「レン…!?」

目を丸くした。驚きを隠せなかったのだ。目の前にいる人物に対して。

「久しぶり、櫂。元気でしたか?」

櫂の驚きに気付いているのか気付いていないのか……。レンはにこりと笑った。櫂は今だに動揺が隠せない。

「あ、ああ…お前も元気そうだな」
「お蔭さまで?それにしてもこの町はやはりいいですね。思い出が沢山ありますし」

深く深呼吸をしながらレンは言う。レンと会うのは4年振りだった。あの頃よりも随分と身長が伸び、あどけなさがあまり感じられなくなった。

「本当に……懐かしい」
「そう、だな」

何か……何処かレンはあの頃を遡っているようだった。寂しそうに、悲しそうにレンの瞳は何処かを見つめている。それは、何か大切なモノを失ってしまったかのような。目の前に立つ櫂にまるで興味が無いというような表情。

「櫂、君は4年前のことを覚えていますか?」
「4年前…?その頃は確か俺とお前とテツ………」

そこで櫂は止まった。何故疑問形になってしまったのだろうか。まるで櫂とレンとテツの三人だと断定出来ないように。

「…俺は…」
「君は……思い出していないのですね」

ぽつりとレンは零した。櫂にはわからなかった。頭の中では自分がそう言い切るのを拒むように櫂は口を開けなかったのだ。

「思い出していない…?どうゆう意味だレン!」
「……さぁ?最も櫂は思い出す必要はありません。だって櫂、君が思い出したらまた僕の大切なモノを捕るでしょう?」

『大切なモノ』
レンは櫂が覚えていなくて良かったと言うかのように笑った。レンは一体何を知っているのだろうか、4年前一体何があったのだろうか、全てが知りたい。
自分が忘れてしまった記憶を―――。

「レン、俺は一体…!!」
「もう十分でしょう、櫂。これ以上君が望むモノは何もないはずだ。……いずれ、また会うことになるでしょう。僕は大切なモノを捜しに来たので。では」

スッと櫂の横を通り抜けた。レンは道路の奥へ奥へと進みやがて小さくなり見えなくなって行った。櫂は振り返れることが出来なかった。
また、だ。自分は何かを忘れてしまっている。忘れてはいけないはずなのにも関わらず大切な大切な………。

『大切なモノ』

そういえばレンが言っていたレンの大切なモノとは一体何なのだろうか。レンがまたこの町に戻って来た理由が――。

ゆっくりとタイムリミットが近付いていくのだ。櫂は早く気付かなければならない、思い出さなければならない、護らなければならないのだ………。
ぽつり、ぽつりと雨が降って来た

****

レンはガチャ、と部屋に入った。4年前とは言えレンの家はまだある。家と言っても家族と住んだことはない家。マンションの一部屋を借りたまま、引っ越した。引っ越した、とは正確には言えないかもしれないのだが。
レンには家族と呼べるものが無い。母と父はいた。しかし、それは本物なのかわからなかった。物心ついた時にはレンは一人で、ふと目を開ければいる時もあった。わからなかった、家族という存在が。
よくレンは“父親”に叩かれた。とても裕福な家庭ではあったが家は相当荒れていたのだ。いい子にしてればお金をくれる。お金があればこの家から出れるとレンはある日気付いたのだ。
だから何事にも前向きに考えて明るく振る舞った。元からレンは少々抜けている所もあり幼なじみのテツはよく世話を焼いていた。テツは複雑なレンの家庭を知っていたからこそ、レンの傍にいた。レンは優しく友達思いで、家族という存在をレンは否定し続けて来たのだ。
テツの他に櫂トシキという転校生とも友達になった。その頃はヴァンガードが流行っており櫂の持っていたデッキに興味津々で。

それからよく三人でいることが多くなった。朝から晩までという位、ヴァンガードをした。レンはただ素直に、楽しい、ずっと続けばいいと思っていた。

だが、

「………雨、ですか…」

一向に止む気配がない雨を見ていた。
ここ最近はずっと降っている。レンは雨の日が嫌いだった。雨音と一緒に父親に叩かれた蹴られたことを思い出してしまうのだ。いつも雨の日……欝になりそうなのだ。
雨の中、レンは歩いていた。一人だ、雨の日はいつも一人だ。雨で誰も自分の存在に気付いてくれない、それが何よりも悲しくて堪らない。

そんな中聞こえた、

「……にゃー……」

猫の鳴き声。弱々しく、近いと思った。だがレンにはどうでも良かった。この時代、捨て猫はそこら辺にいる。自分には関係ないと歩き出した。
しかし歩き出したはずの足は自分の意思ではなく、その鳴き声が聞こえた方に進んだのだ。

「………いない…」

ぽつりと零す。別にどうでも良いじゃないか、何で捜す必要があるのだ。
傘を持たないレンはずぶ濡れだった。

****

それからというもの、雨の日には必ず鳴き声が聞こえた。だからレンは捜した。だが、姿を見せてくれることは無かったのだ。レンの大嫌いな雨の日に必ず聞こえるその鳴き声は苦痛でたまらない。
君も…一人なのか。
そう悲しくなった。だからこそ期待もあった。もう一人では無い、ということを分からせたかったのだ。

「あ、そうだ。僕最近、猫の鳴き声を聞くんですよ。それで捜してみるのにいないんです、不思議だと思いませんか?それも決まって雨の日です」

テツとのファイト中にレンは言った。なんの意図もなく、きまぐれに。それを聞いた櫂はため息をつき、またか、と顔をしたがレンはそれでも真剣だったのだ。だが櫂はそれを呆れたように受け流すので思わずレンはむっとして反抗をしたが、相手にしてくれない。

―――ぽつり、
と雨が降ってきた。雨と言うことはまたあの猫がいる。一人で…誰にも見つかることの無く。途端にレンは捜しに行かなければ、と思い帰ると言った。自分は我が儘かもしれない。
それでも何故か助けたいと思ったのだ。


「あっ、もしかしたらお腹が空いてるかもしれません…。何か買っていきましょうか…」

走る足を止めてレンはコンビニに入った。エサでも見せれば寄って来るかもしれない。ビニールの傘は頼りなく今はしおれて傘立てに入っていた。

「今日、こそは…!」

足音を立てないようにと水溜まりを避けながら歩く。雨は一刻に止む気がしない。辺りをきょろきょろと見回した。

「に、にゃあ!」
「!」

聞こえた。同じあの猫の鳴き声が。しかし今日はいつもと違う。何だか…そう、まるで逃げるかのように……。
すぐ曲がり角から藍色の尻尾が見えた。ようやく姿が見えたとレンは嬉しくなった、が。

「見つけましたよ猫――」
「ちょ、お前逃げるな!大人しくしろ!」

レンは大きく目を見開いた。藍色の猫はいた。雨に濡れて。しかし頭からはタオルで拭かれてて……。レンの目の前にいるのはさっきまで自分と一緒にいたはずの―――…。


「櫂……!!」


ビニールの傘をレンは落とした。途端に跳ねる水。そして容赦なく降り続く雨。ただの猫ではなく人型をした猫。

―――櫂は自分の欲しいモノ全てを奪ってしまう。

此処から始まりだった。全ての。この物語の―――。







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