夢幻の逸話



悪夢の逸話
(過去)櫂アイ♀

僕が女であると知っていても櫂くんの態度は変わらなかった。僕にはそれがどうしてもわからないのだ。
女として生まれたせいで御祖父様には沢山罵られ、八つ当たりの道具とされた。僕はまだ幼かったためか弱く脆く何も出来ない存在でしか無かったのだ。
つまり“僕”という先導アイチの存在は男でなくちゃならないものだと思い込んでしまった。
実の妹ではないエミは僕とは正反対な明るくて、よく無邪気に笑う女の子だった。そのせいか気弱な僕にはいつも後ろ盾となってくれていた。

しかしそんなエミをわかっていたのにも関わらず心の奥底では蔑んでいた。人間はそう、裏切る時は必ず裏切ると。絶対などない、奇跡などない、妄想も甚だしいと思い、懐いてくるエミに本心では最低なことばかりを言っていたのだ。
ただ僕は自由が欲しかったのかもしれない……今ならそう考えられる。

「櫂くん、僕はどうして男の子として生まれなかったのかな」
「なんだいきなり…」
「僕が男の子だったら御祖父様もきっと今頃は笑ってたと思うんだ。それにこんな惨めな身体じゃなかった、」

テーブルの上から床にバサバサと音を立てて資料が落ちた。アイチは何を思ったのか、使用人が飾ってくれた花を花瓶ごと手で弾き、床へ叩きつけた。
いつも以上にアイチの様子がおかしい、と櫂はため息交じりにアイチの頬をつまんだ。

「ふみゃ!?」
「おい、駄目だろうこんなに散らかしちゃあ。誰が片付けると思ってるんだ」
「………櫂くん?」
「お前なぁ……。わかってるんだったらやめろ。あとくだらないことを考えるな。性別などどうでもいいだろうが、お前はこの世界でたった一人しかいないんだからそれで十分だろうが。何が不満なんだ」

更に頬をぐいぐいと引っ張りながら痛い痛いと唸るアイチを無視し、何処か楽しむように頬の感触を味わった。

「そ、そうじゃなくて僕は………、」
「お前が何を言おうが、この館にはお前…アイチを必要とする人間がいるだろうが。ならば素直に応えればいい話だろう。わかったら資料を拾え。花瓶は俺が片付けるから」

それは不思議な感覚だった。
言葉では現せない感覚。櫂くんの言葉はどんな偉大な人から貰う言葉よりも胸の奥を熱くさせた。
素直に、応えればいい。櫂くんはそう言った。僕がどんなに醜い人だと知っておきながら素直になれというのか?櫂くんはまだ知らないんだ僕を。だから駄目なんだ、それじゃあ駄目。

「かいく、」
「俺は今、俺の目の前にいる先導アイチしか知らない。例えどんなに醜い感情を持っていたとしてもそれを含めて先導アイチだ。お前は…アイチはアイチらしく生きればいいんだ」

だから……だから駄目なんだよ櫂くんは。
不器用だけどすごく優しい櫂くん、そうやって僕は自分を知って櫂くんを知る。この島から出れない僕を一緒に連れ出してくれるんじゃないか、って思うんだ。
期待をしちゃうんだ、期待を………しちゃうよ?

「…櫂くん、だったらずっと僕のそばにいてよ、僕はわからないんだ自分が。一体どれが先導アイチなのか……惨めで醜くて汚い自分しかしらない。でも櫂くんなら教えてくれる気がする、先導アイチの存在を見付けてくれる気がするんだ……」

震える手をとり優しく撫でてくれる手は心地好くて苦しみから解放してくれた気がした。
そしてこの感情は一体どこに向かうのだろうか……。
それは誰も知らない逸話なのだ。




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