アイチの目に入る色はナイフの銀色と、血に染まる紅だけだった。どくどくと身体全身の血液が沸騰し、今にでも飛び出てきそうだ。

「なんで…なんで…!?」
「ッ、アイチもうお前は見るな!」
「っは、う゛ぁッ…!なんで…同じ…!」
「同じ……?」

アイチをこの場から遠ざけようと肩を抑えたがアイチは依然として首を横に振り、四つん這いになりながらカムイに寄った。

「カムイくん、カムイくん、頑張って、まだ…これなら助かるから…!」

ビリィッ、と着ていた白衣を破く。右脚と左脚には足の甲にナイフは3本、膝は関節部分に2本、大腿にも3本。計、16本。腹部は10本突き刺さっている。それは綺麗に縦に。横に倒れており、見れば背中にも刺さってるじゃないか。アイチはそんなカムイに優しくそっと触れ、ナイフを一本、一本丁寧に抜いていく。

「ぐぁあ゙ぁああッ!!」
「ごめんね、ごめんねカムイくん、今コーリンさん達呼んでくるからね…!」

震える口を動かし、ぼろぼろとアイチは泣きながらカチャカチャとナイフを床においた。

「お…に、さん、あく、ま…が、あ――…」
「カムイくん!?」

これ以上見たくないほどの紅がアイチの視界を覆い、カムイは気を失った。廊下の赤い絨毯は一面赤ではなく、黒に染まっていた。そしてバタバタと廊下を走りこちらに向かう足音が聞こえる。

「ねぇ、今の叫び声って…っ!?」
「どうしたミサキちゃん?何が―――」
「これは……」
「な、にこれ…!?」

ミサキ、三和、レンに続きコーリンやスイコ達も駆け付けた。ミサキは口元を抑え、後ろ側によろめいた。アイチは止血をしようと白衣を破っては傷口を抑える。

「ま、待ってアイチ、今医務室に運ぶから!」
「コーリンさ、ん…」

顔色がすこぶる悪く、まさしく顔面蒼白なアイチの手を止めコーリンは言った。櫂は血だらけにも関わらずカムイの腕を肩にかけて運んだ。床でぐったりするアイチも運ぼうと思った矢先、レンがアイチを姫抱きした。

「そんな状態でアイチくんを持てるはずがないでしょう。それにアイチくんまで血生臭くなったらどうするんですか」
「っち、」
「ナイフ…足りないと思ったら……まさかこんな事に、」
「コーリン早く案内してあげて。私とレッカで後片付けするから」

その時のスイコの表情は無に近かった。いつもの優しく微笑む表情はそこには一欠けらもなかった。つまり……これ以上コーリンに何かを言って欲しくない様だった。コーリンは手を握り締め、小さな声で「わかってる」と言い先頭をきって案内をした。

「顔怖いよ〜」
「あら、そうだった?ふふっ、とにかくこの場を何とかしないとね…」
「あんた達は…!」

無の表情から、またレッカににこりと笑いかけたスイコは腕を組み唸った。その様子を見ていたミサキは唇を噛み締めて睨んだ。

「死んでないとは言え、カムイがあんな様子になったのに何とも思わないわけ!?救急車は!警察は!?」
「ミサキちゃ、」
「なんで笑っていられるの!?」

息を切らしながら言う。ミサキは泣いた。だがそんな様子をものともせずレッカは不思議にスイコを見上げ、スイコもまた困ったように笑う。

「それはあの子がこの館の秩序を破ったからじゃないの?」
「秩序…?」
「あれ、言ってなかったっけ?おかしーなぁ」
「そんなの聞いてないわよ!」
「ふーん。まぁいいや、知らないなら一応教えておくね。“図書館(としょのやかた)で悪魔に幸せを願うな”」
「としょの…やかた?それってこの館か?てか悪魔に幸せを願うな、って…」

ふと三和はレッカに聞いた。だがどうやらそれ以上は教える気がないようで人差し指を三和の唇に向け、ウインクをした。それに合わせてスイコも微笑むと三和の足元に指差して、

「それ、踏まないようにね」
「え?うわぁあぁ!?」

三和の足元には今だナイフが突き刺さるカムイの右目が転がっていた。

******

「……意識不明よ。あまりにも血を大量に出しすぎてるわ。そして右目……」

カルテの上にボールペンをぱしっと置き、深刻な顔をした。カムイの場所はカーテンで閉めているため見えないが、はっきりとあの時の痛々しい様子がわかる。
頭が痛い。なんで同じ…夢じゃあなかったのかあれは、それに日記帳も……。

「アイチ、大丈夫か」
「顔色、凄く悪いですよ?お水飲みますか?あ、僕の口うつぎゃッ!?」
「お前は少し黙っとけ」
「櫂には冗談がわからないのですか全く…はぁ」
「だ ま れ 」

