ほんのり総受け

アイチはふと、みんなの様子がおかしいと思っていた。みんな、と言うのはカードキャピタルにいるみんなだ。もっと詳しく言えば、三和や櫂、カムイに森川に井崎にミサキにシン、あとはその他もろもろのみんなだ。どうおかしい、と聞かれたら上手く返せる自信がない。
ただ、何かを期待しているよう。そうだ、強いて言うなら落ち着かない、だろう。何しろごほごほと咳をしてたり、席をいきなり立ったり、店内をウロウロしたり。一番はアイチをちらちらと見てくる幾つもの視線。
アイチまでもが落ち着かなくなり、堪らず逃げるように帰路をしているのだが、相変わらず疑問が頭を駆け巡る。なんだかアイチだけが取り残されているようで寂しいのだ。しかし、「今日はみんなどうしたんですか?変ですよ」なんて言えたものじゃない。なんだかそれはそれで失礼だし、自分の勘違いだったら恥ずかしい。少しだけ雑兵の自分に戻ったみたいで、情けなくも思う。せめて、雑兵の大将でいたいもの。

「あれ?テツさん?」
「ん?…ああ、先導アイチか。悪い、気づかなかった」
「いえ、そんな…そう言えば、テツさんここで何してたんですか?」

帰路、と言ってもいつもの道ではなく、今日はまだ明るいうちに店を出てきてしまったから、街を歩いて帰っていたのだが、たまたまテツと出くわしたのだ。出くわした、と言うかアイチが店の前に立つテツに気付いて声を掛けたのだが。
何しろ、珍しく難しそうな顔でファンシーなショップの前に立っているものだから気になるのは仕方ない。

「いや、こう言うのもなんだが、中々入れなくてな…」
「誰かにプレゼントをするんですか?」
「プレゼント、と言うか、頼まれたんだ。アサカに。あいつ、今必死にレンへあげるチョコケーキらしきものを作っているんだが、失敗ばかりして材料が無くなってな。そしたら何故か買い物を命令されて今に至るんだ。ラッピングの袋は此処で買って来いと言われたのだが、こんなファンシーな店だとは思ってなくてな…」
「あー…。それは大変でしたね、確かにこうゆうお店に男の人って入りづらいですよね」

見るからにオーラは真っピンクで、おとぎの国を連想させる店構えにさすがに入るに入れない。しかし、こんな目の前でずっと立っているテツもそれはある意味すごいと思わず感心してしまった。
と、何を考えたのか、テツはアイチを頭から生えたアホ毛から、靴の先まで上から下を見るとぽんっ、と手を叩いた。

「先導、一つ頼みたいことがあるんだが」
「?」
「俺の代わりに買ってきてくれないか」
「え…ええぇっ!?」
「お前なら、普通に入れるだろう」
「なんでそうなるんですか!?ま、待ってください、あの、押さないでください、店に入れようとしないでくださ、」

〜10分後〜

「ふぇええ、なんで学ラン来てるの?って聞かれました…ついでに今日はレディースデーらしきもので割引までされました、ふぇええぇえ」
「よくやったぞ先導。感謝する」
「こんなの絶対の絶対におかしいですよ」

るるる、と涙を流すアイチを横目に買って来てもらったものを受け取るとお金を渡した。それと、小さなラッピングされたお菓子も。

「これは…?」
「礼を兼ねて一日早いが、」
「一日はやい…?」
「ちょうどお前が通りかかってくれて、助かったぞ。じゃあ、俺はここで、」
「え、あ、ありがとうございます…?」

ぺこりと礼をすると、テツから先程もらったお菓子を見る。どうやら手作りのようだ。このお店に負けてないくらいに可愛いお花の形とひよこ形のクッキーが入っている。なんだか、無性に食べたくなり食べてみればただのクッキーじゃない。ココアかと思えばチョコレート味だ。チョコレートリキュールが入っているのかクッキーなのに上品な味わい。白いクッキーはバターかと思えば紅茶の味。

「これが…女子力…!」

と、よくわからない間違いをしたアイチはとりあえず家に帰ることにした。
家に帰るとここでもまた、甘くて美味しそうな香りがする。なんだろう、とばかりにキッチンにひょっこりと顔を覗かせてみれば案の定そこにはエミがいた。

「あ、アイチおかえり〜。ちゃんと手、洗ってよね」
「う、うん。ところでエミ、なに作ってるの?」
「なに、って…明日はバレンタインだからガトーショコラでも作ろうかなって思ってたところだけど…」
「ばれんたいん……」

あっ、とアイチは声を漏らす。
そっか、明日は14日だもんね。すっかり忘れてた…。だからアサカさんはレンさんにケーキをあげようとしてたんだ。あれ、もしかして、みんなの様子がおかしかったのもそれのせいなのかなぁ?

