「僕、もう迷わないようにする。……みんなのぶんも、ちゃんと生きて償う…。エミリが…みんなが死んだ中で正気を保ってられないけど、それでも…生きなきゃいけないから、」


決意を、した。
最愛の妹を目の前で亡くして、叫ぶことしか出来なかった。無力だった。
だからこそ、生きなければならない。助けを呼んで、エミリを両親と同じ棺に入れたい。きっと、今だって死んだなんて受け入れることなど出来ない。のうのうと生きていたくない、死にたい。…アユチはそれでも生きなければならない。
死んだエミリのためにも。


「……待っててね、あとで、ちゃんと来るから…」


倒れるエミリにそう言って、アユチたちはまた走る。きっと河西もルンも、ミヤノやカズハ、三琴にも同じようなことを心の中で反響させながら。

一刻も早く、無線室に行かなければならないのだ。



2040年.6月5日
12時56分
二階東客船廊下



まだ二階には浸水は来てないものの、下ではかなり浸水はしているだろう。薄っすらと廊下の絨毯は染みており、あと三時間もすれば二階には水が溜まるに違いない。
傾いて来てるためか、水溜りのように染みている箇所もあり、急ぐ必要がある。


「っち、この服本当動きにくい…!」
「カ、カリンさん!女の子なんですから、そんなスカートをあげちゃあ…!」
「だったら、服交換してよ!」
「それは遠慮しておきます〜!」


アユチが元気になって良かった、とアリサは安堵の笑みを零す。
いくら走ってもこんなにも広いという予想を遥かにこえた豪華客船は、走るたびに廊下に吊るされたシャンデリアが揺れる。
いつか落ちて来てしまうのでは、と不安を募らせる。


「ところでメイド、お前この船に詳しいんだよな」
「詳しい、っていうか働いてた…それだけのことよ」
「なら、普通お前が先頭をきるべきじゃないのか」
「女の子に先を行かせるなんて危険じゃない」
「……」
「ちょっと!なんでそこで黙るの!」


リオンから聞いておきながら当のリオンは完全無視。
そして、三階に上がったときだった。何故か、扉があったのだ。今まで来るときにはなかったにも関わらずその違和感に緊張が走る。息を呑んで扉をリオンは引く。しかし、ぐっと力をいれても開かない。―――鍵が掛かっているようだ。


「このままでは、先に進めん」
「ちょっと待って、わたしもしかしたら……」


と、カリンはポケットをまさぐり始めた。メイド服だがあくまで制服らしい。
アリサが携帯を開いて時刻を見ればあれから二時間も経っていた。休まず走ったわけではない。ところどころ休憩だってしたし、逆にいえば迷ったりもした。曲がり角が多いのだ、二時間で此処まで来た方がすごいのかもしれない。
そして、ようやく見つけたらしいカリンは鍵、を取り出した。


「…これ、放送室にあったの。今使えるのかわからないけど」
「おい、何があるかわからないから俺に貸せ」


そう言うとリオンはカリンから鍵を奪い取り、自身で開ける。
鍵は一致した。回すとガチャ、とビンゴの音がしたのだ。ごくりと呑み込みリオンは開ける。リオンの後ろ姿にアユチはぞくりと畏怖を覚えた。
リオンに、ではなく、これから起こることに。もしかしたら…待って、そう言おうとしたときだった。
扉は開いてしまった。
音が響いた。
階段を転げ回るように落ちた。

扉を開けた瞬間、センサーが反応して、放たれたピストルは、リオンの左胸を直撃したのだ。
それはアユチにとってスローモーションに見えた。ふわり、とマントは揺れ左胸にはじわりじわりと赤く染められ、ゆっくりと身体は落ちてゆく。
リオンの左胸を命中させたセンサーは、今だにまだか、まだか、と稼動を続ける。


「リ、リオンく、」
「アユチ、行くぞ」
「待って…待って、だって、だって、リオンくんが、リオンくんが、リオンくんが!!!」
「道を外れるな!決めたなら、その道を進め、振り返るな!!」

その言葉は痛かった。
自分で決めたのに、感情を上手くコントロールできない。わかっていても、逸れてしまう。
ぐっと拳を握りしめ、アユチは静かに頷いた。きっと、河西がいなければアユチは自分の命を誰よりも早く失ってたに違いない。怖くて、辛くて、寂しくて、不安で……ぎゅっと河西の手を握った。それに応えるように河西もアユチの手を握る。
それを見たカリンは、困ったような安心したような曖昧は表情をして笑みを漏らすと一人、前に出た。


