君だけが僕の光だった。君だけが僕の救いだった。君だけいればあとは何も望まなかった。


「っにゃッ!!」

ドンッ!とアイチはレンに押された。あの時無理矢理よくわからない場所につれてこられたのだ。思い切り尻餅をつく。

「ああ…大丈夫ですかアイチくん?嬉しくて加減がよくわかりません」
「あ、あの…えっと…」

正直、アイチは自分の今ある状態に理解が出来ていなかった。
いきなり口を塞がれたかと思えば知らない場所に連れてこられた。ただアイチの目の前にいるのはテレビで見たと同じ“雀ヶ森レン”そのもの。

「僕はずっと捜していたんですアイチくん…。あの時…あの4年前のあれ以来から…」
「ご、ごめんなさい。あの…レンさんは僕の事知ってるんですか……?」

アイチが上目遣いで縮こまりながら聞くと途端にレンは目を見開いた。だが何かを悟ったか、見開いた目を閉じる。

「ええ知ってます。何しろ君は僕にとって大切な存在であり、僕の生きる意味でもあるのですから。何より僕とアイチくんは仲良しなんですよ?」

と、にこりと笑った。途端にアイチは目を見開き耳を立ち上がらせるとぴくりと耳を動かす。

「…僕は一体何者ですか?4年前に一体何が――」
「思い出さなくていいんです。アイチくん、君は何も思い出さなくていいんです。知らなくていいんです」
「レンさ―――」

アイチは知りたかった。4年前に何があったのか、自分は一体何者で何故、櫂、レンは自分の事を知っているのか。だがそれをレンに聞く前に眠気が襲ってきてしまった。まぶたが重くなりやがてゆっくりと閉じてレンの胸に埋まる。

「アイチくん…僕は強くなりましたよ。君との約束を守りましたよ―――」

アイチを姫抱きすると薄暗い部屋にあるキングサイズの大きなベットに寝かせた。

****

ふわり、ふわりとアイチはしっぽを揺らつかせながら歩いていた。辺りには何もなくただ真っ白な世界。ここは一体何処だろう、と辺りを見渡すが何一つとしてわからない。

「あれ…何だろう…?」

アイチが見る先にはぷかりとシャボン玉の様な物が浮かんでいた。アイチは近寄り覗いてみる。そこにはアイチと櫂が映っていた。まだ最初に会って間もない頃……アイチは櫂の横で櫂が作ってくれた料理を食べていた。それはアイチが手に入れた幸せの日常。

「櫂くん、僕、」

と、アイチが手を伸ばし触れようとした瞬間弾けて消えてしまった。淡く脆く儚く。

「…っ、」
『―――どうしたの?』
「え?」

触れた手をもう片方の手で握る。ふと何もないはずの真っ白な場所で聞こえた声。顔をあげて前を向いた。ゆらり、とアイチはしっぽを揺らして相手を見る。

『いじめられたの?かお、なきそうだよ』
「えっと……」
『ちがうの?それならよかった。なぐられるのも、けられるのも、ぼくつらいのよくわかるから…』
「君は…、」

アイチは見下ろして見た。アイチの頭二つほどの身体つきをした舌足らずに話す、頬に絆創膏をつけ、耳をぴくりと動かしアイチと同じようにしっぽを揺らつかせる――――、

「僕……?」

幼いアイチを見た。
確かにそれはアイチでこてん、と首を傾けて不思議そうにアイチを見上げる。服が大きかったのかその拍子に肩からずるりと服が下がり落ちてしまった。

『ぼく?うんと…ぼくはアイチって言うんだ。ぼく、うまくしゃべれないし、かんじ?わからないからカタカタにしたんだって。あ、でも二つだけわかるよ。“愛”と“知”』
「あい、ち……」

空中で指を動かして幼いアイチはそう答えた。人を愛するの愛に、知ることを意味する知。昔…確かな記憶の底にある聞いたことのある名前だ。

「ぼ、僕もアイチって言うんだ。えと、その…」
『しってるよ。だって君はぼくの4ねんごのアイチでしょ?そしてぼくは、4ねんまえのアイチ』

アイチのしっぽが揺れると同時に幼いアイチのしっぽも揺れる。幼いアイチには感情があまり感じとれなかった。ただリトルマリンの瞳を朦朧とアイチを見ているだけ。

『だけどね、君とぼくはちがう。君はきおくがない。つらくて、たのしくて、こわくて、うれしくて、さみしくて、あたたかくて…なりより“出逢わなければ良かった”そんな感情…』
「出逢わなければ良かった……?」

