どうして忘れていたのだろうか。どうして思い出せなかったのか。
アイチは崩れ落ちた。自分の浅はかさと自分の愚かさ、自分が今生きている意味。

「ねぇ…ねぇ、僕は今生きてる…?あれ?あれ…?」
『しっかりして!大丈夫、“君”は生きている!だってカミサマがちゃんと願いを聞いてくれたんだよ!確かに代償は大きかった……けどね、けどぼくは生きてる、空白の…旅…お疲れ様…ぼく……』

四年前の小さな身体の僕は、その小さな身体で僕を抱きしめた。
そうだ。僕は見失わなかった、カミサマに願い今生きているこの命と謝罪を。僕はもう一度櫂くんに会いたかった。もう一度愛を知りたかった。僕は捨てた、幸せで僕には勿体ないほどの四年前を。そうすることによってカミサマは願いを聞き入れてくれた。

「違うよ、違う…君が…君が、」
『ぼくは楽しかったよ。みじかい間だったけどすごく、すごく。でもね今のぼくはまだ…やらなきゃいけないことがあるよね、たぶん…ううん、櫂くんは思い出したよ四年前……レンさんはもうとっくのまえに』
「うん、」
『また…繰り返すまえにぼくは止めないと……』

そう言って立ち上がるとしっぽを揺らつかせて笑った。まるで共鳴するかのように自分のしっぽも揺れた。ゆっくりと手を合わせる。それは忘れてしまった、失った記憶を受け入れるように飲み込まれていく。

『にゃ、』
「あはは、それにしても僕いっぱい言葉覚えたよね」
『櫂くんがおしえてくれたんだよ』
「うん……そうだったね」
『本当はね、四年前と同じようにリセットしようとおもってたの。でも…ね…もしかしたら…それじゃあ、だめなのかもしれない、って気付いたよ、』

そう言って薄くなる目の前のアイチに「うん、」と言って笑い掛けた。カミサマから貰ったこの小さな燭は簡単に捨てちゃ駄目なんだと知った。

『次はしあせになるように、ぼく、…がんばってね』
「うん、…ありがとう」

手は離れ、目を閉じる。そして視界は真っ暗になった。まるで自分は波のゆくままに流され、浮かび、波に呑まれていった。

****


「アイチくん……お腹の傷…無いんですね…」

するりアイチのお腹を撫でた。それに吊られて耳がぴくりと動きしっぽがパタリとシーツに垂れる。

「僕は、強くなりました。君がどんな願いをし、僕達の記憶を失くしても僕はまたこの力を手に入れた。全てはアイチくんのため、なのに……」

アイチが横になる隣にレンもボフン、とベッドに横たわった。くるくるとアイチの青い髪を弄る。四年経ってもあどけない表情にレンは微笑んだ。と、物音に気付き身体を起こす。部屋の中に付いていた電話が鳴った。

「はい、何です?」
『レン様、……櫂、がレン様に用があると……部屋まで案内をしても?』

それを聞いたレンの表情は変わった。眉を潜め、受話器に力を入れる。それは憤怒。ちらりとアイチの方を見てため息をついた。

「………」
『レン様?』
「………嫌だ、と言っても彼は無理矢理入ってくるでしょう?……いいですよ。入れて下さい」
『はっ、』

カチャ、と静かに受話器を置く。着ていたコートを脱ぎ、床に置いた。ふと目に入ったユリの花を手に取るとくるくると弄り床に落とすと踏み付けた。
もう少しで……もう少しで手に入ったのに、
ボフン、とまたベッドに沈むとアイチの寝顔を見た。こんなにも近いのに今すぐは手に入らないなんて……ならいっその事……今、此処で奪ってしまえば――――。
頬を撫でて、アイチの唇に近付けたが、あっけなくそこで終わった。

「…随分と…早いのですね君」
「ッ、ふざけるな!お前はまたそうやって――!」
「そうやって?何です?続きは?……ああ、なぁんだ櫂、思い出したのですか。なんとも遅いお目覚めですね櫂の頭は」

