弱虫にグッバイ




櫂アイ


ふと、躊躇いながらも伸ばしかけた手をゆっくりと下ろした。それには意味はあまりなかった。だが自分にはあまりにも偉大な存在なのでは、と気付いたのだ。何故いきなりそんな事を思ったのかはわからない。ただ唐突に思っただけ。

自分は並んで歩くことが出来ない。悲しくも自惚れてしまうからだ。隣であるけたらどんなに幸せか、とは何度も思った。だが勇気が出ない。
自分の前を歩く広い背中は歩くのが早くて追い付けない。何度も何度も小走りをして近付いても届かないのだ。



「悪い、速かったか」
「う、ううん。そんなことないよ。僕が歩くのが遅いだけだから……」



くるりと振り向いた櫂にアイチは首を横に降った。
変な所で櫂に心配をかけて欲しくなかった。自分は駄目だな、と俯いた。自分では、自分では……こんな弱い自分が大嫌いだ。



「お前一体何を考えている」
「えっ?何って…何が?」
「ここ最近変だぞお前。何か考え事ばかりをしてる。元気がない」



ほら、とアイチは思った。
櫂にはわかっていたみたいだ。そう思うともっと悲しくなった。不甲斐ない自分に腹が立つ。弱い弱い自分がもっともっと嫌いになる。アイチは肩を震わせると薄く笑った。



「アイ…」
「櫂、くん。ばいばい、僕帰るね。いつもありがとうこんな僕と帰ってくれて」
「いきなり何を――」



アイチの目には何も映っていない。目の前にいる櫂の姿はいない。映ったのは……光だ。
それはアイチを導く光。アイチが求めた光。アイチを救う光。



「じゃあね、櫂くん」



そう言って微笑むとアイチは振り返らずに帰って行った。そうして櫂は去るアイチの姿を手を握りしめて見つめた。


違う、違うんだアイチ、
お前が伸ばした手を俺は取らなかった。取れなかった。俺がお前を先導してやれなかった。


そう何度も聞こえるはずの無い心の中で叫ぶように言うと空を見上げた。空はまるで櫂を嫌うかのように雲っていた。




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