歯車が動き擦れ合い、いびつに鐘の音は響く。それは止まることを知らないのかただ鳴り続ける。旧館にはただそれだけが響き何も聞こえない。
全ての感覚器官が失われるかのように息が出来なくなった。それと同時に激しい頭痛。アイムは崩れ落ちた。

「あぁああぁ、っあぁ!!!!」

聞いてられなくなり耳を塞ぐ。そして涙がぽろぽろと零れ落ちて視界が霞んだ。そして僕は見えなく、虚ろな目で床に落ちていた日記帳に手を伸ばした。
それと同時に架耶くんの持っていたランプが床に落ちドサリと言う音が聞こえたかと思うと意識を失った。









1942.3月……何日だったかな…。後で櫂くんに聞いてみよう。
さっそくだけど、僕は旧館の鐘の音を聞いてしまったんだ。あれは紛れもない死の音色。
誰もいるはずのなく、針がないから鳴らないはずの時計がどうしてなったのだろうか。
それは死者のせいだと思うのだ。僕達が踏み込んでしまったから、テリトリーに入り怒らせてしまったんだ。
僕達を追い出そうと鐘を鳴らした。だが鐘の音は僕達を追い出す所か、狂ったように無限に鳴り響く。頭痛、嘔吐、感覚麻痺、それに耐え切れなくなり僕達は意識を失う。

そして――――

次に目が覚めた時には残酷で残虐であまりにも酷い地獄絵図だった。
血が跳ね飛び、黒に変わる。肉の塊がいくつも床に落ち、原型を留めていない。
腕が、脚が、胴体が、頭が、首が、内臓が、腸が、器官が、骨が…………
鮮やかに散りばめられていた。死者を怒らせてしまった結果、テリトリーに入り込んでしまった結果、全ての結果がこれだった。早く気付いていれば止められたかもしれないのに。此処は…時計塔なんかじゃないという事に――――


















――ム、アイ……ム…!!

「アイム!!」

そう架耶の声が聞こえたと同時にアイムは目を開いた。そして視界いっぱいに広がるエメラルドグリーンとワインレッドの瞳。リトルマリンの瞳をぱちくりさせたアイムは痛む頭を抑えながら上半身を起こした。

「―――ッ…!」
「大丈夫か、アイム」
「あ、うん――。えと…」
「大丈夫ですか、アイムくん!!」
「わぷっ!!」

ぎゅううっ、とレントはアイムに抱き着く。そのおかげでアイムは息が出来なくなりもがもがと暴れた。それにようやく気付いたレントは「あっ」と呟いてアイムから離れた。

「ふはっ、く、苦しいです、」
「良かったです、アイムくん生き返りましたー!」
「お前が殺す気だったんだろうが」

ビシッと後ろから架耶のチョップをくらいレントは唸る。アイムは架耶に手を引かれ、立ち上がった。

「此処は……まだ…」
「ああ、時計塔だ。どうやら俺らは気を失っていたらしい」
「もう――鐘の音…鳴ってないね。それに時計も動いていない…」

それはさっきまでの出来事が嘘であるかのように飾られている時計は不規則にカチコチと鳴り、目の前にある歯車は動いていなかった。
そしてゆらりとレントは立ち上がると架耶に仕返しと言わんばかりにチョップをする。

「〜〜〜!?」
「さっ、アイムくん一緒に戻りましょう。こんな所にいては危険です、時計なんて適当に持っていきましょう」
「えっ、あ、待って下さい、日記帳が――!」

そう言ってレントに腕を引かれながら足を止めて振り向いた。架耶が持っていたランプを受け取りあちらこちらに翳してみる。意識を失う前に見たあの日記帳を探す。

「あれ…!?」
「どうしたんですか?何か落としたのですか?」
「いえ…そうゆう訳じゃあないんですが……その、日記帳を見ませんでしたか?」
「「日記帳?」」

息ピッタリに同時に架耶とレントは声を発してしまい二人は顔を見合わせると睨み始めた。

「真似しないで下さい」
「それはこっちのセリフだ。誰がお前の真似をするか」
「僕だったら死んでも架耶の真似なんてしませんね。あっかんべー、だ」
「ガキかお前」
「餓鬼ってしょくへんに我と鬼って書くんですよ、知ってましたか?」
「知ってるに決まってるだろう。と言うか物凄くどうでもいい」

今度は一体何の言い争いだろう、とため息をつきながら二人に見た。何だかんだ言って仲が良いいんだな、と思い羨ましそうに見る。カタカタとランプが震えた。

「僕の見間違いかな…?……うん、そうだよねきっと…。架耶くん、レントさん、戻りましょ……何やってるんですか二人とも…」
「あれ、探し物は良いんですか?」
「ふぁふぁへ、ふぁか」
「何て言ってるかわかりませ、いたっ!?ちょ、髪の毛引っ張らないで下さいよ!僕の自慢のアイデンティティー!」

言い争っていたらしいがいつの間にか手が出ており、レントは架耶の口を抑え、まるで鳥のような口になった架耶はレントの前髪をぐいぐいと引っ張りいよいよ本格的に小学生の喧嘩にしか見えなくなって来た。

「……先…戻ってるね」

目を逸らし、たった一個のランプを片手にアイムは後ろを振り返らずにスタスタと先に行ったのは言うまでもない。

*****

「あ、あの、」
「結局、時計は適当に決めましたね。あそこまで行く必要あったのですか?」
「レントさ、」
「ああ、勿論。時計塔の本体を見にな」
「架耶く、」
「何故見に行く必要が?」
「見に行く、と言うよりも死者に会いに行った、の方が近いな」