ベッドから起き上がると足を組み、嘲笑い頭を差す。レンの馬鹿にした表情が気に入らなかったのか近寄るとレンの胸倉を掴んだ。

「アイチを何処にやった!?一体アイチに何を――」

そう言ってベッドに沈むアイチを見た。目を閉じ、一向に開く気配がない。無造作にレンを突き放すとベッドに乗り、アイチを揺さ振った。

「アイチ!アイチ!?」
「勝手に入って来て挨拶もせず、そして人のモノに手を出すなんて、櫂、昔と変わりましたね。ああ…酷い部分は今も昔も同じですが」
「お前アイチに何をしたんだ!?答えろ!!」
「君が此処に来るかと思って寝かせたんです。僕がアイチくんに酷いコトするわけないじゃないですか。最も、こんな早いとは思ってなかったですが――…。しかし、」

床から立ち上がるとまだ何本か入っているユリを見て、花瓶ごと床に叩き落とした。ガシャン!!と音が響く。

「本当に…櫂は変わらない。昔から僕のやること全てに文句をつける。そのくせ、否定をし、自分だけ強くなる。君は僕の光を奪った、この力を好きだと言ってくれた、僕が認めたようにアイチくんも僕を認めてくれた、君は僕から大切な光を奪った!!!」

ギリッ、と歯ぎしりをするレン。いくら四年前のことを思い出したからといって櫂は全てを知っている訳ではない。四年前、レンとアイチに一体何があり、何を話したのかは知らない。

「俺が奪った?」
「そう、櫂、君が僕から全てを奪った!結局は繰り返してしまう運命なのですよ…」

それは淡い光。
それは脆い光。
それは儚い光。
それは希望であり、全てであった光。

****

「此処が、僕のお家です」
「おう、ち…」
「とりあえず入って、シャワーを浴びて下さい。その間に夜ご飯、考えますから」
「うにゃ、」

レンはアイチの手を引いて家に招いた。だがシャワー、などと言う機械を知らないアイチにとっては難題であり、また猫だと言うこともあるのかあまり水を好まなかった。最新はとても苦労したが、レンにはありえない日常が楽しかった。
親がいる家、家族、いつも一人だったレンにアイチが来た。それは小さな小さな最初の奇跡であり、光。

「―――で、アイチくんは鯛焼きが好きなんです」
「猫、だけに…。てか、テツお前何やってんだよ」
「いや、あやとりをだな…」
「見れば分かるけどよ、てかおじいちゃんか」
「わぁ、僕もあやとりしますー!」

テツにも話した。アイチのこと全てを。放課後、櫂やレン、テツが来るまでアイチは部室にいた。最初、テツはアイチを物凄く驚いたが面倒見の良いテツなものだから今となってはもうアイチと仲が良くなっていた。
ピョコピョコと動くしっぽにつられて櫂も立ち上がる。櫂に気付くとアイチはふわりと優しく、嬉しそうに笑うのだ。

「そ、そういえば櫂くん、櫂くんたちがいつもやってる、のってなぁに?」
「ん?ああ、これのことか。ヴァンガードな」
「う、うぁ?う、うぅ? にゃあ???」

上手く言えずにしどろもどろするアイチが可愛くて思わず三人は笑った。それに気付くとショックを受けたのか顔を真っ赤にして頬を膨らませた。

「あ〜悪い、悪い。あんまりにもアイチが面白いから」
「舌、噛みそうだ」
「可愛いですよアイチくん。で、アイチくんは興味あるんですか?ヴァンガード」

と、レンがデッキをアイチに見せるとアイチはこくこくと頷いた。いつもアイチは三人を待っている間、カードを見ていた。特にアイチが好きだったのは……。

「こっ、これ…!!」
「これは……ブラスターブレード…?いつの間に?」
「えへへ、櫂くんがくれたの」
「櫂、が……?…ふぅん……」
「ロイヤルパラディンか」

テツがそう言ってブラスターブレードを覗き込み、見ると櫂が頷いた。
ぽん、とアイチの頭に手を当てるとぐりぐりと撫で回す。

「すごく、かっこいい…。ひかりのせんし…。ぼくもこんなふうになりたいんだ」
「じゃあ…アイチもやるか!みっちり特訓してやるからな!ロイパラデッキを組むか、」
「あっ、ちょうど僕、2Box買って来たんですー。皆に手伝って貰おうと思って」

ドン!とBoxをテーブルの上に置くとにこりとレンは笑った。だが、その様子にテツと櫂は唖然とした。レンはおかしな事を言ったのだろうか、と首を傾げる。

「…お前、そう言って一昨日は3Boxだったよな」
「先週も3Box買って来てたな。…中学生か本当に…」
「こまけぇ事はいいんですよ〜。本当はカートン買いをしようと思ったんだけど、持って来るの大変だからやめました〜」

一体何処からそんなお金は出てくるんだ、と絶句しながら四人はちまちまとパックを開けていく。ついでに、と溜まったカードの中からロイヤルパラディンを取り、テーブルの上に置いていった。

「―――これで、最後だ…」

櫂は最後のパックを開け、テーブルに置いた。もはやテーブルの上にはロイヤルパラディンしかない。きらきらと目を輝かせたアイチは一枚一枚、見ていく。その度にしっぽはユラユラと動いた。

「すげぇ、これで店出せるんじゃね?」
「しかし、これだけ出してもブラスターブレードは櫂があげたたった一枚…。櫂、君は実は凄い子なんだね」
「ちょっと待て。なんかその目、凄く嫌だ。なんで憐れむような目で見るんだ。そこは尊敬の眼差しだろ」
「やっぱり櫂くんはすごい…!」

ひょこひょこと耳を動かしてアイチは櫂を尊敬の眼差しで見た。思わず櫂は照れると気に入らなかったレンはカードを投げた。その様子をオカンさながらの様子でテツは見守る。

「バンシーちゃんアタックです」
「カードを投げるな!カードが泣く」
「馬鹿ですか。カードが泣く訳ないない。オカルトですかまったく………?」
「どうした?」

デッキを弄り、話していたレンの言葉は途切れ、辺りをきょろきょろと見回した。その様子に三人はどうしたのだろう、とレンを見る。

「い、今…声が…」
「…はぁ?いつも可笑しい奴だと思ってたが……こうも重症とはな…」
「櫂のくせに!!僕とファイトです!」
「どうゆう流れでそうなるのかわからんが、いいだろう」

そう言うなり、早速二人はデッキを置きファイトを始めた。アイチはまた興味深そうにしっぽを揺らして魅入る。その瞳はきらきらと輝きに満ちていた。
そうしている内にアイチと出逢ってから早三週間が経った。
アイチと知り合い、仲良くなるにつれてとある疑問を三人は抱くことになった。

「なぁ、アイチ。その…アイチの耳とかって本物か?」
「みゃ?」
「ついでにこの尻尾も」
「ふみゃっ!?」

櫂がアイチの耳を触ると同時にむんずとばかりにレンはアイチのしっぽを掴んだ。アイチの反応は当たり前であわあわと涙目になりながら櫂に助けを求める。

「おいお前、アイチが泣くからやめろ」
「もう泣いてるだろ」
「だってふわふわして気持ち良い…」
「スリスリするな!」

ちぇー、とばかりに唇を尖らせてしっぽから手を離す。ピョコピョコと耳を動かせば櫂まで触りまくりたい衝動に駆られるがぐっと我慢をした。

「アイチは猫なのか?人間なのか?」

櫂がそう聞いた途端、アイチの表情は暗くなった。俯き縮こまってしまう。誰にだって言いたくないことはあるのに、と櫂は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「わ、悪い、そんなつもりは無かったんだ、ただちょっと気になったというか―――って、おい!?」
「アイチくん大胆!」

もぞもぞと上着の下を掴むと上にあげ、半裸状態になる。いきなりの行動で驚く中、気付いたのはお腹にある大きな傷。それ以外にも傷は沢山あった。


「ぼくね、“じっけんだい”だったの」


ひょこりと耳を動かしてアイチは顔をあげた。







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