「櫂、この子僕が引き取ってもいいですか?」
「は?」

ぎゅうっとレンはアイチを抱きしめたまま櫂に聞いた。引き取る、とは一体どうゆう事だろうかと悩んでみる。

「だって、この子どこで暮らすんです?櫂の家はどう考えても無理だし……僕の家なら大丈夫ですよ!」
「そうゆう事か…そうだよな、うん。でも、本当にお前の家は大丈夫なのか?お、や…とか…」

櫂はあまり親という言葉は出したくない単語だ。最後の言葉は小さく消え入りそうに呟いた。

「櫂、君は可笑しな事を言うんですね。僕に親、などはありませんよ?」
「レ、ン……?」

櫂は思わず絶句した。だがレンはアイチに笑いかけると頭を撫でた。何もわからないアイチはされるがまま。

「にゃんこ、とりあえず僕のお家に行きましょう!…あっ、そういえばにゃんこの名前は何て言うんですか?」
「にゃ…?」
「にゃ、と言う名前何ですかー」
「?」
「??」
「???」
「お、おい、お前等!コントじゃないんだから!」

アイチが理解に苦しみ、首をこてんと傾げればレンもまた、首を傾げた。その様子を見ていた櫂は耐え切れなくなり間に入る。

「きっと、こいつには“名前”が無いんだよ」
「えっ、でもさっき『にゃ』って……」
「それはただ鳴いただけだろうが……」
「あぁ!成る程っ!」

ぽむっと手を打つとぽやぽやし始めるレン。櫂はそんなレンの様子にうなだれながら、アイチの方を見た。
確かに名前は必要だな、と頷いてみる。しかし付けようにもどんな名前を付けようか……。

「と言うか、こいつ言葉喋れないんじゃないか?」
「そうなんですか?それは大変です!僕はレン、雀ヶ森レンです。はいっ、リピートアフターみー!」
「うにゃ…?れっ、れ…ん…?」
「はい!そうです、良く出来ましたー!」

そう言って、レンがアイチの頭を優しく撫でると今まで垂れ下がっていた耳は立ち上がりアイチは頬を染めて嬉しそうに笑った。そんな様子に櫂はムッとなる。

「お、俺は櫂、櫂トシキだ!」
「う…にゃあ…か、か…い?」
「そう!そうだ!」
「櫂…何か気持ち悪いですよ。てか名字呼ばれてるじゃないですか、ぷぷーっ」
「お前は黙ってろ!」

馬鹿にするレンを退け、櫂はアイチを抱きしめていた。わたわたとするアイチには気付いてはいない。だがあまり力を入れられると傷が痛い。アイチはそれが言えなかった。

「あーあ、櫂は本当に愛がないんだねー」
「お前に愛をやる意味がわからん」
「櫂からの愛なんかやめて下さい気持ち悪い」
「お ま え」

真顔で言うもんだから腹が立つ。そもそも俺だって嫌だ気持ち悪い。
ひょこひょこと耳を動かしたアイチは櫂の袖を引っ張った。何だろうと思い、櫂が振り返ればアイチは櫂を見上げている。

「か、櫂くん、あ…あい、ってなぁに…?」

そう言うとコテン、と首を傾げてしまった。思いもよらぬアイチの発言に櫂は返す言葉がない。レンも同様に。だが一向にアイチは櫂の袖を握ったまま不思議な顔をするものだからレンに助けを求めるように振り返った。

「にゃんこ、君は全く罪深い猫だ…こんないたいけな僕達に愛の意味の質問をするなんて……」
「なんかそれっぽい、カッコイイ事言いましたオーラはやめろ」
「じゃあ櫂が答えて下さいよ〜愛の意味〜!僕だってわかりませんー」
「う゛っ…。俺だって知らねぇよ。……だけど…」
「…そうですね」

二人でアイチの方を見合う。頭にクエスチョンマークを浮かべたアイチは二人を見上げる。レンはそんなアイチの手を取ると笑い掛けた。

「君と一緒にいれば、」
「愛の意味がわかるかもしれねぇ。なっ、」
「「アイチ」」

最後は同時に、二人はそう言って笑った。“アイチ”は何度も頭の中でリピートし続けた。
そうしてようやく“アイチ”という名の、小さく儚く、だけど確かに存在する定義を持ち与えられた“アイチ”は生まれた。

「やはり櫂も同じ名前をつけましたか」
「お前だって、」
「ちなみに漢字は?」
「もちろん、こうだ」

櫂はアイチの腕をとり、傷付いた小さな手の平を向かせた。一瞬だけ眉を寄せて哀しそうな表情をしたが、櫂はアイチの手の平に指で漢字を書く。

「一つは“愛”。これはお前がこれから知る、大切で最も知りたい言葉。漢字はこう」
「次に“知”。これはアイチくんだけに与えられるアイチくんだけの意味。繋げれば『愛を知る』。君が愛を知り、理解した時に君は名前の成す意味も理解する。この名前は君だけに与えられたたった一つの真実の名前」
「ぼく……だけの…なまえ…」

何度も掛かれた漢字と名前。握っては開き、握っては開きを繰り返し自分の名前を小さく何度も呟いた。

「大丈夫、僕達は君の存在を認めます。人は初めて名前を持った時に存在を認められる。アイチくん、君はもう痛いことも苦しいことも悲しいことも全てから解放され、自由なんです」
「じゆ、う、」
「お前の新しい居場所だ。そして光。ほら、雨なんか降ってないぜ?名前を持ち存在したお前を認めてくれたんだ、だから行こう。俺達の所に」

そう言って二人から伸びた手はどれ程僕の光だったのだろう。認めてくれた、存在している、その全てが温かくて嬉しかった。生きてる意味を成す自分が嬉しかった。
そして欲を持ってしまった自分が憎かった。

















「愛を…知る…」
『そう。まぎれもない、温かくてまぶしい光。それはとてもすてきな名前、……ぼくの…空白の四年間……そのきおく、ぼくにはある?』
「空白の四年間?」
『ぼくは何であの場所にいたの?四年前のぼくはここにいて、四年後のぼくはここにいるのに、その間の記憶を四年後のぼくはおぼえてない』

それは密かにだけど最も自分が此処にいる意味を成すために必要な材料。四年前と四年後の自分はいるのに空白の間の自分がわからない。いや、ましてやハッキリと四年前の自分を思い出してはいない。
櫂とレンから名前を貰った自分はどうした?そのあとは?そのあと………。
少しずつ溶け込んでいった日常はある日崩壊した。それはどうして?
本当にぼくは僕?
アイチは存在していた?
僕は今、一体何のために存在しているの?

“カミサマ、ぼくを憐れみ、少しでも同情してくれたなら、ぼくの願いを聞いて下さい…!!ぼくは、ぼくは――――”

「僕、は―――…!」
『そう、“僕”は』

その日も雨が降る日でした。いつもよりひどい雨でした。ぼくの耳はぴくりと立ち上がりその光景を目にしました。次にぼくは走りました。
無我夢中で走り手を伸ばして、そしてぼくの目には眩しい眩しい光。これはぼくは嫌いな光。
―――そしてスリップ音。そしてゆらゆらと揺らめく炎。ぼくの名前を何度も呼び続ける櫂くんとレンさん。


「僕は…死んだんだ…」


それはそれは空白の四年間を旅をしたお話。そして櫂くんと約束をした脆くて淡いお話。そしてレンさんを悲しませ、レンさんを変えてしまったお話。そしてぼくがカミサマに願った小さな奇跡のお話なのです。










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -