赤、赤、赤、赤、どこを見てもアイチには赤一色しか目に入らない。頭を抱え、しゃがみ込んだ。そして唸るように声をあげる。

「わかってたのに、わかってたのに、なんでなんでなんで…!あぁぁああぁ…!!!!」
「やめろアイチ!何も考えるな!見るな!」

唸るアイチの手をとり、櫂は引っ張った。三和は訳がわからないとシャンデリアの下敷きになり見えなくなったミサキをただ見ていた。つい先程まで、確かに三和はミサキと話していた。ここから出る方法、繋がらない携帯電話。シャンデリアが落ちた衝撃で飛び散ったガラスのカケラが三和の頬を掠り、血が垂れる。

「っ、三和、お前も突っ立ってないで来い!!」
「い、意味わかんねぇよ、何だよこれ、なんでミサキちゃんが!?」
「何も考えるな!!考えたら死ぬぞ、殺される!とにかく此処から離れるぞ!」

櫂はまた舌打ちをして今だ朦朧とするアイチと三和を引き、走り出した。廊下には全てのシャンデリアが落ちている。走り向かったのは大広間だ。

「お前、なんでそんなに平然としてられるんだよ!?今日で二人も死んだんだぞ!?」

大広間に入り、鍵をかけた櫂に三和は胸倉を掴み唇を噛み締めた。“平然と”の言葉にぴくりと眉が動き櫂は三和の手を物凄い力で掴んだ。

「平然と、だと!?していれる訳ないだろう!だが正気を失ったらそこで負けだ、終わりだ!生き残らなければいけないんだ俺達は!!この島に来たのは偶然じゃない、元いた場所に帰りたかったら生き残るんだ!生き残ることだけを考えろ!」

櫂のエメラルドグリーンの瞳の奥は何処か悲しそうに揺らめいていた。櫂の言葉が届いたのか三和は横を向き、「…悪い」とただ一言呟くように言った。そしてアイチも同様、櫂の言葉を聞き手に力を入れた。

「……じゃあ、これからどうするんだよ。ずっとこの部屋にいるのかよ」
「いや、此処に来たのはただ単にあそこから離れるためだ。あそこで戸倉が死んだという事は近くに悪魔がいたに違いない」

だが櫂にしてみれば一番怪しいのは三和になる。何せミサキとずっと一緒にいたのだ、十分証拠にはなる。

「み、三和くんほっぺから血が…!」
「あ?ああ…、さっき…。これ位なら大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ!ばい菌入ったら大変なんだよ?――はい、」

ごそごそと白衣のポケットから取り出したのは絆創膏だった。それを丁寧に剥がすと三和の頬にぺたりとつけた。

「わりぃな、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして三和くん」

ぐりぐりとアイチの頭を撫で回すとアイチは嬉しそうに笑った。まるで兄が出来た様だ、とアイチは密かに思った。そんな二人を見ていた櫂は二人の中を割って入るように真ん中に入り、アイチを抱き寄せた。

「うわぁー、嫉妬深いことで…」
「黙れ」
「櫂くん?」
「と、とにかく今は――」

アイチに上目遣いで見られ、動揺した櫂だったが、大広間のドアを叩く音に口を閉じた。

「だ、誰?」
「わからない。まだこの屋敷には生きてるか死んでるかわからない奴らがいる…」

そっとアイチから離れ櫂はドアに近寄った。アイチは手を伸ばしたが躊躇い、だらんと落ちてしまう。この屋敷にはまだ全員いる、死んでいても全員いる。

「―――誰だ」

低い声で櫂は言う。だが返事はない。耳をドアに近付けるとそこには微かな呼吸音。ヒューヒュー、と苦しそうに。まさかと思い櫂はドアの取っ手に手をかけた。

「……レ、ンですよ…」
「お前…!」


櫂はレンと答えると同時にドアを開いた。ふらりとレンは倒れ込み、櫂はしゃがみ支えた。上手く呼吸が出来ていない、レンの身体を支えると何か“ぬるり”とした触感がした。生暖かく鉄の臭い。――血だ。レンの胸からは大量の血が出ていた。よく見れば深々とペティナイフが刺さっているではないか。

