腹の傷をゆっくりとなぞりながらアイチはそう答えた。誰一人として何も反応が出来ない中アイチは独り言のようにつらつらと語る。


「ぼくも、よくおぼえてないんだけどね、すごくせまくて、きたない場所にぼくたちはいた。さいしょはたくさん、なかまがいたのに、いつの間にか四人しかいなかった。ぼくには“おとうさん”や“おかあさん”がわからない。ただ言えるのはじっけんがすごく痛いことだけ」


それは堪え難い苦痛であった。こんな細く小さな身体にも関わらず沢山の痛みを味わってきた。叫んでも誰も助けられず、助けない状況。それは大人の身勝手な実験。


「ぼくたちもさいしょは、ふつうだったんだよ?でもじっけんのせいで、ぼくはちゅうとはんぱになったの。ねこかわからない、にんげんかわからない、それは化け物とおんなじ。ぼくたちをじっけんだいにしてた、大人たちはこう言ってた。
『どうせ望まれず、恵まれず、必要とされずに生まれてきたのなら、私達が良い使い道をしてあげよう。短い命を拾ってあげたのだ、それは幸せの他、言うことがないだろう。ならばその短い命を代価に実験台になって貰おう』」



その言葉に一体どんな意味を持っていたのか、アイチにはわからなかっただろう。ましてやアイチ一人だけではない、他の……両親に見捨てられた幼い命までもが犠牲になったのだ。



「アイチ…、」
「みんな…みんな、じっけんだいになって死んじゃったの。こわくてこわくて、震えて、いつ自分が死ぬのかわからない。……ぼくたちに…カミサマはいなかった……。ただカミサマが与えたのはたった一つのマッチだった。ぼくは反対した、けど此処から出たかった…そして火をつけて燃やした。全て、全部、跡形もないくらいに」


アイチの肩には火傷の跡があった。見るに絶えれない、櫂は小さくて脆いアイチの身体を抱きしめる。ぱたぱたとアイチはしっぽを揺らした。


「どうして…かな…三人であの場所から逃げたのに、ぼくしかいなかったの……どうしてかな…なんでかな……なんで…ぼくだけ……生きてるの?」


カタカタと震える身体はアイチなのか櫂なのかわからない。譫言のように何度も何度もアイチは繰り返す。
櫂は何もいわずただアイチの身体を抱きしめる。


「おとうさんも、おかあさんも、ぼくのこといらないってわかった、ぼくは必要じゃないの、櫂くん、あのね嘘でもいいからぼくを必要だと言って、嘘でいいから、一回でいいの、ぼくが必要、――もう一度、認めるって言って…!」
「必要だ、必要だ、必要だ!!!!嘘じゃない、何百回でも言ってやる、認めるよ!お前は必要だ!俺達が…ちゃんとお前を愛してやるから、もう過去に囚われるな!いまだけを見つめろ、ごめんな…ごめんなアイチ…!」


ぼろぼろと零れる涙は止まることのなく床に落ちた。
全ての苦痛、哀しみ、孤独を背負いたった一人であの雨の中生きた身体は今にも崩れ落ちてしまいそうで。


「うぁああぁ、あぁあ、もう嫌だよ、ひとりはいや、こわいよ、さみしいよ、いたいよ、たすけて…たすけて、」
「アイチくん、」


まだ櫂とレン、テツは幼すぎた。小さな命を護るにしても中学生。これからどうするのか?今まで通り通用するのか?
そんなことはどうでも良かった。ただ櫂は護ると決めた。
しかしそれをカミサマは許さなかったのだ。



****



「ふふ〜ん、今日も勝ってきましたよー。駅前のショップの王者、意外と弱かったです」


そう言って部室に入って来たのはレンだった。最近は部室に来る前に必ずレンは違う場所でヴァンガードをしてくる。
そして必ず圧勝して帰ってくるようになったのだ。


「……レン、お前最近変だぞ」
「何がです?」
「やたらとショップ潰しをするようになった」
「ショップ潰しって…。人聞きの悪いこと言わないでよ」


デッキを見ていた櫂は手を止めてレンを見た。ようやくちゃんとファイトが出来るようになったアイチはテツと対戦中だ。


「お前、そうやってファイトしてて楽しいか?」
「もちろん。相手が負けて悔しそうに顔を歪めるのを見るのは滑稽で楽しいです!」
「レン…!!」


にこりと笑ってレンは言う。それが気に食わなかった櫂は舌打ちをし、それ以上は何も言わなかった。
ふと窓を見ればポツポツと小雨が降り始めている。


「アイチくん、雨降って来ました!帰りましょう!」
「ふみゃっ、ま、まだテツさんと……」
「そんなのはまた明日でいいです!僕、傘持って来てないので!」
「あ、えと、またあした!」


