深愛の逸話




悪夢の逸話
(過去)レンアイ♀

この島にたどり着いたのは偶然ではなかったと思う。それは必然。
そうして出会ったのは一人の少女。その当時歳は十三。名前を先導アイチと言った。群青色の瞳には光を宿すことはなく、どちらかと言えば少女の健康状態を診るのではなく館の主であった。

「レ…ンさん、」
「はい?あぁ、アイチちゃんでしたか」
「……僕は男です」

これは珍しい、と扉をあけた。いつも後ろでぺたぺたと引っ付いて歩く妹がおらず後で何か言われそうだなと思いながらも部屋に招いた。
どうしたんですか?と聞こうと思った時、何も言わずにただ丸まった何かを差し出してきた。

「?」
「…これ、庭で落ちてたんです。治ります?」
「これは……」

“落ちていた”と言うにはあまりにも情がないが、きっと確かに“落ちていた”のだろう。むしろアイチには情があまりないのだ、言葉を上手く扱えない。英才教育など使用人の役目ではあるが、元々頭のいいアイチには不必要だったりもする。
アイチの手の中でうずくまっていたのは羽が抜け落ちボロボロに傷付いた小鳥だった。

「レンさんお医者さまでしょ?だから治して貰おうと思ったの」
「それは……アイチちゃ…アイチくんの意思ですか?」
「よくわからない、でもかわいそう、痛そう、辛そう、寂しい。僕と同じなんて駄目、それに…レンさんなら助けてくれると思ったから……」

ただ表情は全く変えずにアイチはそう話す。差し出された小鳥をレンは震える手でとるとこれ以上にないくらい重く感じた。
それはアイチが期待をしていたから。少なからずアイチはレンに期待をしていた、初めてレンはアイチが人を頼るのを見たからだ。






「レンさん、検診お願いします」

ノックをせずにがちゃりとアイチはレンの部屋に入った。ぽてぽてと歩きながらストンと椅子に座ると服を脱ぎ始める。

「僕はまだ何も言ってないんですけど。と言うか何の恥じらいもなく脱ぐんですね」
「何を今更言うんですか、もう四年も続けてきたのに」
「四年……月日は早いですねぇ全く…」
「17歳ですよ僕」
「僕だってまだ27ですよ」

もぞもぞと頭を詰まらせながら服を脱ぐアイチを見ながら今だに消えない傷痕をレンは見ていた。消えるはずがないのだから仕方ない、わかってはいながらも軟骨は毎日塗るようには指示をしていた。

「あ、レンさん聞いて下さい!最近櫂くんがいじわるなことばっかり言うんです。あーしろこーしろばっかり!」
「惚気なら後で聞きますよ」
「そう言って聞かないじゃないですかー」

心臓の音はトクトクと鳴り響く。毎日が楽しいと言わんばかりにアイチは笑う。よく人とも話すようになった、そしてよくレンに櫂の話をするようになった。

アイチがこうして元気で感情を持つようになったのも全ては櫂トシキのお陰である。そうだ、アイチは櫂が好きだ、恋をしている。無意識に櫂を目線で追い掛けては嬉しそうに笑う。
アイチの笑顔など昔は滅多に見られなかった。
アイチを笑顔にさせれなかった。

アイチの日だまりのような笑顔がレンは好きだった。それだけで全てが満たされていた。それはいつしか欲に変わっていく、たった一人の存在に対してレンは自分だけを見ていて欲しかった。
突然遠ざかるアイチが嫌だった。レンは気付かないうちにいつの間にかアイチに対して“愛”という感情が芽生えていたのだ。

「……櫂が好きですか」
「ほぇ?」
「なんでもないですよ、ほらアイチくん早く服を着てください」
「わぷ、」

ずいっと服を顔に押し付け顔はアイチには向けずさらさらとペンを働かせる。

「……レンさんは…」
「なんです?」
「………やっぱり何でもないです、」

そう一言言うと、アイチはレンに日だまりのような笑顔を向けて笑いお辞儀をすると部屋を出て行った。
そのあとを追い掛けるようにレンも目線でアイチを見て微笑んでいたが、表情は一転、うなだれてしまった。そうして一人でに笑い始めた。狂ったわけではない、可笑しかったわけでもない、ただ自分の滑稽さに笑っていたのだ。

「本当…僕は昔から運が悪いみたいだ。いっそのこと櫂を……殺してしまおうか、」

なんて、馬鹿みたいに思いながらレンはカルテに記入していく。
きっと自分ではあのアイチの日だまりのような笑顔をずっと創れないのだ。櫂ではなければならい。例え、レンに向けた笑顔が創りモノだったとしても―――。

初めて恋をした。
初めて愛を感じた。
初めて愛しいと感じた。
初めて慈しみを感じた。
そして欲を持った。

『レンさん、飛びました…!小鳥、飛びましたよ!み、見ましたか!?やっぱり、やっぱりレンさんは僕の思った通りです、レンさんなら……僕は信じます。……ありがとうレンさん…』

ああ、なんて顔をするんだろう。なんて美しい顔をするんだろう。
小鳥を助けただけなのにこんなにも貴女は綺麗に美しく笑えるのか。もう一度見たい、自分だけに見せて貰いたい、

―――どうすれば貴女は自分のモノになる?

それは深い愛を綴った逸話。叶うことはない、逸話なのだ………。




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