一つのランプをことんと置き、架耶とレントは話す。もだもだとアイムはするが微動打にしないのがこの二人。

「君は本当に死者がいると考えているのですか?」
「だから、そのために俺らを此処に来るように仕向けたんだろ」
「わからない。僕にはさっぱりですよ。何故君はそんなことまでわかるのか。……ねぇアイムくん…?」
「ひやぁっ、」

ぺろり、とレントはアイムの左手の人差し指を舐めた。赤い舌で吸われるようにじゅるじゅると。今のアイムの状況は至っておかしかった。左手はレント、右手は架耶という両手に花状態でアイムは真ん中にいる。

「しょっぱいです、アイムくん大丈夫ですか?」
「な、何の心配ですか!?っひ、なな何で架耶くんもな、舐めてるの!?」
「レントの言う通りか気になってな」
「ならなくていいよ!!」

顔を真っ赤にしながら、架耶とレントの手の輪から抜けると後ろに下がった。だが、勢いあまり壁に頭をぶつけてしまった。
そして三人はまだ旧館にいた。あの時、アイムが一人で戻ろうと、歩いていた途端、足が床を突き抜け運悪く床下に落ちてしまった。何も考えずに突っ走った架耶とレントも一緒に落ちてきたのだ。
とりあえず、と言う訳で一旦動くのをやめた三人は座り話し込んでいた。

「そうゆう女なんだ、あの使用人は」
「「?」」

架耶がそう呟くとレントとアイムは同時に首を傾げた。それを見て架耶は溜め息をつき頭を指さした。

「此処を使え、此処を。…いいか、俺らの部屋の時計が壊れ、それを機にあの女は旧館の話しを持ち出した。あえて俺らに行かせるよう仕向けたんだ。理由は簡単だ、『俺らが謎を解いて戻ってくるか』試した。これが俺らを元の世界に還らせるチャンス問題なんだ」
「じゃあこの茶番はあの使用人達がやっているとでも?」
「いや、それは違う。だが何かを知っている…使用人は。ゲームの関係上言えないだろうが……そうだな、俺らがゲームを降りれば何か……」

ふむ、とレントは頷く。アイムはただ聞いているだけだったが理解をしようとはしていた。だが引っ掛かる点がある。

「ねぇ、じゃあさっきの鐘の音は何なの?針がないから鳴らないはずなのに、どうして鳴ったの?僕達は『何故、針がないはずの時計塔が鳴ったのか』を解けばいいの?…足りないよ……まだ…カケラが足りない…」

そうしてふと思った。真っ暗で何もわからないこの最低最悪な状況。死者なのか、はたまたこの島に存在するもう一人…11人目がいるのか。もしかしたら何らかの理由で閉じ込められていたかも知れない11人目……。
あえて言うなら今一番危険なのは今、この時計塔にいる自分達ではなく大広間にいる7人ではないのか。

「死者を…怒らせてしまった…。そうだ、あの日記帳…!あの日記帳がどうして此処にあって、鐘が鳴り……。そうだ、全てはテリトリーに入ってしまったからなんだ…」
「アイム?」
「架耶くん、違うよ…違うんだよ。ステラさんが仕向けたんじゃない、僕達は失敗をしてしまった、本来なら此処に来ちゃいけなかったんだよ!鐘の音が鳴ったのだって全て罠!本当なら鳴らない、鳴るはずがないんだ、だって此処は時計塔なんかじゃない……!そう、此処は、」

ランプをアイムは手に取ると立ち上がり辺りを翳し、叫ぶように言った。その光景を見て架耶とレントは息を呑んだ。
そこには無数の道具。忌まわしいほどに錆びて鋭く尖りどんな状況だったのかを思い浮かべるその光景。


「此処は、拷問部屋なんだよ!!」


壁は鉄で出来ており防音材。窓もなければ入り口もない。ただ……上を除いて。















『気付かなかった。
気付くのが遅すぎたのだ。
時計が無数にあるのはただのカモフラージュにしか過ぎない。不規則になる時計の音によって消された叫び声。畏怖を持たせ、逸話を作りあげて誰も近寄せなかった部屋。
どんなにどんなに叫んでも誰一人として助けには来てくれないのだ。

だから殺した。
殺したのだ。自分から行動に出た。こんな苦くて吐き気のする悪夢から出るにはこれしか方法が無かった。

次に目が醒めた時には僕が望んだ世界になっていたんだ。
そう、それはとある逸話で真実を述べた僕の記述。果てしない無限と幾星霜を超えて出会い求めた日常。
ねぇ、これは真実であり嘘なのか誰か教えて。この島から…この館から……呪縛を解いて…。

さぁ、用意出来たよ。
このお話に終わりはない。
永遠に続く長い長いお話。
僕を……助けて……。』


――――パタン、
スイコは日記帳を閉じた。ガラステーブルに置くとまじまじと二つの日記帳を見た。どちらも表紙には“ナイトメア・アネクドート”と書かれている。ひっくり返し裏を見れば、隅っこに名前が書いていた。

「貴方が望んだ通りに物語は進み、貴方が望まなかった通りに物語は逸れてしまった。なんて残酷で残虐な物語なのかしらね。貴方が描いた物語は受け継がれてしまった。私は…ようやくわかったわ。貴方達が孫に自分と全く同じ名前を付けたのかが」

紅茶を一口飲むと、揺らめく水面に映る自分を見て笑い掛けた。そしてカップを床に落とすと静寂な部屋にカップの割れる音が響いた。

「運命は残酷で哀しくも逸れてしまう。我が当主……貴方が味わった苦痛はどれ程辛かったでしょうか。……今となってはわからないわね…」

粉々になったカップを見て、スイコは溜め息をついた。それに一瞬、手を翳すと何事も無かったかのようにカップは元の形に戻っていた。スイコは薄く笑うと立ち上がり部屋を後にした。




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