と、今まで真っ白だった空間は一瞬で真っ黒な空間に変わってしまった。光がなくただ闇に覆われた世界。それはアイチがよく知っている“孤独の世界”だ。

『だから、ぼくはわすれたの。だから、かいくんもわすれた。そしてまた、いちからやり直しのせかいになった。また孤独で真っ暗なせかい。ぼくがさけんでも、ないても、だれも知らない、だれも助けてくれないせかい』
「ち、がう、ちがう、」
『ぼくはなにもわるいことしてないのに石をなげられて、なぐられて、けられて、でもがまんして……。どんなにつらくても雨がぜんぶ流してくれた。きずぐちだって感情だって。――――ねぇ、もう終わりにしよう?』

ぺたり、ぺたりと何も履かず裸足で歩きアイチに近寄る。感情がない無表情からはただ頬を伝わり、そして闇に消える涙。それは紛れも無い、僕自身――…。

『ぼくのまえにまた、かいくんがあらわれて、レンさんがあらわれて、そして呼んでる。また思い出してリセットしよう?4ねんまえの出来事を…思い出そう?』

それは僕とぼくの短くて永遠に続くお話し。忘れてしまったのではない、消したのだ。自ら記憶を消した。全ては“ボク”があの日櫂くんの手を取ってしまったから、レンさんを傷付けてしまったから、
雨が――降ってしまったからだったんだ。






















「怖くないですよ、僕は認める。君の存在を」

そう言って手を差し出した赤い髪の男の子。その言葉は強く強く響いた。
それは今までで一番僕が求めていた言葉で。どうしようもない位に苦しくて温かい言葉。

「って、レン!?お前いつからそこに!?」
「たった今です。と言うか君、何抜け駆けしてるのですか。何故僕より先に見付けてるんですかっ!」
「ふにゃッ!?」

バッ、と両手を空に突き刺し持っていた袋をぶんぶん回し始めた。よくわからないレンの行動に櫂は溜め息をつき、リトルマリンの瞳をした猫のような人間のような…のちにアイチと名付けられる華奢な身体をタオルで拭き始める。

「むっ。雨、止みましたか」
「今のお前の変な踊りが効いたんじゃねぇの?」
「踊ってませんよ!」

レンは口を尖らせて袋からゴソゴソと牛乳を取り出すと首を傾げた。買ってきてアレだが牛乳飲むのだろうか、と。

「にゃんこ、牛乳飲みますか?っていつまで二人とも座ってるんですか。早く立って下さい、汚いですよ。ほら、」

レンはそう言ってアイチに手を差し出した。そしてその手をアイチは目を丸くして息をのんだ。躊躇いながらゆっくりと伸ばす。それが焦れったくなったレンはアイチの腕を引っ張った。

「っにゃ!?」
「ほら櫂もー。道端で座ってたら服、汚く…ってもう汚い」
「仕方ねぇだろ、傘持ってなかったんだし。てか何でお前いるんだよ」
「それは僕が櫂に聞きたいです。とは言え……にゃんこ、君ちっさいですねー」

ぐりぐりと濡れた頭を撫でる。怯えるようにしっぽを逆立ててカタカタと震えた。

「おい、レンお前怖がってるだろ」
「え?撫でてるだけですよ。あっ、耳モフモフー!!」
「!?」
「だから……」

本当、よくわからない行動ばかりするレンに櫂は頭を痛くする。レンに手を引かれ立ち上がったアイチは繋がれた手を見つめていた。
それは自分がどれ程求めていただろうか。どれ程祈り続けただろうか。あたたかい、あたたかい、あたたかい――…。
視界がぼやけてしまう。ぽたりと雨ではない滴がアスファルトに落ちて染みる。

「おい、どうしたお前?」
「にゃんこ?」

そんな様子に気付いた櫂とレンはアイチに近寄り心配をする。二人は顔を見合わせて、どうしたのだろうとオロオロした。
汚れた服、痛々しいほどの痣、やせ細った身体。
両親を亡くし痛いくらいに孤独がわかる櫂。完璧を追い求めそれ以外にはまるで興味がなく暴力をふるう父、いるにも値しない両親の肩書だけを知るレン。
だからこそ、二人は決めた。考えた。この小さな身体を小さな存在を護ろうと。認めてやろう、と。

「泣くなよ、大丈夫だ俺らがいるから!」
「そうですよにゃんこ!泣いてちゃ…はっ!もしかして、にゃんこお腹空いてるんですか?」
「はぁ?レンお前…」

と、牛乳の次に取り出したのは魚の形をしたお菓子、鯛焼きだ。中身はレンの好きなカスタードクリームで味など相手の好みはお構いなしだ。

「ほら、にゃんこなら好きでしょう?」
「腹空かせた赤ん坊じゃないんだからお前の勝手なイメージを押し付けるな!」
「あー櫂はうるっさいですねぇー。にゃんこは好きですよね鯛焼き」

触れた手と、温かい光。
手を差し出してくれたのはレンさんで、僕を護ってくれたのは櫂くんで、ただそれだけで良かったはずなのに僕はまた願ってしまった。
この温かい光を手放したくない、と。ずっと…ずっと続けばいいのにと祈ってしまった。






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