来て早々バタバタとアイチを引っ張り出し帰ったレンに唖然としながら櫂は深い溜め息をつく。


「レンのことか」
「まぁな…。…アイツ最近変だ」
「それは俺も思っていた。この間見に行った時なんか、ファイナルターン宣言をしては必ず勝っていた。あの伸びよう…一体…。そういえば…ファイトをする前に必ず“カードの声が聞こえた”と言っていた」
「カードの声…?」


ちらりとカードを見てみる。振っても話し掛けてみても聞こえない。
カードと睨めっこをする櫂に少々呆れながらもテツは続けた。


「正直、あれはあんまり良くないな…。まるで何かを手に入れたかのようだ」
「手に入れた…?……あっ。そういえば…いつだったか言ってたよな、カードの声がした、って」


ますます迷宮入りだ。それと同時に不安にもなる。雨が大降りになる前にとりあえず二人は帰ることにした。



***


時計は午前1時を回っていた。小さな眩しい明かりでアイチは目が覚めた。むくりとベッドから身体を起こすと机に座るレンに気付く。


「レンさ、ん、まだ…ねないの…?」
「アイチくん。起こしちゃいましたか?もう少ししたら寝ますよ」


ぽてぽてと歩き近寄るアイチの頭を撫でれば気持ち良さそうにレンの手を触る。どうやらレンはデッキのチェックをしているようだった。


「僕はもっと強くならなくちゃいけないんです。櫂に認めて貰い、櫂がびっくりするほど強くなるんです。実はまだ一度も櫂に勝ったことがないんです」


しゅん、と肩を落とすレンにアイチは背伸びをして、ぽふぽふと頭を撫でた。


「レンさんはすごいです、いっしょうけんめいで。レンさんならぜったいに強くなれます、だってこんなに頑張ってるんだもの!ぼくなんてまだまだだけど、ぼくもいつか櫂くんとファイトしたい!レンさんなら櫂くんもきっと、みとめてくれます!」


ぴょこんと寝癖がついたアイチはにこにこ笑いながら言う。その温かさにレンは手を伸ばし、抱きしめた。
とても……温かい。


「そうですね、そうです。僕は今よりももっと強くなります。そして櫂に認めてもらい、また毎日楽しくファイトをします。アイチくんにも…認めて貰えるように…」
「ぼくはレンさんがつよいって、みとめてますよ?」
「まだ、です。僕はこれからもっと強くなり日本一になります!そうしたら…アイチくんに僕は強くなったって認めて貰いたいんです」
「にっぽんいち……。レンさんなら、ぜったいなれます!ぼくはレンさんをおうえんします!ぼくにとってレンさんと櫂くんは光なんです。あたたかい…あたたかいひかり……」


それはレンにとっても同じことだった。アイチはレンにとってかけがえのない存在であり光である。
アイチくんがいるから僕はこんなにも幸せを感じる。温もりを感じる。
そう、それはレンにとってアイチが全てなのだ。


「アイチくん、凄いこと教えてあげますよ。…僕、カードの声が聞こえるんです。そのカードが僕に囁き、イメージを見せてくれる。そうすると必ずそのカードが勝ってくれる。僕を勝利に導いてくれるんです」
「カードの声…」


目を丸くし、驚いた表情をアイチはとった。嬉しそうに話していたレンだったが、アイチの表情を見るなり俯いた。


「……嘘じゃないんです、本当なんです。…誰も信じてくれない……気持ち悪いと言われました…。それは仕方ないとわかってますが、ね、やっぱり何でもないです。今のは忘れてくだ―――」
「すごいですレンさん!カードから声が聞こえるなんて!だれにもまねできない、レンさんだけのちからです!」
「ア、アイチくん?」


あんまりにもアイチが目を輝かせていうものだから不意を付かれて、むしろレンの方が驚きを隠せない状況だ。勢いよくパタパタとしっぽを振る様子から本気なんだと気付く。


「変、だと思わないのですか?」
「おもいません!ぼくがへんだなんて言ったらそれこそへんです!すてきなちからですね。ぼくは好きです、それはうらまや…うにゃ?うー…うややま??にゃ?」
「うらやましい、ですか?」
「あっ、そうです、うら、やまし、いくらいに!」


二人は顔を見合わせて笑った。レンのぽっかりと空いた胸の内はアイチで満たされていく。アイチがいるから、笑ってくれるから、好きだと言ってくれたから……レンは救われた。
それと同時にアイチを誰にも渡したくない、そうだ…特に櫂には、絶対に…渡さない、その想いが日常を疲弊させ、レンの力が強くなり悲劇を生んだ。

それはアイチと知り合って一ヶ月が経った頃だった。





戻る




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -