ねぇ、君は…ぼくは一人なの?
お母さんは?お父さんは?
え?病院?どうして?
妹が風邪をこじらせちゃったの……?
そっか……それは大変だったんだね、早く良くなるといいね。でも、なんで君は病院に一緒に行かないの?お留守番を頼まれた?
でも、…ねぇ、でも……今日は君の……ぼくの誕生日なんでしょう?
可哀想なアユチ。
独りぼっちで可哀想。お誕生日を大切な、大好きな人に祝ってもらえないなんて……。でも、大丈夫だよ。ぼくは一人じゃない。だって、"僕"がいるじゃない。
君が…アユチが僕を呼んでくれたらいつだって、僕はアユチのところに来るよ。
お誕生日、おめでとう、僕のアユチ。そして、お誕生日おめでとう、僕。
一緒に遊ぼう?何がいい?
鬼ごっこ?かくれんぼ?トランプ?おままごと?それとも…そうだ、絵本を…お話を読んであげるよ。
なぁに、アユチ。え?僕の名前?
ふふ、アユチには特別教えてあげるよ。とっても素敵な名前なの。誰よりも強くて、誰よりもあの人の傍にいるのが似合う僕にはぴったりな名前。
僕の名前は―――……





「ッは、はっ…は…!」

だらり、と背中から額から首筋から汗が垂れた。目を見開き整わない息で自分のいる場所を見回す。
今自分はベッドの上におり、回りには誰もいない。小さな部屋は客船内にある部屋だと見受ける。青ざめた顔のままズキリと痛む頭を抑えながらベッドから出た。フラフラと、おぼつかない足とピントの合わない瞳で吸い込まれるように部屋のドアノブに手をかけた。途端にアユチが手をかけたと同時にドアは開き、翡翠の瞳はふらりと倒れるアユチの手をとった。
翡翠の瞳を見るとアユチは笑っているのか、よくわからない表情で「河西く、ん」と微かに呼ぶと呼ばれた相手は眉を潜め、捕っていたアユチの腕を引いた。

「馬鹿かお前は」
「あ…ごめん…ありがとう……。これ、夢じゃない?」
「夢でも発作を起こして倒れるのかお前は」

懐かしさに耳の奥がくすぐったい。ぽすりと抱きしめられた身体に昔とは違う身体の固さがあり、ふわりと胸が高鳴った。久しぶりに逢ったと言うのにも関わらず何も言えない。口を開くことすらままならない。言いたいこと、話したいこと、謝りたいこと、全部全部言いたい。もう一度名前を呼ぼうとした時、アユチの身体は河西から離れかわりに柔らかいベッドの上に置かれた。

「アユチ、久しぶりだと挨拶をしたい所だったが今はそんなことを言える状況じゃないからよく聞け」
「う、うん…?」
「簡単に言うからな。俺達もお前達と同じように招待をされたんだ。だが食事に一服盛られ俺達、と言うと俺以外にもあと四人はいたがどうゆう意図なのかバラバラになってしまった。そこで間抜けなそいつらを捜してる時にお前を見つけた。あとあの金髪もだが。発作を起こしたお前は倒れ、近くにあった鍵の掛かっていなかった小部屋に寝かせておいた。……質問はあるか?」

簡単、と言うかぺらぺらと話された内容に一生懸命頭の中で河西の言ったことを整理した。つまり、河西達(あとの四人は誰か知らないが)はアユチ達と同じように南の島ツアーに案内をされた。しかしどうゆうことか偶然にも河西やアユチなど、“ブレスレット”を着けていた人達は皆、食事に薬を盛られ眠ってしまいバラバラに散らばった。そこで目が覚めた河西が船内を見回っていた所アユチを見つけた……と言うことらしい。一応は理解したものの、色々な部分に引っ掛かる。質問をしようとした言葉は目の前にいる河西を通り抜け、開いたドアに立っていたリオンに向けられた。

「アユチ、目が覚めたんだな、心配した」
「ご、ごめんね」
「……で、いきなりでアレだが貴様は誰だ?いきなり部屋に入ってきたかと思えば紙袋を持って来いなど失礼だと思うんだが」
「あ、リオンくん、この人は」
「俺はこいつ…アユチの幼なじみだ。過換気症候群で起きた発作の過呼吸を止めるために近くにいたお前に頼んだんだ」

そんな河西の態度が気に食わない、とばかりにリオンは河西を睨んだ。しかし河西も、同様。どうれば…とばかりにアユチは二人を交互に見ながら立ち尽くす。
そんな中、また更に厄介なことが。
開いていたドアに気付いてちょうど通りかかった人物がいた。

「あれ、こんなところにいたんですか河西。…と、誰です?」

真っ赤に燃える髪を揺らして、オッドアイの瞳をぱちぱちと瞬きさせた沙森ルンがひょっこりと顔を覗かせた。そんなこんなで二人は一体睨み合うのを止め、ルンの方に顔を向けた。

「―――で、君…アユチくんは河西の幼なじみで、リオンくんはそのアユチくんの友人、と……。ややこしいですね」
「ややこしくない」

すかさずリオンはルンにツッコミを入れた。そうですか?と言わんばかりに困った顔をすればアユチは可笑しくなって笑ってしまう。
沙森ルン、と言う赤髪とオッドアイが特徴の彼は河西と同じ学校に通っているらしい。今回、彼も同様に赤い手紙が家に送られ…というかいつも河西と一緒にいる友人達に赤い手紙は来たらしい。奇妙なほど偶然なソレは必然と言っても過言ではない。行くつもりなど無かったのだが、ルンが行きたいと駄々をこねたり、まさかの河西も参戦と言うことをきっかけに心配になったあとの二人の友人も付いて行く事にしたと言う。
ふと、ルンの手首に付けたれた"ブレスレット"が目に入りアユチも持つ同じブレスレットだと思わせた。

「ルンさんのは、黒色なんですね」
「ん?…ああ、ブレスレットですか。はい、アユチくんは青色…ちなみに河西は赤で、リオンくんは…」
「紫だ」

ちゃり、と宝石の埋め込まれたブレスレットを見せる。一体色の組み分けになんの意味があるのだ、と四人は疑問を感じた。だからと言って外そうとは考え無かった。犯人が一体何の目的でブレスレットを与え、付けさせたのかが分からない以上、無意味に外して何かなったら困るからだ。
少なくとも、四人はそう感じていた。

「しかし、こんなバラバラな状態で散策はあまりしない方がいいですね」
「どうして?」
「だってブレスレットを付けた人達は僕達四人だけでは無いでしょう?だからこそ、今やるべきことは皆さんを探すことではないかな、と思うんです」
「それもそうだな。動くのも危険だが、だからと言って此処にいるのもあまり良いとは思わん。船の内部を見るのも兼ねて、今は協力が一番だな、」

そう言ってリオンは先導をとる。河西もアユチもルンも異議はなく、こくりと頷いた。そのあと四人は自己紹介を少々しながら、今はただはぐれた仲間を探す事にしたのだ。ブレスレットの意味、船の内蔵、それらを気にはせず広い客船内を歩き出す。
廊下を歩くたびにある各部屋を覗きながら人を探した。しかしあまりにも広く、一歩間違えれば迷ってしまいそうだ。ふと、歩いていた足を止めたのはルンだった。アユチが不思議そうに「どうしたんですか?」と尋ねるとぽつりと声が聞こえる、と言って走り出した。三人も後に続いて行く。途端にルンは何百ともある部屋からたった一つの部屋に入りクローゼットを開けた。
すると中には手足を塞がれたアリサがいたのだ。

「アリサさん!?」
「ア、アユチ!っ、ふぇ、えぇええ、」

余程怖かったのであろう、目からは大粒の涙を零して泣き始めてしまった。ルンはしゅるりと縛られていた紐を解いてやれば大丈夫ですよ、とぽふりとアリサの頭を撫でてにこりと笑った。そんなルンにアリサは顔を真っ赤にさせながら更にわんわんと泣き出してしまうのだから、少々ルンは困った顔をしてしまった。

「助けてくれてありがとうございました、わ、私、鳴瀬アリサと言います!な、なんとお礼を言ったらいいのか…!」
「礼には及びませんよ。君の、声が聞こえたから来たまでですし、」

そう言えば、ルンはにこりと微笑んだ。途端にアリサは顔を真っ赤にさせてぐるんぐるんと目を回す。
しかし、三人は顔を見合わせると不思議そうな顔をした。だって、自分達には聞こえなかったのだから。
―――アリサの声が。
いくら聴覚が優れていても聴こえるような声ではない。此処に辿り着くのにルンは一度たりとも足を止めず、この場所にたどり着いた。無論、豪華客船のこの船は無駄に広く、別れ道だってあったのだ。曲がり角も、階段も。それは不可思議にしか過ぎなかった。

「ルンさ、」
「アリサ、と言う名前ならアーちゃんですね」
「も、もももったいないお名前!!!」

先程まで泣いていたアリサは、今ではもうルンに心を奪われている状態だった。嬉しそうに、ふにゃふにゃと………いや、デレデレとしながらルンと話すアリサは幸せそうだ。

「あの、ルンさん…その、耳良いんですね」
「耳?どうして?」
「だって、アリサさんの声、僕たちには聴こえなかったから……」

アユチの言葉に何故か、ルンは不思議そうに目を丸くした。その時、アユチはルンのオッドアイを初めてまじまじと見た気がする。
右目はなんだか変……。“人間の瞳”に見えない――。
しかしルンは、アユチが自分の右目を見つめていることに気が付くと、「ああ」と何か納得したかのように声を漏らした。

「僕の右目、作り物なんです。だから実際は右目がないんですよ」
「つくり…もの?」
「生れた時、右目が無かったんですよ。こう言うのもなんですが、まるで“誰かに捕られた”みたいに。まぁ、生れつきらしいですが。そのお陰で人工的に造られたものらしいです。……なんて、気味の悪い話ですね。右目が無かった変わりに聴覚が良いんじゃないでしょうか?よく言いません?」

確かにそうかもしれない。
しかし、生まれた時から右目がないなど初めて聞いたものだからさすがに驚きは隠せなかった、アユチもアリサも。リオンは表情には出てはないが、驚いていることに違いはない。

「そういえば、アーちゃんはどうして此処に?」
「え、あ…、その、気が付いたらこの部屋のクローゼットにいたんです………。一体何が起きたのか……」

余程、長い時間クローゼットの中にいたのかアリサの手首には縛られた跡が残っていた。知っている顔をみて安堵の表情をアリサはしているものの、目が覚めたら暗闇にいたなど恐怖以外のなんでもない。

「…じゃあ、エミリは……」
「大丈夫だ、アユチ。必ず無事だ」
「そ、そうよアユチ、私だってこうして無事だったんだしエミリちゃんだって無事よ!」

アユチは、妹のエミリの無事を願った。みんなが言う通り、エミリはきっと無事だ、そう考えて最悪な自体は絶対にないとアユチは祈る。
アユチは自分がこんな顔をしてはダメと思うと、にこりと笑い、そうだねと言った。ルンも、早く他の人達を見付けなきゃですね、そう言うとアリサは意気揚々にきらきらとした目でルンを見た。

「………って、あんた河西!?」
「今更か!!」

ルンのことで頭と視界がいっぱいいっぱいだった為、アリサの視界には河西が完全に入っていなかったのだ。
ふと、アユチは違和感を感じた。ルンの左眼のワインレッドの瞳は何処かで見たことがある気がしてしょうがない…と。

2340年.6月5日
9時18分









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