「どうして、どうして助けてくれなかったの!?なんで、おかあさんとおとうさんは死んじゃったの!?答えてよ、答えてよおぉおぉお!!!」

ぼろぼろと、雪のように白い肌には大粒の涙を流し、声を上げながら泣いていた。アユチは小さな声で、何度も妹にごめんなさい、と謝っては涙を堪えていた。それでも、まだ五歳の妹にはあまりにも早かった親の死。冷たく、白くなった身体は動くことはない。
無理もない。そうだ、芹澤夫妻は俺が殺したに変わりがないんだ。目の前で、起きたそれを俺はただ立ち尽くして、見ているだけ。きっと止めることは出来たのに、俺は出来なかった。理不尽に、不合理に、殺されてしまった。
世界は、俺を見て薄ら笑いしながら言うんだ。

お前は人殺しだ、と。


2340年.6月5日
10時27分
西客船地下


ようやく地下に辿り着いたアユチ達の目の前にはありえない光景が広がっていた。上にいたせいか気がつくことが出来なかったのは仕方ない。しかしいつ、どこで、侵入を許されたのかわからないそれは確かに着々と溜まっている。
そう、浸水が始まっていたのだ。

「一体どこから…!?」
「それは分からない。ただ、これは大変なことになった」
「時間制限…タイムリミット、ですねぇ。河西」

ああ、と河西は鋭い目つきで答える。浸水を始めた船にはゆっくりとだが、この船を沈ませようとしているのだ。この船にいる十人諸共に。
水は既に、足首まで達しており、次期に地下には水が溢れ、上に水は上がってくるだろう。

「このままだと日付が変わる前には沈みそうだ」
「そんな!どうにかして止める方法はないの?!」
「アユチ、その前に私たちが無線室に行って助けを呼べばきっと大丈夫よ!一先ず早いところ放送室に行きましょう!」

五人は真っ直ぐに続く廊下をバシャバシャと水音を立てて走る。
タイムリミットが有る以上うかうかと話している暇もない。一刻も早く、早く、と狭まる思いで走った。走って十分したときだった、目の前には何やら扉らしきものが。しかしそれは頑丈に板で何枚も張り付けられ、簡単には開く気配がない。だが、中からはドンドンと何度も扉をたたく音が聞こえるのだ。中に、人がいる。

「あ、あの、大丈夫ですか?!」
「!! たっ、助けて!開かないの!そっちから鍵が掛かってるみたいに…!」
「女の子の声ですね」
「!!」

ルンが女の子、と言うのでアリサはショックを受けたかのように落ち込んだ。ただ言っただけなのに。
リオンは何か使えそうなものはないか、と辺りを見回すが真っ直ぐに来たこの道に使えそうなものはない。と、こつん、と足に何か当たった。不思議そうに下を見れば長い棒。その先を見ればあろうことか斧が落ちているのだ。なんて都合が良いのか。いや、それともこれは仕組まれた……。

「おい、どけろ、これでドアを壊す」
「そんな物騒なモノ、どこで手にいれたんです」
「此所に、落ちてたんだ」
「いま、ドア壊すのでドアから離れててください!」

中にいる少女は戸惑いながらも、出来るだけ後ろに下がった。とは言っても狭い室内なため、五歩が限界だ。
リオンは斧を振り上げ、ドアを目掛けて振りかざした。刃は錆びて欠けていたものの、しっかりと当りバラバラとドアは崩れ、少女は身を守る。木の破片が何個か当たったものの、幸いにも先などは当たらず怪我をしていなかった。
ぱたぱたとアユチは心配そうに近寄った。

「怪我、してませんか…?」
「っ、ええ、大丈夫よ。…ありがとう、」

アユチが差し出した手には触れず、自分で立ち上がる。
少女は見事な金色の髪をしていた。腰辺りまでの長い髪を揺らし、右側だけ少し括った髪も流れるように繊細で、まるで絹の様。立ち上がると、モデルのようにすらりと伸びた背に長くて細い脚。

「……助けてくれて、ありがとう。わたしはカリン。立乃木カリン。きっと、さっきの放送のせいで疑われてるかもしれないから先に言っておくけど、助けを求めたあとに掛かったあれ、私じゃないから。まんまと騙されたみたいなの」

彼女…カリンは橙色の宝石がついたブレスレットをしていた。さっきの衝撃のせいで床に尻もちをついたカリンの衣服は水に濡れ、何処かで鬱陶しそうだ。しかしカリンの服は私服、というより制服に近い。この客船でのスタッフのような。いや、スタッフ…と言うか調理場担当なのかもしれない。着替えたのかわからない私服の胸元にはネームプレートがついていたからだ。"ホール担当 立乃木カリン"。こう言うのも何だが、白と黒でレースやフリルが使われたパニエのようなドレスはいわゆるメイド服に近い。胸元で結ばれた黄色のリボンは有る意味で不釣合いな気がするのだ。
水で濡れた、メイドさん…どうもアリサは勝てる気がせず一人悶々としながらルンの腕にしがみつくようにカリンを睨む。

「一応、最初から話すけど、私は元々此所で働いてたの。あ、この服は支給されたものであって好んで着てるワケじゃないから。それでいつものように働いてたんだど、いきなりこの変なブレスレットを渡されてね。なんか付けろだとか言うから上司だし、一応つけておいたの。それで昨日の晩餐会の日、いつもと同じように料理をホールに運んでたら誰かから殴られて気を失って、目が覚めたらこんなところに閉じ込められてたの。起きたら浸水はしてるし、ワケがわからないしで、焦ったけど、上の階で足音やら声が聞こえるものだから人がいることに気が付いたわ。それで、助けを求める為に放送をかけたの。
でもこんな機械初めてみるし、触ったことなんかないから迷ってたら、親切に説明が書いてあったのよ。ほら、」

と、カリンは紙を差し出した。
そこには確かに放送の手順が書いていた。どこを放送範囲にするだとか、非常用だとか、音量から全てが。しかし最後、不自然なところがあった。何故か最後に"再生"と書かれているのだ。

「この再生って…?」
「それは、」
「その再生を押したから、あの放送が流れたんだろう。もとからテープに録音してたやつをあらかじめセットしておき、再生を押すとすぐに流れるようになっていたんじゃないか?だから、騙された、」
「なんでアンタが言うのよ。…まぁいいけど。そうよ、その通り。私は最後に書かれていた通りに押したわ。そしたらあんなのが流れてね。本当、ワケわかんないわよ」

可愛い容姿には似合わず、舌打ちをするとため息をついている。どうやらカリンは中々ハッキリとした性格のようだ。
ちらりとアユチを見るが、はたと目があってしまいさっと逸らしてしまう。

「で、私はちゃんと説明したけどアンタ達はなんなの?まさか本当に猟犬じゃないでしょうね」
「猟犬だったらわざわざ来ない」
「見殺し、ってこと?それもそれで最悪よ」
「なんだか河西とかりんとーはツンツンしてますねー」
「誰がかりんとうよ!カリン!」
「へぇ、美味しそうな名前ですね、僕はルンです。沙森ルンでーす。で、こっちがアーちゃんに、リオンくんに、河西に、アユチくんですよ」
「アユチ…?」

ルンはアユチ、と言ってアユチに床に指差す。惹きつけられるようにカリンも目線をアユチにやれば、途端にアユチは畏まってしまった。ついでに、へらっと笑ってしまう。

「えと、芹澤アユチです。よろしくお願いします、カリンさん」
「い、一回聴けば十分よ!あんまり細っこいから女かと思ったじゃない」
「そんなぁ!」

暫くして、河西とリオンは同時に行くぞ、と言ってどちらかが先導を握るかで揉めながらスタスタと行ってしまうのを四人は追いかけるように上の階に行った。
どうして私の名前のとこに誰も突っ込んでくれないんだろう、とアリサは一人寂しく思っていた。

2340年.6月5日
同時刻
二階東客船


ヒュンッと風を切る音はミヤノの頬を掠めて通り過ぎた。カズハはひっと唸り声をあげ、エミリは目を伏せる。

「ったく、どうなってんのさこの船!仕掛けがいっぱいあるじゃないの」
「本当よく出来た船だよなぁ、こりゃ気をつけないとぐっさりやられるなぁ」
「エ、エミリさん、大丈夫ですよ、よ、俺がついてますから!」
「震えてるけど大丈夫?」

一向に前に進めている気がしない四人は疲労を感じていた。そしてこの船にはトラップが仕掛けられていたのだ。遊びなんかでは通用のしないトラップ……野兎を狩る為のトラップだ。
壺に触れればボウガンの矢が飛んで来たり、客室の机を開けてみれば本物の拳銃が入ってたりする。何かあったらのために、護身用として拳銃を身につけてはいるが、さすがにカズハとエミリには持たせなかった。ミヤノはこんな小さい子に銃などを持たせるのが嫌でたまらなかったのだ。

「とりあえず、次は何が飛んでくるかわからないから壁とか置物とかに触るなよ?」
「あ、ああ」
「わかってるよ」

エミリもこくりと頷く。何にも触れないように、慎重に歩く。カズハも、三琴も、ミヤノも、そのとき前しか見ていなかったのだ。そう、誰も、床下を見ていなかった。

「ッ…!?いっ!!?」

ミヤノは途端に、床にどさりと倒れこんだ。三人はどうしたのだろう、と近寄るとミヤノの脚には何かがついていたのだ。
まさしくそれは、野兎を捕らえるのに値する枷だ。ギザギザとした歯はミヤノの右足首をがっちりと挟み、簡単にとれそうにもない。じわり、と血が滲み、肉を噛んでいる。

「ったく、ミヤノちゃんなにやってんのさー。動かないで、今取るから、って鍵がいるのかこれ、」
「み、三琴さん、鍵ってこれですか?」

そう言ってエミリはテーブルの上に置いてあった、錆びているが鍵のような形をしたものを指差した。

「ああ、それに間違いねぇ、ナイスエミリちゃん!」
「はいっ!今渡しますね、」
「サンキュー……いや、ちょっと待て!」
「…え…?」

エミリが鍵に触れ、動かした時だった。トラップは発動してしまったのだ。
あろうことか一直線に、倒れこむミヤノを目掛けてナイフは飛んできた。

「ッ、ミヤノちゃんっ!!」

三琴の声は虚しくも、消えてしまった。ナイフはそのまま真っ直ぐに飛んで、喉に刺さってしまったのだ。パッ、と一面に紅が散る。床板も、赤色に染まり衣服にも返り血がとんでいた。

「う、そ、だろ…?おい、冗談、だよ…な…ぁ…?」

カズハは、どさりと床に倒れこんだ。エミリは口を開け、声すら出せず涙を溢れさせている。そして……。

「う、うぁ…あ、ぁあぁああぁあぁあぁああぁ!!!!!嘘だ、ウソだぁぁあぁあ!!!?!なんで、なんで、三琴ッ、三琴ぉおぉおおぉ!!!」

そう、三琴はミヤノの盾になったのだ。飛んで来るナイフに瞬時に気付き、ミヤノの代わりに死んだ。
首には確かにナイフが刺さり、血管は切れている。
こんなことがあるのだろうか。否、あってはならないのだ。ミヤノも、エミリも、カズハも、三琴だってこのゲームを甘く見ていた。そう、仲良しごっこでは、猟犬を殺すことも…見つけることすら出来ないのだ。


ミヤノの脚に付着する血は、ミヤノのか、三琴のか…そんなのはわかるはずがなかった。ただ、ミヤノの中で何かが途絶えた音がした。





130211





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