控え室のドアをアイチはゆっくりと開けた。そして周りに誰もいなかいか、きょろきょろと辺りを確認してよし、とばかりに頷く。

「今なら…!」
「今なら?」

意気込み足を踏み出した瞬間、地の底から響くようにコーリンの声が聞こえた。アイチはぜんまい仕掛の人形のようにギギギ……と振り返る。

「コ、コーリンさ、ん…」

これはやばいとばかりに冷や汗をかいた。コーリンはさっきまで控え室のソファーで寝ていたはずだったのだが………
物凄く怒っている様。

「…何処に行こうとしてたのアイチ?素直に言いなさい」
「ひぃい!ち、ちょっと外に……」

思わず素直に応えてしまったことに後悔した。しかし時既に遅し。コーリンは目をカッと光らせた。


「何言ってんのー!!!」
「ご、ごめんなさいー!」


****


「うう……、足が痺れたよ…」
「アイチも馬鹿ねー。何素直に言ってんの?まぁ、コーリンに何を言っても無駄だったと思うけどさぁ……」

レッカはくるくると髪を弄りながら言った。レッカの言う通りだ全く。お陰でコーリンに1時間正座で説教をされた。だがまだ1時間なら短い方だった。いつだったか、3時間の時もあったのだが。

「アイチも懲りないね、そんなに逢いたいの?運命の王子様に」
「運命の王子様!?な、何言ってるの!そんなじゃないよ!ただちゃんと服を返したいだけで…!」
「はいはい、そんな顔を真っ赤にして言っても説得力ないからね」

ばっとアイチは鏡を見た。確かに真っ赤と言っていいほど真っ赤だ。レッカはその様子を面白そうに笑っている。

「運命の王子様…?アイチそれってこの前服を剥かれた男のこと…?」
「剥か…!?あの人は助けてくれたんです、服が破けたのは僕の不注意で……!」

なんとかコーリンの誤解を解こうと必死に言った。コーリンはアイチに対しては異常なほど過保護なのだ。だからこの前の出来事も凄く心配をして警備員を増やしていたのだ。

「とにかく!あと1時間後には収録があるんだから着替えてなさいよアイチ!」
「は、はい…」

外に出ようと思っていたため衣装ではなく私服だった。渡された衣装を持ち、更衣室に入る。アイチはコーリンがよく一番心配してくれているのも知っているから迷惑をかけたくない、と思っている。

だが、どうしても逢いたかった。アイチは気付いてはいないが、服を返したいという理由だけでは無いのだ。またあの場所に行けば逢えるのではないかと密かに確信を持っていた。

「…よし!」

ぐっと手に力を入れて頷く。何やら決心したようだ。
そして、アイチの傍には紙袋が置いてあった。


****


「お疲れ様!今日も四人とも輝いてたよ!」
「「「「ありがとうございます」」」」

スイコ、コーリン、レッカ、アイチはにこりと完璧なアイドルスマイルを作ってプロデューサーに言う。(最も、アイチは素だが)先程収録が終わったのだ。今日はトークと新曲を歌った。毎回この番組の視聴率は高い。
今ではウルトラレアを知らない国民はいないだろう。

「にしてもアイチ、今日踊り間違えたでしょ〜。足、逆だったよ」
「え!バ、バレてた…?」
「あんたって奴は……」

バレてないと思ってたのかアイチは苦笑いをした。その様子にコーリンは呆れながら隣でスイコは笑っている。

「あ、ちょっと僕、トイレ行って来ます」
「ちょっとコーリン、男子トイレまでにはついて行っちゃだめだからね」
「分かってるわよ!それくらい!」

流石にそこまでついてはいかないだろう。アイチは走りながらトイレの方に向かった。

そして、ギィッ…っと個室のドアをゆっくりと開ける。トイレの上には紙袋がある。そしてアイチは紙袋の中から自分の服を取り出して着替え始めた。深めにキャスケットを被り紙袋を持ち、トイレの大きめな窓を開ける。
そして周りの誰もいないことを確認すると―――。

飛び出た。

「っ、よし!」

危うく転びそうになったがなんとか体勢を保った。周りには警備員も誰もいない。それを確認したアイチは街の方へ走り出した。

****


人が行き交うせいで前が見えない。
滅多に外に出ないアイチには簡単に埋まってしまう。それでも何とか潰れてしまわないように掻き分けて前に進んだ。

「っ、はぁ、はぁ……」

一目につかない路地裏に逃げるようアイチは駆け込んだ。大分時間が掛かってしまった。次の収録は8時から、あと4時間はある。これなら、とアイチは櫂の服が入った紙袋をぎゅっと抱き抱える。

しかし、いざ歩き出した瞬間どこに行けばいいのだろう、と思った。確かに前と同じ場所に行けば逢えるかもしれないが今日は平日……。普通に考えれば学校ではないか、思わずアイチは頭を抱えてしまう。

「そうだよ…。なんで僕気付かなかったんだろう…」

これでは逢えないじゃないか、…あの日からアイチはいつ逢えるだろうと指折り数えていた。あれから一ヶ月経ってしまった。アイチ自身も仕事の関係上忙しく中々櫂を探すことが出来なかった。しかし、アイチは一ヶ月前にあったあの場所しか櫂を見つける方法はなかった。

「で、でも此処で待ってれば…!」

ぱぁっと明るくなったが本当にここに櫂は来るのだろうか、と今度は固まった。一ヶ月前に櫂にあったのは偶然だ、たまたま櫂があそこに居ただけということ……。
何処か確信はしてみたがそれはアイチの思い違いなのかもしれない。ひょっとすればもう逢えないのかもしれない。


「櫂くん……逢いたいよ…」


櫂のことを考えるとどきん、どきんと鼓動が早くなる。レッカが言う通り実はアイチにとっては櫂は白馬の王子様だったのだ。アイチはあの一瞬で櫂に心奪われた。だがアイチは男だ、それが「恋」だとは気付いていない。
途端に風が吹き、アイチの被っていたキャスケットがふわりと宙に浮かんだ。

「あっ!わわ、待って!」

それを追い掛けて路地の曲がり角に走った。途端に見えたのは人影。しかしそれに気付かずアイチはキャスケットに手を伸ばした。―――が、

ドンッ!!


「っわッ!!」
「!?」


ぶつかりアイチは後ろに派手に尻餅をついた。持っていた紙袋がどさりと地面に落ちてしまう。

「ったた…!って、ごめんなさい!」
「いや、俺は大丈夫だがお前は……って…ア、イチ…?」
「へ?」

ぱっ、とアイチは顔をあげた。そこにはアイチが想い焦がれていた……、


「か、いくん!!」


目を見開いた。そこには確かに櫂が立っていた。アイチも驚いていたがどうやら櫂が一番驚いているようだった。ぼとりと持っていた鞄を落としてしまう。

「…? 櫂くん?」

あれ、とばかりにアイチは地面にぺたりと座りながら首を傾げた。ぶるぶると櫂は震えている様だ。

「櫂く、」
「何してるんだこんな所で!?お前、仮にもウルトラレアだろ!こんな人だかりの中でバレたらどうするつもりなんだ!?」

途端に櫂に怒られた。
キーンと耳をつんざく様な大きな声で言われて、思わず目を点にしてしまう。

「あは、はは…、櫂くんコーリンさんとエミみたい…」

笑ったら物凄く櫂に睨まれてしまった。やはりコーリンとエミに似てる、と思ったが口にするのはやめた。

「お、怒って…る?」
「……当たり前だろ」
「で、でも櫂くんに逢えて良かった!ずっと逢いたかったよ櫂くん!」

ぱぁっと天使のスマイルの如くアイチは櫂に笑い掛けた。櫂はふいをつかれたのか額に手をやりたいしゃがみ込んでしまった。

「だ、大丈夫櫂くん!?」
「あのなぁ…、お前は…」

がくりとうなだれる。天然なのか素なのか……。
アイチは紙袋を落としたのに気付き、手繰り寄せた。そしてガサゴソと服を取り出し始める。

「あ、あの、櫂くん!これ…この前の服とお礼……」
「別に返さなくてもよかったんだが…」
「そんなの駄目だよ!借りた物はきちんと返さないと!」

じゃないと櫂くんに逢う口実がなくなっちゃう、と思っていた。櫂の服とお礼のお菓子、何故か銘菓「ぴよこ」を紙袋に戻して櫂に渡す。

「あ、もしかして嫌いだった!?ぴよこ……」
「いや、大丈夫だ。って、じゃなくてだな…、お前仕事は?」
「大丈夫!4時間は休憩あるから!今日はスケジュール結構空いてたの」