「お前…!?どうした一体誰に!?」
「正直…油断し、ましたね。これまたあのがきんちょの様なナイフでは無くて、鋭いペティナイフだったなんて計算外ですよ全く、」

グッと力を入れ、ペティナイフを引き抜く。パッと引き抜くと同時に飛び散る血飛沫。良いことではないが目が血に慣れてしまった。

「葛木カムイは死にました、先程、殺された…そして今や使用人達の姿が見えない…。ただ使用人達は誰も殺してません、殺せるはずがないんです――」
「それは一体どうゆう…?」
「使用人、だからですよ…あの子達は傍観者であるから何も手出しは出来ないんですよ、」
「傍観者…?」

一体レンが何を言っているのかさっぱりまだわからない。カムイは死んだ。先程、殺された。一体誰に?もしかしたら本当に悪魔に?

「エミ…そうだ、エミは!?朝食以来見てない!もしかしたら殺さ――…!」
「待て、アイチ!勝手に行動するな!」
「離して!だってエミは、エミは…!!」

大広間を出ようとした所、櫂に腕を引かれた。それを振りほどこうとしたが櫂は依然として許さない。そんなアイチにレンは血に濡れる胸元を抑え、立ち上がりワインレッドの瞳で真っ直ぐと見る。

「しっかりして下さい、アイチくん。全てはアイチくんに委ねられているんです、生き残らなければならない、」
「レンさ…」
「だから…僕はアイチくんに後は任せます。アイチくんが全ての謎を解くんです」
「あ、あぁあ……!」

するりと頬を撫で、レンは笑うとレンの身体はアイチの方に倒れ込んだ。レンの身体をアイチは抱きしめると唸り声を押し殺しながら泣いた。三和は壁を叩き、唇を噛み締めた。そして場を壊すかのように館の明かりは一斉に消えた。

「っ…!?」
「見付かったな、仕方ないこの場所から出るぞ!」
「了解ッ!」

アイチはゆっくりとレンを床に寝かせ、また櫂に腕を引かれ三人は大広間を出た。先程廊下のシャンデリア全てが落ちてしまい長い廊下は真っ暗だった。だが立ち止まる訳には行かない、無我夢中で走らなければならないのだ。

「かッ、櫂くん何処に行くの!?」
「図書館だ、あそこなら何かわかるはずだ!」
「図書館ってあの、螺旋階段のある所か?」
「ああ」

ひたすら走る。長い廊下に終わりはないようで不安に駆られる。アイチが一度図書館に行った事はあったがこんなに長かったものだろうか、と。本当に今この手を引いているのは櫂なのだろうか、と。


―――マッテ、
マッテ、マッテ、マッテ
置いてイカナイデ
駄目…!!


「な…?今の声は何――っわぁ!!?」
「三和くん!?」

三和の叫び声がしたと同時にアイチと櫂は振り向いた。だがそこには何もない、何も見えない、ただ――何かを引きずり歩く音が聞こえた。

「三和く、」
「走るぞ!!」

ふらりと来た道を戻ろうとするアイチの腕をとりまた走り出した。やっと見つけた螺旋階段を上る。
すぐ後ろにいるのだ悪魔が。捕まれば殺される。ならば体勢を立て直せばいい、殺される前に殺すんだ。生き残るためにも―――。

「っは、は――…」
「アイチ、今のうちに体勢を立て直すぞ!奥に来い、」

図書館は広い、そして真っ暗だ。だが櫂は頭を使い何かを考えていた。そして胸ポケットからペンとメモを取ると何か書き始めた。

「櫂くん何書いてるの?」
「悪魔の正体を消去法で考えていた。早く考えないと誰一人として生き残れない」

停電とはいえ、懐中電灯は灯る。非常用に懐中電灯は図書館にいくつかあった。櫂はメモにこう書いた。

・葛木カムイ死亡
・戸倉ミキサ死亡
・雀ヶ森レン死亡
・三和タイシ死亡
・先導エミ行方不明
・使用人三人行方不明
・二日目、アイチの部屋から日記帳が消える
・自動ロック。鍵は使用人が持つ一つのマスターキーと本人が持つ(ポケットに入っている)一つの計二つのみ
・使用人には殺害不可能(レンが言う限り)


「お前の部屋から何故、どうやって日記帳は消えたのか?葛木はまだ生きていた、しかし何者かに殺された。何故二度も手を出す必要があったのか?この疑問は簡単なことだ」
「わ、わかったの?」
「まず普通に考えればロックが掛かった部屋に入るのは簡単だ。ロックが掛かるまえに入ればいいんだからな」
「え……?」

いいか、とメモに指を差し櫂は言う。

「あの時、朝食をとった俺らの後を誰かがついて行き、出て来るのを待ったんだ。各部屋のドアは古いが鍵はしっかりしているが、古いが故に閉まるのが遅い。隙を見て鍵を持たずに侵入した。そして日記帳を読んだんだ。そういえば日記帳、全部読んだか?」
「ううん、全然…。読むのが怖くて……」

だが櫂の言う通りかもしれない。アイチはきちんと鍵は持っていた。マスターキーを持ち出すにしても場所は知らない、ましてやこの広い館だ。案内無しでは不可能だ。

「俺の予想では、その日記帳には書いていたと思う。――悪魔と呼ばれる本当の…つまり、主催者の名前が」
「な――!?」
「そしてその日記帳をお前に見られる訳にはいかなかった、だから盗んだ。そして葛木…何故葛木はあそこまでされたのか?何本もナイフを刺す必要はない、レンの時のようにペティナイフで十分じゃなかったのか?」

カン、カン、と階段を登る音が聞こえる。ドアの方に目を向けたが怖くなり目を逸らす。

「そこで出て来るのは“悪魔に幸せを願うな”だ。葛木はあそこまでされても生きていた。主催者、人間ではなく悪魔の仕業だと思わせるために回りくどい事をした。意識不明として医務室に運ばれたカムイにこう聞いたんだ『幸せになりたいか』と」

階段を登る足音がぴたりと止まった。まだこの館…悪魔の住む館の謎は全然解いていない。時間がない、時間が足りない、それは櫂も十分わかっている。

「そこで葛木は答えただろうな、なりたいと。つまり悪魔に幸せを願うな、という事は殺してくれ、ということだ。葛木の身体は限界に近かった。だがまだ生きていた、苦痛から楽になりたかった、だから願った……そして殺された」

櫂は椅子から立ち上がりアイチに手紙を渡した。ただ櫂の話しを聞いていたアイチは恐る恐る手紙を受け取ると櫂の顔を見た。それと同時に図書館のドアが開く。

「そして盗んだ日記帳をこの図書館に隠し、……取りにきた」
「か、櫂くんどこに行くの!?」

櫂は何も言わずに歩き出した。「待って」の一言が出ない。動けない、まだ何もわからない、置いていかないで、櫂くん、櫂くん、

「僕を守るって櫂くん言ったよね!?待ってよ、櫂くん…!!櫂くん!」

わからない、どうして?何で?約束したのに、一体主催者は誰?カムイくん、ミサキさん、レンさん三和くんを殺したのは誰?エミは?使用人の皆は一体どこに行ったの?僕は全然わからないよ、だからお願い、せめて櫂くんだけでも――…。
メモ用紙を開く。シャープペンシルで書かれた素朴な文字。

『生きろ』

たった、たったその三文字しかない言葉はアイチの胸を痛いくらいに突き刺した。そして崩れ落ち、声を殺す。
悪魔に見付かってしまった、時間はもう無い、ああ…つまりは……。


Game Over‐僕達の負け‐








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