櫂が何故怒っているのかわからないレンはやれやれと手を肩まであげてため息をついた。

「あ、あの…コーリンさん、館に日記帳…落ちてませんでしたか?」
「日記帳?…見てないわね」
「そう、ですか……」
「み、見付けたら届けるから!」
「ありがとうございます」

しゅん、と布団で顔の半分を覆ったアイチは残念そうな顔をした。そんな表情を見たくなかったコーリンはわたわたと手を動かしながら気を遣ったのか焦りながら言う。

「日記帳?アイチくん日記でもつけてるんですか?」
「あ、えと…はい、」
「ふーん。律儀ですねぇ。僕ならめんどくさくて二行書いて終わりますよ」
「威張るな」

ぐっと親指を突き立て、ウインクをするレンに思わず櫂はツッコミを入れてしまった。そんな二人が面白くて思わず笑ってしまったが、またズキリと頭に痛みが走った。それは目に眩しい色で。強く、強く。きらびやかな。きらきら、きらきらと。宝石のように光る―――。
それは一瞬で。ガシャアン!!と擬声語通りのそのまま落下してきた。きらきらときらきらと光らながら跳ね返り溢れんばかりのその光景には似合い、赤と黒。白い手が、髪が、きらきらと光りながら真っ赤…いや真っ黒に染まる――――。

「ま、まただ…!!」
「何がですか?」
「同じ…!また…」
「アイチ!?」

顔面蒼白のままアイチは身体を起こしベッドから降りるとふらりと医務室から出た。その様子を追い掛けるように櫂は走る。

「待てアイチ!!まだ寝てろ!」
「同じ、同じ…!また、また誰かが……!」
「ッ!しっかりしろ!」

腕を引き、無理矢理櫂は向かい合わせにした。アイチのリトルマリンの瞳は、櫂のエメラルドグリーンの瞳を見つめる。

「一体…一体何があったんだ、一人で抱え込むな、俺にも話してくれ、」
「か、いくん、」

虚ろな瞳をしていたアイチは正気に戻ったのか櫂の頬をするりと撫でた。小さな声で謝るとそっと抱きしめられた。

「見えたの…、僕…誰かはわからないけど人が殺されるのが…。頭で映像のように横切って、それを見る度に凄く頭が痛くなるの。……昨日人がナイフで刺されるのが見えたんだ。右脚、左脚、腹部、右腕、左腕、右目、背中を刺されて右目はえぐり取られてた。これが…まさか本当に起きるなんて思ってもなかった!!ましてやカムイくんだったなんて…!」

頭を抱え、叫ぶようにアイチは言った。櫂は祖父様から貰った手紙の内容をふと思い返す。
『二日目に悪魔が現れた。それは幸せを願ったからだ。一人、二人、と殺されていく。その様子を俺達は目の前で見た。否、あいつには見えていた』

「日記帳も失くなっちゃったし…!なんで、僕どうすれば…!!!」
「とりあえず、次にお前には何が視えたんだ?俺達が先回りすれば止められるかもしれない!」
「ろ、うか、また廊下だった、きらきら光る…そう、一番大きな…シャンデリアがある廊下!」

アイチは目を見開いて言った。一番大きなシャンデリアがある場所と言えば玄関ホールしかない。櫂はアイチの腕を取り走った。玄関ホールにいたのはミサキと三和だった。ミサキは携帯を開き電話をしようとしたがどうにも繋がらないらしい。心配だから、とミサキの傍にいた三和は機嫌が直らないミサキをなだめている様だった。

「良かった、まだ間に合――」

ほっ、と表情を緩ませたアイチは目を大きく見開き手を伸ばした。口を動かして名前を呼ぶ、それと同時にこちらに気付いた三和とミサキは微笑んだ。そして一瞬でミサキは消えた。きらきら、きらきらときらびやかな光に飲み込まれたのだ。
辺りは真っ暗になる。きらきら光る宝石が飛び散る。辺りは暗いはずなのにも関わらず、アイチの目一杯に飛び込んだのは眩しい位にきらきら光る宝石で。
ガシャアン!!と盛大な音を立ててシャンデリアはミサキを覆い被さるように真っ直ぐに落ちた。白い手が、髪が、赤く――次第に黒に染まっていった。飛び散った宝石とガラスのカケラはアイチの頬を掠り音もなく落ちた。

「なんで…なんで…なの…僕は…うぁ、ああぁああぁ、ミサキさん!!!!!」

止まる事を知らない不可解な出来事は酷く辛い現実だった。カムイは大量のナイフを刺され意識不明の重体。アイチが見たはずの光景は一度までもなく二度―――。豪奢なシャンデリアの下にミサキは下敷きにされた。館は風により、大きく揺れた気がした。廊下ではまたシャンデリアがガシャンと音を立てて落ちてゆく音が聞こえた。







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