また思わず「そうか」と櫂は言いそうになったが止めた。これはそうかで済める話しではない。櫂の目の前に天使の如くニコニコ笑うのは、国民的超スーパーアイドル“ウルトラレア”だ。今や毎日テレビに出て多忙な毎日だと思う。

ちなみに櫂は毎日ウルトラレアが出る番組にはニュースからバラエティーまで必ず新聞と雑誌には赤丸でチェックをしている。この前三和にこの事を知られた時は物凄く爆笑された。

「一ヶ月くらい仕事続いてて……だから今日逢えるかな、って思ったら本当に逢えて良かった…で、でも櫂くんその…今更なんだけど迷惑とかじゃなかった…?」

櫂は実はアイドルなど興味が無いのかもしれない、むしろ嫌いで迷惑でこの前だって本当は面倒臭いのでは……と今更思ってしまいほぼ自爆状態。

「俺に…逢うためにわざわざ来たのか?」
「う、うん…、」
「そうか。……悪くない」
「ふぇ?」

と、櫂は立ち上がりアイチの腕を引いた。だか足が縺れてしまい櫂に抱き着く体勢になってしまう。

「ご、ごめ…!!」
「あまり…無理をするな。ここ最近テレビに出てるが疲れた顔をしている」
「え?」

アイチは抱き着いたまま、櫂は抱きしめたまま、ぽつりと零した。アイチは耳に熱が集まるのかわかった。
この状態をどうすれば…と「あぅ」だとか「ふぇ」と、ぼそぼそと零す。

「あ、あの櫂く、ふわっ?!」

途端に櫂にキャスケットを深く被さられた。いきなり目の前が暗くなりあわわ、とアイチは焦ってしまう。

「とにかく今日は送っていく、事務所は何処だ」
「え、えと……」

いつの間にか手を繋がれていた。ボフンと頭から茹でが出るのでは、という位アイチは赤くなっていた。きっとバレないようにという櫂の配慮だと思うが繋がれた左手をまともに見れなかった。ただ櫂の広い背中をアイチは見ていた。

「か、櫂くん…!」
「…何だ」

櫂は振り向かず前に歩く。アイチが教えた場所に向かっているのだろう。周りから見ればカップルにしか見えない状態、アイチは櫂の方を向いたがやはり下を向く。

「また……逢える…?」
「さぁな。何よりお前は芸能人だろ、」
「でも、櫂くんにまた逢いたい…またあの場所に来る?」

アイチは必死だった。服を返してしまった今では櫂に逢う理由も逢うことも出来ない、素直にアイチは櫂に逢いたい、一緒にいたかった。

「少しは芸能人の自覚を持て、また追われるぞ。俺に逢ったって何も無いだろうが」

ぶっきらぼうに櫂は言う。悲しくなってアイチは俯いた。櫂はそうかもしれないが、アイチはただ単に櫂に逢いたいのだ。自分が芸能人だからなのだろうか、そう思うともっと悲しくなった。
しかし繋がれた手に力が込められる。


「……直接は危険だがお前がいいなら、メールとか電話なら」
「…!!」


ぴたりと足を運ぶのをやめた。そしてアイチは俯いてた顔をあげて櫂を見た。

「うん…!うん、い、今教えるから…!」

表情がころころと変わるな、と櫂は思った。喜んだり泣きそうになったり笑ったり……。
今は物凄く嬉しそうに笑っている。櫂は思わず笑った。いそいそとアイチは計携帯を弄りながら、櫂も携帯を取り出す。

「き、きた…!ありがとう櫂くん!今日早速メールするね!わ、わぁ…!」

まさか本当に目の前にいるアイドル、ウルトラレアの先導アイチと連絡を交換するなど思ってもいなかった。
櫂は歓喜のあまり、思わずまたぶるぶると震えてしまった。

「あ、ありがとうね櫂くん!また…また逢おうね櫂くん」

手を振りながら事務所の方にアイチは戻って行った。櫂はその姿を見ながらちゃんと中に入ったのを確認し、先程交換したアドレスを見た。そこにはちゃんと「先導アイチ」と載っていた。ふらりと櫂は木にもたれ掛かった。


「勘弁してくれ……、もたない…」


顔を片手で覆う。櫂の携帯の待ち受けはアイチだった。電源ボタンを押して片手をぶらりと伸ばす。顔は片手で覆われ見えないが耳が真っ赤だった。
もしかすれば、この二人がまた逢えるのはそう遠くないだろう。








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