―――カシャッ、

「あっ、出て来たよ!」

“シール出口”と書かれた場所から出て来た写真を取り出すと櫂に見せた。ハサミで真ん中を切り取ると片方を櫂に手渡す。

「これは俺も初めて撮った」
「櫂くんも?プリクラ、って言うんだって」
「プリクラ……。意外だな、お前ならこうゆうの撮りそうなんだがな」
「だって写真撮影は禁止だもん。あ、櫂くんは別だよ?」

だからどうしてそう言う風にあざとい事をするのだコイツは。赤くなった顔を見られたくなくて櫂はそっぽを向いた。アイチはプリクラを見るのに夢中で気付いてはいなかった。

*****

『フルコンボだドン!』

「負けた…あぅう…」
「叩くだけだろうが」
「リズム感が必要なんだよ!」
「じゃあお前には無いんだな、リズム感」
「か、櫂くんのいじわるぅう!!」

撥を置き、画面で流れる結果発表を横目にしながらがっくりとうなだれた。初めてやる、とか言う櫂だったがまさしくオニ強。最初は普通で選択していたのに二回目から櫂は余裕の表情でオニを選んだ。
あたふたするアイチを隣で密かに楽しみながらも櫂は容赦がなかった。

「0勝3敗…。ポッぷンに、マリヲカート、太鼓の超人……。本当に全部初めてだったの?」
「ああ。お前は初心者感丸出しだったがな」
「初心者だもん!」

ゲームセンターを出た二人は、櫂が取った犬のぬいぐるみを抱き抱えながらアイチは頬を膨らませる。と、ちょうど前から来た人とぶつかりアイチはべしゃりと転んでしまう。

「あうっ!!」
「おい、大丈夫か?…血が出てるな…」

アイチの手を引き起き上がらせれば案の定、ひざ小僧からは血が出ていた。痛かったのかプルプルと震えている。まるで小さい子供だ。
そんな様子に溜め息をつくとアイチを姫抱きして歩き出した。目を白黒させると状況に気付いたのかわたわたと暴れ出すアイチ。

「かか、櫂くんっ!?」
「暴れるな、落ちるぞ。落ちればさっきよりは痛いだろうが」

そう一言、言うとアイチはぴたりと暴れるのをやめた。ぷるぷると震えながら櫂を見る。
こんな人通りの多い中、櫂はこんな目立つようなことをしない。だが気にもせず、櫂はアイチを抱き、そのまま歩く。そんな櫂の横顔にアイチは高鳴る胸の鼓動が抑えられなかった。

****

「ハンカチを濡らしてくる、そこで待ってろ」
「う、うん」

ハンカチ、律儀にも櫂は持っていた。それはアイチが好きな青色のハンカチでスタスタとアイチが座っている公園のベンチから遠ざかり行ってしまう。顔をあげて、伸ばした手は躊躇い、下ろした。

「……はぁ、僕のドジ…。と言うか…えと…あの人の名前なんだっけ?田中さん?……田中さんにしておこう。田中さん…見てたかな…」
「バッチリ見てたよー」
「わっ!!?」

ぬっ、と人影が現れたかと思うとニタリと笑った中年の男性が現れた。その声に驚き声をあげる。

「たっ、田中さん…!!」
「いや田中じゃないよ、勝手に名前をつけないで。…まぁいいや。そうそう、見てたよ。でもさぁ思ったけどこのバイトって彼氏持ち禁止じゃないっけ?」

またニタリ、と笑うと今度はアイチの隣に座ってきた。「ひっ」と奇妙な声をあげる。だが言い返せず、スカートの裾を握った。

「……アイチちゃん、君お金が必要なんだろぅ?いくらこのバイトは健全だからと言ってもこのバイトじゃあ…程遠いんじゃないの?―――医療費」
「なッ!?何でそれを――!?」

アイチは目を丸くし驚く。ガタッ、とベンチが揺れた。立ち上がろうにも足の痛みと恐怖で動かない。それがわかってなのかニヤリと笑い続ける。

「あと、君の妹ちゃん…。君がこんなバイトしてるって知らないよね?知ったらどれ程傷付くかなぁ?そ、こ、で、良い考えがあるんだぁ。ボクと付き合おう?そうすれば君の欲しいお金はたくさん手に入る、あんなちんけで愛想のない高校生よりはずぅっとマシだよ?別にアイチちゃんなら誰だって良いんでしょう?」

ガッと肩を掴まれて言われた言葉はアイチの胸に何度も響いた。まるで自分は何でも言う事を聞く人形だ。そう考えると同時に腹が立ち、怒りが湧いてきた。一番腹が立ったのは自分じゃない、自分に対し、真っ直ぐに向き合ってくれて一生懸命で凄く優しくて、それは自分には手が届かなかった存在――。

「? アイチちゃ、」

――――パァンッ、
それと同時に頬を掠り、乾いた音が公園に響いた。アイチの手は相手の頬を叩いたのだ。

「な、にを――!?」
「馬、鹿にしないで…!!お金が必要なのは僕が一番わかってる!だからと言って人に縋ってお金を貰おうだなんて思ってなんかいない!このバイトだって本当は好きでやってる訳でもない!でもお金は必要、それでも――あなたみたいな人の気持ちがわからないような、お金で何でも手に入るようなあなた達には僕の気持ちなんてわからない!!…それでも、それでも櫂くんは僕の我が儘に付き合ってくれて、僕がやりたかった事をしてくれて、櫂くんは優しくて、櫂くんは、」
「アイチ、」

