「アイムくん、どうです?いい感じですか」
「ッは、はぁ…ま、待って下さいレントさん、僕そんなに体力ありま、ッん、」

静寂した部屋に二人の吐息だけが混じる。アイムが無理だと何度も言ってもレントは急かすのだ。涙目になりながらもアイムはこれが精一杯だ。

「ひゃう!あ、う…届き、ました…!」
「なんだ、アイムくんやれば出来るじゃないですか。なら……もう少し奥まで…頑張れますよね?」
「ふぁ、レントさんが…そ、言うなら…頑張っ、」

そう言うとアイムは力を入れる。息を切らしながら呼吸もままならないまま、アイムはなりふり構わずにただ自分がやらなければならない事をやる。

「アイムくん、力入れないで下さいよ、」
「そんな事言われても無理です!レントさ、やっ、やだぁッ…!」
「………おい」
「アイムくんはどこ触られてもびくびくしますね」
「聞け、お前ら二人」
「い、言わないで下さい、レントさん…!!」
「………ッ…」
「あッ、も、僕無理、むりぃ!!」

アイムがそう言うと体勢を崩し、一気に落ちていく。どしーんと音を立てて床に落ちた。穴の空いた天井からはパラパラと砂が落ちた。

「ったた…!ご、ごめんね、あと少しだったのに!」
「いえいえ、アイムくんはよく出来ましたよ。あと少しでしたがね、上まで」

そう言ってレントは穴の空いた天井を指差して言った。三人は何とかしてこの部屋から出ようとしていたのだ。
一番下に架耶が立ち、二番目にいるレントを支える。レントは架耶の肩に立ち、支えて貰いながらレントの肩に立つアイムを支えた。イメージ映像は団子三兄弟だ。

「と言う事でテイク2行きましょう!」
「あれ…?ところで架耶くんは?」
「お前らさっさと退けろ!!」
「「わぁああぁ!!」」

どーんと言うオノマトペが入っていいだろう、と言うようなノリで架耶は立ち上がりレントとアイムを押し退けた。ぽてんぽてん、と転がるレントとアイム。

「架耶くんごめんね、僕…」
「あざとい表情をするな!だいたいお前らは一々なんだ!特にレント!お前はちょっとは黙って出来ないのか!」
「いやん架耶のえっち!」
「何の話だ!?」
「か、架耶くん僕だけを愛してるって言ったのは嘘だったの!?」
「……いや、言った覚えはないのだが」

と、架耶はハッとした。
いかんいかん…こいつらの変なペースに呑まれる所だった。特にアイム、レントの病気でも移ったか。いやこいつは医大生だ……。そしたら自分でわかるか。

「架耶くん何一人でブツブツ言ってるんだろう…」
「さぁ?…そんなことより、僕とイイコトしましょうよ。なんか冒頭だけ聞いてると僕達イイコトしてるみたいじゃなかったですか?」
「イイコト……?って、レントさんさっき僕のお、お尻触りましたよね!?」
「はて。そうでしたか?でもアイムくん支えてる時でしかも真っ暗だったので事故ですよ事故。なんならもう一度さわ、った!!」

ゴツンと架耶はレントの頭を殴る。自分のいた世界から戻ってきた様だ。ひょい、と架耶はアイムを抱き抱える。

「かや、かやくん!?」
「ほらさっさとしろ。レント、お前が一番下だからな」
「えぇー?僕がですかー…。嫌だなぁ…アイムくんならしも架耶なんて……」
「さっさとしろ」
「はいはーい。わかりましたよーっと…」

*****

「あ、あんまりだよ!僕初めてだったのに!」
「だからそうゆうあざとい言い方をするな!事故だ、仕方ないだろ……」
「ちなみに感触は?」
「……柔らかかった。はっ、何言わせるんだ!!」

思わずレントの質問に答えてしまい失敗したと振り向いた。アイムは顔を真っ赤にさせながらレントにくっついた。

「ムッツリスケベ…。いくらアイムくんが可愛いからってお尻を揉むなんて…」
「それは、またアイムが落ちそうになったから支えたのであって……って、いいから早く行くぞ!!」

そう言って一人で前に進むと灯りは架耶しか持っていないので真っ暗になってしまう、なので追い掛けるようにレントとアイムはパタパタと後をついていった。

「そういえばアイムくん、よくあそこが拷問部屋だとわかりましたね。あんな暗い場所なのに」
「そ、れは……正直僕にもよくわからないんです、なんか知ってるような、見たことがあるような場所で……でも勿論此処に来たのは初めてです!なんでだろう……?」
「………アイム、」

架耶はぴたりと足を止め、振り返った。何だろう、と思いアイムとレントも止まる。だが架耶の表情はさっきと打って変わり真剣そのものだった。

「日記帳…がどうとか言ってなかったか?」
「あ、うん、でもきっと僕の見間違いだと思うよ。だって、」
「『無かったから』か?」
「う、うん、何で僕が言おうとしたことわかるの?」

灯りがたった一つしかなくても辺りは暗い。そんな中、架耶のエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、心臓がまるで時計の針のようにチクタクチクタクと進む。

「俺らは知っているからだ。お前が見た日記帳を。俺とアイムは見たことがあるはずだ。付け足しすれば、俺の祖父さんの手紙にも日記帳のことが書いてある。名前は―――」
「悪夢の逸話、ナイトメア・アネクドート」

