れ出す。


「くしゃみすると出て来るのか…」
「そ、そうゆうわけじゃない…ようなあるような……。えと、びっくりすると出て来ちゃうの」


てへ、と舌を出して笑う姿はバトルシスターしょこらならぬ、あざこらをイメージさせた。
と言うかいつの間にそんなあざといものを。さすがアイチ。


「……で、なんであんな場所にいたんだ?一人じゃ危ないだろうが」
「う、うん……。でも…レンさんをさがして…」
「レンを?何故だ?」


しゅん、とアイチが俯けばそれに伴いアイチの耳も垂れ下がる。あざとい技だ。伸びた手をなんとか堪えて聞いた。


「レンさん、さいきん、かえるのおそくて…。しんぱいで……」
「そう、か…。……大丈夫だ、俺も一緒に探す!だいたい何処にいるかは予想つくがな」
「ほ、んと!?ありがとう櫂くん!」


ぱたぱたとしっぽを振るのはさながら犬の様でかなり可愛い。もう一度、アイチには惜しいが耳としっぽを隠してもらい街中に出た。


****


「此処にもいなかったか…」


ガーッと自動ドアが開き櫂は出た。それに続いてひょこひょことアイチも後に続く。
これで4軒目だ。レンが行きそうなカードショップに行ってはの繰り返し。アイチが隠してられるのも時間の問題だ。


「櫂くん、あのおみせは?」
「ん?初めてみたな……PSY…?」


櫂が歩く前にアイチは先に行ってしまった。追い掛けるように櫂はアイチを追うと曲がり角に確かに店があった。中に入ると俺がまた見たことのない、初めてみるレアなカードばかりだ。


「何だこのカード…初めてみたな…」
「櫂くん、あっちからこえがするよ?ひと、いるのかも」


と、アイチは部屋の奥に指を差して言った。耳を澄ませば確かに聞こえる。誰かがファイトをしているようだった。
声がした方に向かってみれば予想通り人がおり、ファイトをしている。そしてファイトをしていたのは、


「レンさ…――」
「ファイナルターン!!」


レンの姿を見ると嬉しそうな表情をし、近寄ろうと踏み出したがあえなくアイチはぴたりと静止した。静止したかと思えば一歩、また一歩と後ろに下がる。櫂とアイチが見たレンはまるで別人のようだった。
嘲笑い、罵り、見下し。そう宣言をした途端に呆気なくレンは勝ってしまった。
そして何度も何度も呟くのだ。自分は強くなった、と。


「見事だわ。さすがね。あと……あちらは貴方のお友達かしら?」


店員なのかわからないが、ライトブルーのショートヘアをした女性は櫂とアイチを指差しそう言った。ファイトに負けた金髪の女の子は悔しそうに震えている。レンはくるりと振り向くと櫂とアイチに気付きさっきとは全く違う表情をして近寄ってきた。


「二人ともどうしたのです?よくわかりましたね」
「……お前…何だその力…いつからそんなファイトをするようになった…!?」
「ああ…この力ですか。素晴らしいですよね、櫂もそう思うでしょう?PSYクオリアと言うみたいです」


シャドウパラディンデッキを見詰めながらにこりと笑い掛ける。だが櫂はそんな様子に苛立っていた。櫂が見たファイトはこれ以上にないくらい楽しくないファイトだった。


「……凄くなんかねぇよ。お前、そんなファイトをして本当に楽しいのか!?嘲笑い、罵って見下して弱い者虐めのようなファイトをして本当に楽しいのかよ!!?」
「何―――?」


レンの胸倉を掴むと怒りに任せて抑え切れなくなった感情を吐き出した。こんなにも、ヴァンガードが面白くないと思ったのは初めてだった。
しかしレンは櫂の発言に眉をあげた。その表情は憎悪。一番認めて貰いたかった人物に吐き捨てられた言葉はレンの胸の奥を深く刔ったのだ。


「櫂に…櫂に何がわかるのです?こんなにもこの力は素晴らしいのに!?カードが導いてくれる、そうして勝者となれる!弱かったら強くなればいい、それだけのことでしょう!?」
「わかるわけないだろ!!お前は自分で戦ってない、お前の力じゃない!!俺は認めない!」
「何だ、と…!?」


喧嘩は嫌い。痛いもの。見てるだけでも痛い。辛い。
ぼくは仲の良い、楽しそうにファイトをする櫂くんとレンさんが好きだった。同時にレンさんの力も好きだった。レンさんが自分の力を好きだと言って、それはとても素敵な力だと思ったから。
櫂くんから貰ったブラスターブレードが嬉しかった。こんなに弱々しくて情けないぼくでもこんな風に強くなれるとイメージをしてくれたから。