涙で視界が霞む中、名前を呼ばれた。はっとし、顔をあげて振り返れば濡れたハンカチと缶ジュースを持った櫂が立っていた。

「悪い、遅くなった。水が出る場所が何処かわからなかった。……誰だお前。邪魔だ、アイチから離れろ」
「お、お前だって何だよ、こ、高校生が何出来るんだって言うんだ、よ!」
「二度も言わないとわからないのか。邪魔だ消え去れ」

口をあんぐりと開け、ガクガクと震え出したかと思うと立ち上がり逃げるように公園を出て行ってしまった。

「櫂くん、僕、」
「…滲みても文句言うなよ。あと、好みわからなかったから適当に選んだ」
「あ、ありが、とう…!」

櫂から缶ジュースを受け取ると涙を拭った。櫂は片足立ち膝になり血をハンカチで拭う。時折滲みる痛みにアイチはぎゅっと目をつぶった。

「……櫂くん…ありがとうね。あと、櫂くんにいっぱい迷惑掛けてごめんなさい……」
「何故謝る」
「だ、だって、櫂くんにいっぱい迷惑かけちゃったし、さっきだって、っあ!!?」

ぴゃっ、と喚く。優しく拭き取っていた傷口を強く擦ったのだ。びりびりと震えながら涙目で櫂を睨むように見た。

「ひ、酷いよ櫂くん!もうちょっと優しく、っひ!!」
「うるさい、黙れ。第一これはお前の不注意だろう。ぽやぽやしながら歩いているから」
「確かにそ、うだけど、これはあんまりだ、あっ、〜〜!!」
「ぶっ、」

ジタバタと暴れだし、足を振り上げた拍子に靴の先が櫂の顎に直撃した。それに気付いたアイチは足を動かすのをやめた。

「えと、わ、わざとじゃないよ?せ…正当防衛!」
「…お前なぁ……」
「……ごめんなさい」

そう言って笑ったアイチの表情を見た櫂は安心した。ついでにあざといと思ったが口にはしなかった。

****

「送ってくれなくても良かったのに…」
「お前は心配だからな」
「あうぅ…」

犬のぬいぐるみを持ち、右手には花を持ったアイチはぽてぽてと歩く。足には絆創膏を張り。

「そういえば何で花を買ったんだ?」
「…………それは…」
「…悪い、嫌なことを聞いたな答えなくていい」
「櫂くんになら話すよ、それに…好きでこのお仕事やってないってわかって貰いたいんだ」

俯きながらアイチはそう言う。櫂は申し訳なさそうな顔をし、どうする事も出来なかった。だがアイチが好んでやってる仕事ではないと聞き何故か安心している自分がいた。

「あのね、僕のお母さん、三ヶ月前に事故で寝たきりなの。手術は成功したし、外傷はないんだけど意識不明で…ずっと目を覚まさないの。お父さんはもう僕の家族にはいないし、入院費とか凄くかかって…妹のエミはまだ小学生、僕もまだ中学生で…お金が…凄く必要なの。でも中学生でバイトとか出来ないし……そしたら…サイトで15歳から18歳限定、お金もちゃんと貰えて、本当に健全なサイトでね…それがこのお仕事。デートとか相手の相談相手になったりする簡単なお仕事なの」

歩いていた足をアイチは止めた。櫂がぱっと前を見ると総合病院が目の前にあった。カタカタとアイチの手は震えていた。

「簡単な…簡単なお仕事だからこそ……相手に合わせて僕はいろんな自分を演じたの。相手の好みに合わせて。そしたら本当の自分を見失った。本当の自分がわからなくなった。でも、でもね櫂くんが…元の僕を見つけてくれた、僕が望んだこと、やりたかったことを叶えてくれた…」
「アイチ……、お前の願いは何だったんだ…?」

赤信号から青信号に変わりアイチは櫂を見てふわりと笑った。櫂の質問には答えようとせず前に進む。

「…それでも僕はまたこのお仕事をする。……櫂くんありがとうね、今日は本当に楽しかったよ。出来れば…今度はこんな風じゃなくて普通に逢いたいな。ぬいぐるみ、僕の宝物だよ。じゃあ…ね」
「ッ、おい待て、…また、何か合ったら連絡しろ、」
「え―――…?」

腕を引かれ、紙切れを渡された。チカチカと青信号が点滅し始める。櫂に背中を押され、よろめいた。赤信号になり車が止まって前を見たら櫂はもういなかった。渡された紙切れを見てアイチはまた泣いた。

****

後日

「か〜いっ、昨日はどうだったよ?楽しかったか?」
「……」
「ってあれ?怒んねぇの?一応覚悟して学校来たんだけど…」
「……まぁな」

そう櫂が答えた瞬間ガタン!と音を立てて机を掻き分けて三和は倒れ込んだ。目を丸くし外を見る櫂に三和は頭を抑えた。

「……こりゃあ…ビンゴだったんだな…」

そのあと、面白がってからかい続けた三和は後で後悔した。ついに櫂の黙示録の炎が発動したのは言うまでもない。




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