そう口を開き言ったのは架耶でもアイムでも無かった。赤髪を耳にかけ、一際紅い炯を放つワインレッドの瞳。


「仲間外れは酷いですよ」


にこりと笑うと耳に掛けた髪の毛を下ろした。

「レント…?お前、何故知って…?」
「知りたいなら、架耶が知ってること全てを僕に教えて下さい。ああ…アイムくんもですよ?」
「僕…?」

薄くレントは笑った。一体レントが何を考えているのかわからない。架耶は舌打ちをするとランプを床に落とし、懐から拳銃を取り出した。

「おやおや、君銃刀法違反ですよ?」
「護身用だ。……お前、俺らに一体何を隠している?何を知っている?」
「口だけは達者に喋りますね。僕は何も持ってませんよ。ただ……簡単に言えば、読んだことがあるから、では駄目ですか?」

構えていた拳銃に近付くとレントは意図も簡単に拳銃を握り締め、自身の胸に当てた。その行動にさすがの架耶も驚きを隠せない。

「レ、レントさん!?」
生き残るためには殺さなければならない。殺して殺して殺し、そして生き残る。黒なら弾け。白なら落とせ。………架耶にとって僕は黒ですか?白ですか?」
「ッ……」

レントの眼は本気だった。架耶が拳銃を握って放さないようにレントもガッチリと掴み放さない。架耶はレントを睨みゆっくりと弾きがねを弾いた。

「や、やだ…!架耶くんやめて!殺さないで!レントさんは違う、白だよ、やめて!!」
「どうしたのです?怖じけづきましたか?」
「ッ、ふざ、けるな!!」
「や、やめ――!」

銃声の音は聞こえなかった。アイムが見たのはレントが床にどさりと落ちる所。架耶は拳銃を投げ捨てると左手でレントを殴ったのだ。投げ捨てられた拳銃は床を転がりアイムの足元にこつん、とあたった。

「いたた…!ちょ、君何するんですか!?殴るなんて!」
「お前アホか!実弾だったら間違いなく撃ってたかもしれないんだぞ!?」
「じ、実弾じゃなかったの!?」

目を丸くし、驚くと力が抜けたのかぺたりと床に座ってしまった。目の前に落ちていた拳銃を持ち弾きがねを弾いて上に撃った。
パーンと言う音と同時に出たのはクラッカーそのもの。テープがアイムの頭に落ち「本当だ……」と拍子抜けた様子で呟いた。

「だって、架耶ならアイムくんの前で人殺しなど絶対にしないでしょう?どんなに悪い人でもアイムくんは傷付きますもの。だいたい、僕が撃たれてもアイムくんが治してくれますよ」

殴られた頬を摩りながらレントは起き上がった。ぱちくりとアイムは瞬きしながら架耶を見るとその視線に気付いたのか振り返る。

「そうなの、架耶くん?」
「うっ…。余計なことを言いやがって……」
「真実だから仕方ないじゃないですかぁー。まぁ…僕の知っていることはまだ言えません。だけど…僕は言わなければならない時が必ず来る。それは遠くはないです」

そう言って落ちたランプを拾い上げて、明かりをつけると歩き始めた。アイムも架耶に手を引かれて立ち上がるとレントを追うように歩いた。

「…架耶はどう考えます?この館で僕達駒の他に、誰かが存在すると考えてますか?」
「最初は…そう考えていたがそれは無いと思う」
「あれ、僕とおんなじだ。さっきまではいると仮定してたのに?」

ふむ、と不思議な顔をしながらも振り向かずに淡々と話す。
ずきん、ずきん、と痛む頭を抑えながらアイムはただ聞いていた。この痛みは…もしかしたら……と嫌な予感がした。それは前に進めば進むほど。多分もうすぐで旧館を抜けられるというのに伴って近付く痛み……。

「このゲームのルールには俺ら以外の駒は存在しない。新しい駒がいるはずがないのだ」
「死者という可能性は考えないので?」
「死者などいるわけがないだろう。そもそも此処は時計塔ではないんだろう。全てはアレのカモフラージュにしかすぎない、……だったらあの大きな時計は何だ…?アイム何かわかるか?って、おい、アイム?」

頭が痛い。痛い、痛い。
何かを告げるように……知らせるようにずきん、ずきんと頭に響く。
………これは…何だろう。何かの塊…?まるで……臓器のような…臓、器……?あれ、大広間のカーペットって赤色じゃなかったよね。薄いベージュ……。塊、臓器、赤?これは血だ、それも大量の。待って、待って待って待って待って、じゃあ此処に倒れてる人達は誰?
お腹から、胸から、喉から、顔から、血が出ている。ぐちゃぐちゃにお腹は掻き出された暢や肉の塊。毛細血管が皮を破り出ているではないか。
……何、これ。僕此処に倒れてる人達知ってる。大広間だよね此処。ねぇ、これは間違いなく―――…。

「いやぁああ゙ぁあぁあ゙!!!!!!」
「どうした!?何があった!?」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだぁああ、うぁ、ぁあああぁあ!!!!」
「しっかりして下さいアイムくん!!」

ただアイムは叫び続けた。狂ったようにただ唸り叫ぶ。髪を振り乱しガタガタと震える。架耶はアイムの肩を掴み目を合わせた。

「何が…何があった、何を見たんだ、ゆっくりで言いから話せ」

泣き崩れる子供をあやすように優しい口調で言う。アイムは整わない息を吐きながらゆっくりと口を開いた。

「みんなが…おお、ひろまにいる、みんなが……一人残らず……ぐちゃぐちゃになって…死んでたの……」

それはこれから起こる悪夢の始まりだった。
一体誰が何のために創った悲劇なのか。それを知るのは悲劇を創った本人だ。
全てはあの日記帳に書かれた真実と、“先導アイチ”が記した日記帳に刻まれている。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -