そわそわ。うろうろ。ぴたり。うろうろ。そわそわ。


「……はぁ…」
「アイチさっきからうるさい!!」
「ひゃっ!ご、ごめんなさい!!」


アイチは携帯を手に持ち開けては閉め、開けては閉め、の繰り返しだった。そして楽屋で行ったり来たりの繰り返しをしていた所、ついにコーリンに怒られてしまった。


「あーコーリン無駄無駄〜。アイチ最近ずーっとこんな感じなんだもん」
「ふふっ、誰かからのメールでも待ってるのかしら」
「なっ、アイチ一体だ「あっ来た!ちょっとすみません!」


携帯の着信音が鳴りアイチは顔を輝かせてばたばたと楽屋から出てってしまった。コーリンはアイチの後ろ姿を見てうっすら涙目になりながら悔しそうに震えた。


****


自動販売機のあるフリースペースのソファーに座りアイチは受信ボックスを開いた。着信音だけで誰からかわかるように設定してる為アイチにはすぐわかった。


From:櫂 トシキ
件名:無題

ライブを一週間後に控えているんだったら、
早く飯を食べて、風呂に入りさっさと寝ろ
―――――――――‐‐

先程、アイチは櫂に一週間後にライブがあるという話しをした所、まるで母親またいな返信が返ってきてしまった。それよりも櫂が自分の心配をしてくれていると言う事に嬉しくなり何度も読み返す。


「『ありがとう、ライブ頑張るね。今回は九州の方まで行かなきゃだから櫂くんに来て貰えなくて残念だけど――』…送信っと…」


画面上で「送信しました」となるのを確認し、アイチは携帯を閉じた。アイチが櫂とこうしてメールをして二週間が経った。元々機械を扱うのが得意ではないアイチは最初の頃は一文打つのに30分はかかった。今ではエミの指導の元、良くなったが。


「櫂くんと会って一ヶ月……。そういえば…何でこんなにも櫂くんは優しいのかな…」


櫂から貰ったメールを見ながらふと思う。…自分が芸能人だから?それとも秘密を知って同情したから?そんな事ばかり考えているとなんだか悲しくなり俯いた。

アイチは小学校5年生から不登校になった。15歳だが中学校にも行っていない。芸能生活が忙しいからとかではない、ただアイチは人と関わるのが怖い。小学校の頃はよく虐めを受けた。身体が小さく華奢だったのか、顔が女顔でもあったのか元々内気な性格のアイチは誰にも相談出来ずに一人泣いた。
そのせいか極度のストレス障害に陥り、食事を摂らなくなった。そんなアイチを見た母は学校をやめさせた。そして気付くことが出来なかったまだ幼いエミは弱っていくアイチを見て泣いた。その涙はエミにとって一生忘れることの出来ない、最初で最後に流した涙だった。


「それに……どうして僕はこんなにも…」


携帯が鳴る。その携帯をぎゅっと握り締め、静かに鼓動を聞いた。不整脈…と小さく呟く。


「どきどき…するのかな……」


*****


「おい櫂ー!お前さっきから携帯ばっか弄ってねぇでこっちも手伝えよ!」


三段も積み重なった段ボールをガタガタと持ちながら階段に座る櫂に話し掛けた。ひょっこり顔を覗かせて見ればいかにも不機嫌そうにこちらに振り向く櫂がいた。


「き、機嫌がよろしくないようで……」
「当たり前だ。何故俺がこんな事をしなければならないんだ」
「いや、そりゃあ…文化祭があるしなぁ…。せめて教室に荷物運ぶとか位しろよ!」


眠たそうに欠伸をした櫂に三和はすこしムッとなり、最近よく携帯を弄ることをネタにしようと思いついた。


「んでー?櫂は一体誰とメールをしてんだ?」
「な、」
「落ち着きがないようで、携帯と睨めっこばっかりだよな最近。モテる男は辛いな〜」


それには答えようとはせず櫂は三和の持っていた段ボールを一つ持つ。一人でスタスタと先に歩く櫂を笑いながら追い掛けた。


「あっ。だったら来て貰えよそのメール相手!ついでに俺にも紹介してくれ!」
「馬鹿言うな」
「えーいいじゃねぇかよ!俺らのクラス執事喫茶だろ?女子は料理に回るし、一日交代だから明後日はメイド喫茶になるじゃん。だったら明日、来て貰えよ。櫂の執事姿見たら惚れるかもしれねぇぞ〜」


ニヤニヤとこの上ないほど楽しそうに笑い、肘で櫂の頬をぐりぐりつつく三和。反論しようと口を開いたがふとイメージが浮かんだ。


『櫂くんの執事姿…凄くかっこいい…!益々惚れちゃった…。あのね…僕、どきどきしてきちゃったの……凄く…ここが熱いの…櫂くんにしか治せないの…お願い、早く…ぅ…』

ゴッ。ブシャアッ。


「ぎゃあ!?おい櫂どうした、大丈夫か!?」
「ああ…大丈夫だ、ただ予想を遥かに超えたイメージだった…」
「はぁ?ま、いいけど…」


頭がおかしくなったのは元からだったかと思い、考えるのをやめた。誘うにもあっちはアイドルだ。しかも一週間後にはライブを控えている。爆発的国民アイドルがこんな高校に来たら前代未聞だ。ただでさえ、あのアイチとメールをしているのにまた会いたいなど我が儘すぎる。
重たい段ボールを片手にグラグラとさせながら三和は教室のドアを開けた。


「あっ、三和くん!どうしよう…!ガムテープ足りなくなっちゃって…!」
「そうなのか?じゃあ買っ…」
「俺が買って来る」


と、三和にまた段ボールを預け、スタスタと廊下を歩いていってしまった。三和は唖然としながら深いため息をついた。


「……あいつ…財布もってんのか…?」


****


後江高校のすぐ近くにコンビニはあるはずにも関わらず櫂は街中まで来ていた。それもほぼ無意識に。細かく言えば初めてアイチと出会った路地裏のすぐ近くのコンビニだ。


「馬鹿か俺は……」


手を額につき、しゃがみ込んだ。片手にガムテープを持ち。店員はそんな櫂の様子に不審に思いながら買い物にバーコードを通した。


「財布を忘れた…」
「どうしてですか!」
「いや、そう言われても売り切れでして…」
「カリカリ君はソーダ味じゃなきゃダメなんです!」


財布を学校に忘れガックリとうなだれる櫂に、バン!と力強く台を叩いて店員を困らすどこかで聞き慣れた声が耳に入った。キャスケットから覗く群青色の髪、華奢な身体でショートパンツから覗く白い脚。そして声は知らない人はいないアイドルウルトラレアの…。


「おい、お前こんな所っで何をしている」
「ふぇ?か、櫂くん!」


呆れた様子で、だが密かに怒りを交えながら声を掛ければ案の定振り向き、変装用の眼鏡をかけたアイチは嬉しそうに振り向いた。


****


「櫂くん今日学校はお休みなの?」
「いや違う、」
「じゃあなんでこんな街中のコンビニに?」
「な…なんとなくだ」
「そっかー」


と、変装に大してなってない(櫂にしてみれば)アイチは櫂の隣で先程買った、カリカリ君梨味を食べていた。それはとても上機嫌なようで。だが隣にいる櫂は袋に入ったガムテープを見て気まずそうに頬をかいた。


「…悪い…」
「大丈夫!お金とか気にしないでね。櫂くんに会えただけでも十分だからっ」


ぱくり、とアイスを口にふくみ「梨もおいしいかも」とリスみたいに頬張って食べるアイチにまたがくりとうなだれた。あの時、アイチに驚き持っていたガムテープを床に落としてしまった。アイチは仕方なくカリカリ君梨味に代え、どうやらガムテープが必要そうな櫂を見て櫂の了承を聞かずに買ってしまった。


「そうゆう訳にはいかない、後でちゃんと返す、」
「い、いいよ別に…。あっ…でもそ、そしたらまた会えるってこと!?」


足を止めぱっ、と櫂の方を見てきらきらと目を輝かせながら聞いた。いくら暑いとは言え、ショートパンツで足を出し、本当に男なのかと疑ってしまう。


「いや、それは…」
「か、櫂くん難しいよ…。それにしても何でガムテープ?」
「ああ、これはだな、明日学校で文化祭があって無くなったから買ってこいだとか言われてな…」
「文化祭……?」


買ってこい、ではなく櫂が自分から切り出した話しだが。アイチは文化祭という聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「なんだ、文化祭知らないのか?」
「う、うん。僕…その、小学校5年生から学校行ってなくて…だから中学校とかも…」
「そうだったのか…。じゃあ明日来るか?」
「え?」


途中から俯きアイスが溶け、地面にぽたり、とこぼれ落ちた。だが櫂の言葉にまた顔を上げる。


「クラスは1-Aだ。10時からやっている。暇だった来い。勿論変装はしろ」
「文化祭!ほ、本当に行ってもいいの!?わ、わぁ…!」
「仕事を優先しろよ」
「大丈夫!明日は午前中だけだから!」


凄く嬉しかったのか、腕を振りすぎてアイスが棒から抜けべちゃり、と音を立てて地面に落ちてしまった。その様子に櫂はおかしくて笑ってしまう。


「わぁあ!僕のアイスがぁ…!ひ、酷いよ櫂くん!」
「悪い、つい…な…。だが見ろ当たりだ」
「当たり…?あっ。本当だ…!」


見ればアイスの棒には“アタリ”と書かれた文字が。もう一本食べられるね、と言えば櫂は、腹を壊すぞ…と言葉を交わした。


「送っていく、」
「だいじょーぶだよ!ちゃんと帰れる!」
「いやお前は危なっかしいからな」
「またそうやってー…。…えへへっ、メールもいいけどやっぱりこうやって会う方が好きだな」
「メール来るの遅いしな」
「上手くなったもん!…じゃあまた明日、絶対に行くから!」
「ああ」


手を振りながらよそ見をしていたのか転びそうになったアイチを見て櫂はハラハラしながらアイチが見えなくなるのを見ていた。ふと、手に何か持っていることに気付き見る。


「あいつ…」


それは、“アタリ”と書かれた先程アイチが当てたカリカリ君梨味のアイスの棒。結局誘ってしまった、と後悔なのか喜びなのかわからない感情を抱いたまま学校に入った。この感情を抑え切るのに精一杯な櫂はまた盛大にため息をついたのであった。




〜おまけ〜

「ただいまですー♪」
「あれ、アイチ機嫌いいね。良いことあったの?」
「うん、ちょっとね〜」
「へぇ〜。だってよコーリン〜」
「な、何でいちいち私に振るの!それよりもアイチ、頼んでおいた雑誌は?」
「…………あ」
「……まさか忘れたとか?」
「…………はい」
「〜〜〜!ア、アイチー!!」
「ごめんなさいー!!」



コーリンが欲しかった雑誌には特集ページとしてアイチのインタビューページがあったです♪ byレッカ