「行ってらっにゃ…じゃなくて行ってらっしゃい」

慣れないのか舌足らずな言葉。何度も直そうとしていた。アイチはいつも表には出さないが一人は嫌いなんだ。見送る時はいつも何処か俯いている。いや、一人が嫌いなんじゃない恐いんだ―――…。

「早く帰ってくる」
「う、うん…!」

震えていた身体を納めるように頭を撫でた。すると嬉しそうに笑った。不安になんかさせたくない、いつも笑っていて欲しい。ドアに鍵を掛けて閉じる。なんだか日に日に過保護になって来ている気がする……。帰る時には必ず電話をする。
アイチは自分のことを話さない。話したくないとも言っていたが記憶が無い、と言っていた。

「櫂〜、はよー」
「ああ」
「ああって…。そこはちゃんとおはようだろー!」

いつも思うが朝から本当にこいつは元気だ。元気すぎてうるさい位に。
教室に入り自分の席に座る。何故か席替えで俺の前の席になった三和は振り向いてニヤニヤ笑っていた。

「…何だ」
「いや別に〜。あ!アイチは元気か?」
「元気だが…」
「ん?どうした悩み事か?元気だが何だよ」

アイチは元気だ。よく笑うし、よく食べる。元気なのだがアイチは人の事ばかりを気にして自分の事を後にする。

「櫂が悩み事なんて4年ぶりじゃねぇの?」
「4年…?」
「あの頃の櫂は素直だったなー」

4年前…。両親を亡くして引き取られて引っ越し、テツとレンに会って………
テツとレンと……?前にも同じようなことを考えた覚えがある、駄目だこれ以上考えようとすると頭が痛くなる…俺は何か大切なことを――。

『櫂くん』

「ア、イチ…?」
「アイチならいねぇぞ、ってお前顔真っ青だけど大丈夫か?」

ガタッと三和は立ち上がり心配そうに櫂の顔を見た。しかし櫂は目を見開いたまま“何か”を思い出そうとしていた。

「おい、櫂保健室に……」
「大丈夫だ、……俺は…何か大切なコトを忘れている…」
「お前……」

それ以上三和は何も言わなかった。櫂は必死に思い出そうとしていた。櫂は……泣いていた。















「かーい、君はどうしてそんなに強いんですか?」
「どうしてと言われてもなぁ…」

くせっ毛のある赤い髪を弄りながらレンは口を尖らせる。櫂は困ったように眉を潜めデッキを弄る手を止めた。

「だっていっつも櫂とバトルしても負けるんだもんー。あ、そうだ!テツ勝負しましょう!」
「またか…。これで12回目だが」
「いいじゃないですか、打倒櫂なんですから」
「何だそれ…」

呆れながら言ったが楽しかった。両親を亡くし、引っ越しまでして馴れない環境の中こんなに日常が楽しいとは思っていなかった。レンの無茶振りは相変わらず酷く、テツは過保護だった。

「あ、そうだ。僕最近、猫の鳴き声を聞くんですよ。それで捜してみるのにいないんです、不思議だと思いませんか?それも決まって雨の日です」

突然レンがまた不思議な話をし始めた。しかし突拍子な話をするのはいつもの事。

「今はファイト中だろレン、少しは集中しろよ」
「あーそうやって信じないー。もういいですよ櫂のばーか」
「なっ…」

ため息をつきながらぷいっとそっぽを向いてしまった。櫂は一応アドバイスのような物を与えたつもりだったのだが。

「あっ、僕そろそろ帰りますね」
「おい?まだファイト中だぞ!」
「でも雨降って来たので…。今日は雨酷いと聞きました」

まだテツとカードファイト中なのにも関わらず帰る準備を始めてしまった。最近は雨の日が多いから確かに仕方ないと思ってしまう。

「じゃあ今日はお開きだな、帰るか」
「また明日ー櫂〜」
「ああ」

ぽつり、ぽつりと雨が降る。今日は傘を持って来ていないためレンが言ってくれなかったら大変だった。

「早く帰らなきゃな…」

ぱしゃん、と水が跳ねる。走って帰らないとずぶ濡れになる。
――――にゃー……ん…
走っていた足を止めた。今確かに猫の鳴き声が聞こえた。間違いない、そういえばレンがさっき言っていたな……。

『あ、そうだ。僕最近、猫の鳴き声を聞くんですよ。それで捜してみるのにいないんです、不思議だと思いませんか?それも決まって雨の日です』

捜してみるがいない。
それも決まって雨の日……。辺りを見渡してみる。鳴き声ははっきりと聞こえたからこの近くのはずだ。
何かに引き付けられるように捜した。レンはここ最近と言っていた、雨の中捨てられた猫なのかもしれない。そんな中たった一匹で生きていたのか、と考えると泣きそうになった。まるで昔の自分だ、まわりを信じることが出来なくなった……。
と、曲がり角から覗く長い藍色に近いしっぽが見えた。こんな所、滅多に人なんかこない。

「見つけた、」
「にゃあ!?」

逃げないように、と思い切りしっぽを掴んだ。すると案の定奇声をあげられた。

「レンがいっていた猫…」

俺は思わず目を見開いた。そこには小さな身体を更に小さくして疼くまる猫…いや、猫の耳としっぽの生えた、俺よりも年下と見えるぼろぼろな子供がいたのだ。怯えながらゆっくりと俺を見てきた。
そう、それは雨に打たれて雫が散りばめられた綺麗な蒼色の髪とリトルマリンの大きな瞳をさせた不思議な―――。

「だ、れ…?」


















「アイチ!?」

バッと起き上がった。汗をかきながら呼吸が激しいことに気付く。手が震えている、俺はベッドで寝ていた。
―――シャッ、

「っわ、櫂!お前起きてたのか!?大丈夫なのかよ!」
「三和…?俺は一体…?」
「何だお前、覚えてねぇのか?」
「何をだ、」

覚えているも何も俺はさっきまで教室にいたはずだ。しかし時計を見れば5時、授業は全て終わっている。


「お前、朝のHRでいきなり倒れたんだよ!顔真っ青だったし……心配したんだぞ!?」
「そうなのか…、悪い」

先程買ってきたスポーツドリンクを櫂に渡す。櫂には全く記憶がなかった。夢…を見ていた。それは懐かしい…。

「懐かしい…?…いや、おかしい俺の記憶にあんな…」
「櫂、本物に大丈夫かよ?最近変だぜ、何かぶつぶつと」
「記憶が曖昧なんだ…、4年前からの記憶が…」
「記憶……確かに最近ずっとそんな事言ってるよな」

と、櫂は考えるのをやめて時計を見た。5時30分だ、夕方にはいつも電話をしている。早く帰らないといけない、アイチが一人のままだ。

「帰るか…」
「……ああ」

一応鞄を持ってきていた三和は櫂に渡した。暫しの沈黙があった。

****

「じゃあな櫂、明日なんなら休めよ」
「ああ、休む気は全くない」
「話噛み合ってねぇし…」

途中から三和と櫂の家は逆にあるのでそこで別れる。電話をしたのだがアイチは出なかった。また寝ているのだろうか、しかし心配だ。
と、ひらりとカードが落ちてきた。シャドウパラディン…ブラスターダークだ。櫂はしゃがみ込み、拾う。

「一体誰の……」
「あっ、それ僕のです!ありがとうございます」

と、落とし主が手を振りながら走って来た。櫂は立ち上がり振り返った。それは懐かしい面影……。

「レン…!?」
「ああ、何だ櫂だったのか。ありがとう拾ってくれて」

そう言うとレンはにこりと笑って櫂からカードを受け取った。







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