「カリンさん…?」
「…私が、あの変な機械の注意を引きつけるからアンタたちはその間に先に行きなさい」
「!! そ、それじゃあ、カリンさんが、」
「馬鹿ねぇ、こうゆう時は素直に行くのが礼儀でしょう?早く行きなさい」
「カリンさ……、…ッ、ご、めんなさ、い、」
「……いいのよ、ちょっとの間アンタといれて楽しかったわ。…なんか、懐かしくてね」
「恩にきる、」
「ありがとう…、」
「あとで、ちゃんと迎えに来ますからね、かりんとう」
「だからカリンだってば!……じゃあ、せー……の!!」


いち早く飛び出たカリンにセンサーは反応した。
河西によってアユチは腕を引かれ真っ直ぐな道へと飛び出す。センサーのある個室はまるで作られたかのような部屋で個室になっていた。
そしてけたたましい銃声の音が聞こえた。カリンは声を上げず、ただ血の海へと溺れて行く。
それが堪らなく辛かった。アユチには。苦しくて、苦しくて、過呼吸を起こす。アユチを助けたときに持っていた紙袋を河西はアユチの口に当てがい横にする。
少し、疲れてアユチは意識を手放した。
微睡みの中へと誘われてしまう。


「河西、アユチくんを任せますよ。僕は先に無線室に向かいます。きっと、浸水は二階をほぼ満たしてますから、急がなきゃですし、アユチくんには無理をさせすぎましたからね。…それに、この船が沈むのはもう近い」


そう。
浸水と共に水力に逆らって船はどんどん沈んでいた。傾きのせいか、斜めになりあまり気分のよろしいものではない。あと三十分もすれば完全に沈むはずだ。
こくりと頷く河西の隣でアリサは首を横に振った。


「わ、わたしも、行きます!ルンさま一人ではいかせません!」
「アーちゃん…。でも、ありがたいですが危険です、君は此処で…」
「ルンさまだって危険です!一人なら…わたしも連れてってください、」
「………仕方ないですねぇ…。じゃあお願いしますよ?」
「はいっ!」
「…ちゃんと、戻って来いよ」
「河西に言われなくてもちゃんと戻って来ますよぉ〜」


そう言って先へと急ぐルンとアリサの背中を見て、情けなさそうに顔を歪めた。
河西だって人だ。
恐怖を抱く。哀しみを見せる。泣く。

それでも許されなかった。
人前で泣くことなどあってはならない。否定をしても、あの日何もしなかった自分は無力だと叫んだ。
一度、死にかけたあの時。胸元に残る傷痕。……思い出すことのできない顔。
だからこそ、無力で弱い。
守りたい、守らなければならない、生き残ったアユチだけでも守らなければならい。

眠るアユチを抱きかかえると河西は先に進み出した。此処にいろ、そう言われてのこのこ帰りを待つような人ではないから。
少し、先に進んだ時。河西は信じられないものを見た。
翡翠の瞳が震える。
力一杯、唇を噛み締めてぶつり、と肉をちぎる。肉に食い込んだ犬歯は赤く染まり血に濡れる。

ぱしゃ、と水の音を響かせて無線室へと向かった。

















「…んっ……あれ…?ぼく…寝てた……?」


目を覚ましたアユチは起き上がり、辺りを見回した。先程と違う場所にきっと河西が此処まで運んでくれたのだろう、と思う。
しかし、見る限り河西と自分しかおらず辺りにはルンとアリサがいないことに不安になる。


「寝てたと言っても、ものの15分くらいだがな。…さっき、見つけた。渇いてるだろ、喉」
「あ、うん。ありがとう…」


ペットボトルを渡すとアユチはキャップをあけて口に含む。河西も同様に。
無線室、に辿り着けたのはわかった。しかし河西の様子は何かがおかしかった。
そんなアユチの目線に気が付いたのか河西はふと、アユチの頬に触れる。


「か、さいくん…?」
「………ルンと、鳴瀬は死んでしまった」
「え……?」
「経った10分で死んでしまった。あいつらは先に行って連絡をしてくるから、と言ったまま血だらけになって倒れてたんだ。ルンの首はなく、転がっていた。少し離れた場所では鳴瀬は左胸をナイフで刺されていた。……俺と、お前しか残らなくなってしまった」