「あれ?でもこっちの、チョコレートは?なんか豪華って言うか…本命…?」
「ち、ちが、〜〜もぉッ!!勝手にみないでよ!ばかぁ!!」
「えぇっ!?ご、ごめん、」

顔を真っ赤にさせて、エミは突然アイチに怒ってしまう。それをアイチは素直に謝ればささっと、本命らしきチョコレートを後ろに隠して、こほんとエミは咳をした。

「……で、アイチは誰にあげるの?まさかとは思うけど、か…櫂さん…とか?」
「えっ?櫂くん?と言うかなんの話?」
「だーかーらぁー、アイチは誰にチョコを渡すのか聞いてるのっ!」
「チョ…、ぼく男の子だよ?バレンタインって、女の子が、男の子に渡すイベントじゃなかったっけ?」
「そうだけど…。とりあえず、アイチは本命チョコを渡さないのね!?そっか、うん、そうだよね、」
「エミはなんの話を…」
「もう、いつまで此処にいるの!邪魔だからあっち行ってて!」
「えっ、ぇえぇええ」

ぐいぐいとエミに背中を押されたアイチはキッチンを追い出されてしまった。
仕方ないと思い、リモコンを持ってテレビを付ければさすが前日、バレンタイン特集で番組は持ちきりだ。美味しそうだなぁ、と画面に映る綺麗なチョコレートを眺めながらいつの間にかアイチは眠ってしまっていた。そして、夕ご飯が出来た、とエミに起こされて寝ぼけたまま椅子に座る。

「そういえば、明日はバレンタインね〜。アイチ、何個貰えそう?」
「あはは、ぼくは貰えないと思うよ」
「あら、そんなことはないと思うけど…。確実に本命は貰えるわよ、ねっ、エミ」
「おっ、お母さんっ!!」
「??」

何のことだかさっぱり理解出来てないアイチは首を傾げてみせた。隣でエミはアイチをちらりと横目で見ながら、鈍感なアイチに安堵と少しだけ焦れったい様子を見せる。
そんな二人をみて、母はクスクスと笑っている。

「それに、最近は友チョコなんていうものも貰えたりするから、アイチもお友達から貰えたりするんじゃない?」
「とも…チョコ…」
「むぅっ」

"友達から貰えるチョコレート"に、反応したアイチをみると少々、エミは隣でむっとした表情を浮かべてみせた。
昔と違い、今アイチの周りには沢山の友達が出来た。母もアイチに友達が出来たことを知っているからこそ、こう言えたのだ。毎日アイチが楽しそうなのを見るだけで十分なシズカは、嬉しさのあまり涙を零してしまった時だってある。
友達と合宿してくる、なんて言ったときは何故かシズカまでも慌てふためいた。だからこそ、アイチも少しだけ期待をしてしまった。

「アイチ、明日は早く帰ってくるのよ!いい?真っ直ぐだから!寄り道なんかしちゃだめ!ましてやカードキャピタルなんかに寄っちゃだめだからね!」
「でも、明日はパック買いに行こうと思って…」
「そんなのだめ!明後日でいいでしょ、とにかく、真っ直ぐだからね!!」

よくわからないが、エミがあまりにもそう言うものだから、アイチはこくりと頷いた。そうすればエミはそれでよろしい、とばかりに満足そうに笑う。

「本当、見てて飽きないわね」

シズカがそう言うと、誤魔化す様にエミはミートパスタのおかわりを頼んだ。ちなみに、エミに内緒でシズカもお菓子を作ったが、それは内緒にしておこう、とこっそりしまった。



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