蹴るように灼熱のコンクリートを駆け回り、目的のない競争を見て、母は、「遊んでないで帰ってきなさい」そう言うのだ。母の口は、飽きることなく絶え絶えに動き続けて私を苛む。「お母さんあのさ」母を少し黙らせたいと、好奇心が働いた。口が軽いのだ、私は。ついつい余計なことを言う、言っては、叱られた。「昨日お父さんが知らない女の人とラブホ街歩いてたの見たよ」度肝抜かれたような顔を望んだ。母が怒り狂えばよいとか、沈み込めばよいとか、果ては、陽炎に溶けて居なくなればよいとか、考えていた。けれど、母は怒る様子も、はたまたあほなことをと一発拳骨を繰り出すことも、消えることもなく、「へぇ」と、ただそれだけ。寝息のような静けさが漂った。「まさかお父さんに愛想が尽きたの? 冷めたの? やめてよね。私まだ中学も上がってないの」「あら、口が達者なことね」陽炎が私と母の間を揺らすので、時折、その激しさから母は私の知るあの母ではないのでは、と思った。幻覚。母が美しすぎて、だなんて笑っても構わなくてよ。ただ、一児の母が、あまりにも女なので、思わず疑った。憂いと、絶望と、子供を持った女は魅力的であると思えた。まあ、私は妄想癖がありますので。
「とにかく、ご飯よ」「私を怒らないの?」「なぜよ」「お父さんが浮気してたとか、ラブホ街とか余計なことを言ったりした」余計と思うなら悪戯でも言う子じゃないでしょう。判りきった口振りが、一瞬、腹立つが母であるからに仕方がない。私が例え死んでも泣きはしないだろう。ただ、強く想ってくれるのでは、と、一欠片の希望と期待。「それに、叱るべきは娘じゃなくて夫よ」私を照らす夕陽を、肉眼で見ている母は美しかった。父と母の生々しい関係。こんな二人から私が出来た。ある意味頷ける。私の母は本当に母なのだろうか。よもや人間ではないのではないだろうか。魔性の女、私の母は口煩く私を黙らせるのだ。論破など出来るわけがない。私は母の娘で、母は偉大で、つまり私もいつかは嫌でも母さながら、美しく、口が上手く、偉大になるに違いない。
似たような口振りで、似たように身体が燃えるように揺れて、溶けそうになる刹那、母は最後に一言、「浮気したのが事実ならば、彼は死ねば良いのにね」と、私に言ったのだった。

120616.




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テーマ「人外ファンタジー」
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