震えた声でそう言う。
頬に触れた河西の手は冷たかった。小さな声で、何度もすまない、と謝る。
河西の冷たい手をとり、アユチはぎゅっと握った。そして首を左右に振る。


「……どうして、河西くんが謝るの」
「俺が、誰も守れないからだ」
「河西くんは僕を守ってくれてるよ」
「ちがう、俺はあの日だって、守れたはずの…」
「ごめんね、ごめん、河西くん…。僕も、エミリもわかってたのに河西を咎めた。忘れようとして、忘れられなくて、代わりにエミリが強く残してしまった。河西くんがいなかったら、僕此処まで来れなかったよ。河西くんに逢えて本当に良かった。会いたくない、って思ってても本当はすごく会いたくて、謝りたくて、いっぱい河西くんに悪いこと言って、……守られてばっかりで、」


ごめんね、と顔をあげてアユチが謝れば河西はぎゅっとその小さな身体を抱きしめた。
河西が、一番誰よりも、アユチに恋い焦がれて逢いたかった。アユチがこの客船に招待されたと知って歓喜を覚えた。


「あのね、ぼくね、…ずっと、ずっと河西くんに逢うの待ってたの……。河西くんのこと、嫌いになれなくて、むしろ考えれば考えるほど逢いたくて、苦しくて、…やっぱり、僕は七年前から変わらずに河西くんのことが好きなんだ、って……好き、河西くん…。気持ち悪いって思ったらごめんね、でも…」
「そんなわけあるか、俺も好きだ、お前が好きだ」


絡み合う指先は熱かった。
先ほどまで冷たかった河西の手は熱く、アユチを融かすようで。
触れ合った唇にアユチはふと目を細めて、河西をみる。河西の唇の端から止まった血がついていた。


「…血……」
「ああ、…さっき、自分でな、」


アユチは身を乗り出して、河西の唇をぺろりと舐めた。鉄の味がじわりと口の中に広がって美味しいはずもないが何故か笑う。ふいをつかれた河西は思わず顔を赤くして躊躇うようにアユチの髪をさらりと撫でて、笑う。


「…なぁ、アユチ。俺は…守れないんだ、お前を」
「いいんだよ、こうして河西くんが隣にいてくれるなら」
「このゲームに、勝てないんだ。俺らの負けだ。猟犬を、見つけることが出来なかった。……はなから、この箱に入った時点で助からなかったんだ。俺たち…野兎は、猟犬に喰いちぎられるか、箱に潰されるかの二択しかなかったんだ。猟犬を、見つけるしか助かる方法はなかったんだ……」
「…わかんない、わかんないや。河西くんが…僕の隣にずっと居てくれるなら…それだけで十分だから…離れ、ないでね?もう一人にしないで?…約束してくれる?」


すっと出された小指に、河西は応える。
……何処がで、河西は辿り着きそうだった。このゲームの意味に。これで、終わりではない、と。
そう。

『次こそは、アユチを守る』

と。
それは誰も知らない宴。
野兎をディナーにあしらわれるフルコース。歓喜に騒ぎ咆哮する猟犬。
宴は……これで終わりではない。
そうだ。これは――悪夢なのだから。


「この悪夢から覚めたら…一緒に墓参りに行かせてくれ。それまで、暫しの別れだアユチ。道を外れるな。前だけを見ろ」
「ま…待って、ど、何処に行くの!?河西くん、行かないで!約束は!?約束したよね、一人にしない、って!お願い、お願い待って!河西くん!!!」


低く、唸る声が聞こえた。
その姿は獣……否、アユチたちが追いかけ、逃げ、避けて来た猟犬そのもの。
野兎を一人残らず食べ尽くす猟犬。

アユチの目の前は赤く、赤く、染まる。
世界は赤く染まる。
さっきまで触れて居た河西のぬくもりは消え、血だらけになって倒れる河西の姿しかなかった。
猟犬は、野兎を目掛けて近づく。
尖ったその犬歯で臼歯で、千切り噛み引き裂き呑み込む。



『ノウサギミツケタ、イタダキマス』



ぶちぃ、と肉を引き裂かれる音。
骨を噛み砕き、首を千切る。ごとり、と音を響かせて爪で身体を抉る。臓器をぐちゅりと遊ぶように潰して呑み込む。目玉を引き抜き視神経を伸ばして邪魔だと言うかのようにブツリと引きちぎる。

宴だ、宴。
会場は、この箱庭で。
ディナーは野兎のフルコース。
飲み物に、野兎の生き血はいかが?

歌え、踊れ、さぁさぁこの箱庭で踊れ野兎。踊り疲れて猟犬に喰われてしまえ。

―――アナタさまは誰を猟犬と、推定致しましょう?

甘美なるその答え。
すべては、私たち戮のため。
すべては、私たちの娯楽のため。
すべては、我が主のため。
すべては、XXXのため。


すべては……アナタさまのため。




―――Game Over.











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