ぼくは二つの光が好きだった。

だけど―――大好きな二人がお互いを罵るのは大嫌いだと感じた。もっと仲良くして欲しかった。ぼくが出会った時のように、ぼくが見付けた幸せを辿るように……。


「やだ…やだよ、なかよしでいてよ…!なんで…やだよ…!」


これ以上見ているのが辛くなり背を向けるとアイチは店を出て走り去った。それに気付いた二人はまずいと思い追い掛ける。
どんなにアイチの名を呼んでもアイチは振り向かずに街中を走った。アイチには二人の声が届いてはいなかったのだ。ただ甦るのは忌まわしい記憶だけ。アイチが廻る記憶には櫂とレンはいなかった。
ただ雨が振る。冷たくて凍てつくような、そして全てを洗い流してくれる雨。

―――全てが終わったら…ぼくは……。ぼくが願ったから、望んだから、欲を持ってしまったから、カミサマはぼくを嫌った。最初からカミサマがいるとは信じてはなかった。いいや、いるとしてもカミサマはぼくの事が嫌いだったんだ。


「ッ、アイチ!!!待て!!!」


櫂は掠れた声で叫んだ。それと同時に一層雨が降る。酷い雨だ。道路を走る車も雨のせいか上手く進めていない。櫂は叫んだ。アイチの名を叫び、腕を伸ばした。
櫂が見た光景は、アイチが横断歩道を無我夢中で入るところ。そして土砂降りで道路状況が良くなく、タイヤが擦れ、滑り……スリップ音と目がチカチカするほどの光り。



「アイチ―――!!!!」




パーーッというクラクションと共にブレーキの効かなくなったトラックは一瞬にしてアイチを呑み込み、アイチの身体は宙に浮いた。そしてトラックは転倒し、炎上。
"嫌なことも雨が全て流してくれた。"
それは一瞬だった。確かに雨は全てを流してくれた。アイチの身体はアスファルトに強く叩きつけられ水が跳ねた。そして人々は叫び騒ぎ立て始めた。
櫂はゆっくりと震える足でアイチに近寄る。途中知らないおばちゃんに肩を掴まれたが櫂の表情を見た途端に恐怖に顔が歪み呆気なく手は離れた。


「アイチ……?アイチ……?」


ばしゃり、と膝をつく。腹部と口からは大量の血を吐き出しながら虚ろな目で櫂を見た。そして微笑むと血に塗れた手で櫂の頬を撫でた。上手く喋れないのかカタカタと口を動かす。


「か、いくん、あのね、ぼくうれし、かったの、かいくんがぼくを、みつけてくれて、受けいれてくれ、て、レンさんが、手を差しだし、てくれてね、」
「ああ、ああ…」
「ぼくは、ふたりが、けんかするのは、きらいなの、くるしいの、レンさんを…みとめてあげて、あとね…これ、かいくんに返すね、ぼく…も光のきしになりたかった…」


ヒューヒューとままならない呼吸をしながら時折苦しそうに咳をしながらアイチはポケットからブラスターブレードを取り出すと櫂に渡した。


「こんなにも…つらいのはいやだね、だから忘れよう…?忘れて……また最初からやりなおそう…?ぼくのこと、忘れて…櫂くんにはこんな嫌な記憶は残してほしくないから……だから…」
「意味わかんねぇよ、なんだよそれ!?忘れる?アイチを?ふざけるな、俺は忘れねぇよ!だからアイチ、もう少し頑張れ、もう少ししたら救急車が――」


冷たくなる手を違うとばかりに否定して櫂は握りしめた。雨音が煩い。雨は嫌いだ。こうやって全部を奪う。何もかも。

アイチはただ首を振り微笑むと最後に一言言った。



「かいくん、ありがとう……愛してるよ…」



愛を知る。アイチは愛を知るために名付けた名前だった。未来永劫忘れず、たった一人を愛する名前。
その瞬間、アイチは目を閉じた。櫂は叫んだ。レンはアイチに手を伸ばした。だがアイチは二度とその手を取らなかった。



愛を知るため、愛して貰うため、アイチと名付けた。
しかしその存在は儚く脆く消え行く小さな光だった。
どんなに叫んでも泣いても怒っても名前を呼んでも答えてくれない存在に俺は自分を憎み、神を憎んだ。

神などこの世にいるものか、護ると決めたのは自分なのに結局護れなかった。

ただアイチから受け取ったブラスターブレードを雨に濡れないようにしまいただアイチを呼び続けた。
奇跡を信じたんだ。













全部自分が悪かったんだと後悔をした。自分が欲を持ち、もっと、と伸ばした輝き、光は予想を遥かに超えてしまった。

だけど……
カミサマ、ぼくを憐れみ、少しでも同情してくれたなら、ぼくの願いを聞いて下さい…!!ぼくは、ぼくは―――、

ぼくがいたという皆の記憶を消して下さい。

たったそれだけでいいんです。それ以外、それ以下は求めない。カミサマ、最初で最期の願いを聞いて下さい。
そうすれば誰も哀しまず、櫂くんもレンさんも今まで通りに仲良くなってぼくが望んだ日常になる。
ぼくは奇跡を信じた―――。








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