空を見て落ち着く。それは解放感と、はたまた相殺感、いやいや、そんな訳ない。
咽がいやに渇いて、水を欲しがった。否、別に水でなくとも、お茶でも甘いものでもよかった。ただ、血と混濁したものは避けてほしかった。「水だよ」そんな訳ないだろう。地球をひっくり返したくなるような、そんな事態だ。血ではないかと問いたいな。「直斗くんのぉ、そのかわいい帽子はりせがいただきまぁす」思わず愛撫したくなるほどの美貌と、声と、脚と、軽快なリズムで跳ねるツインテール。彼女は僕の帽子を取り上げて、露になった頭髪にどろりとしたなにか腥いものを垂らしてきた。目と目の間に垂れる前髪の先端に見えたのは、白濁の、腥いなにかだった。
君がもしかしなくともアイドルではなくて、きっと、僕が男であったならと願ってやまない。「久慈川さん……」「どう? すてき?」「何してるんですか」「孝介先輩のだよ」は? 先輩の――なに? 急に貪りたくなる衝動。または、嫉妬か。兎に角、胸が張り裂けそうな痛み。嘘吐け、馬鹿みたいだ、こんな子供騙しみたいな。――否、ではさっきの衝動は?「やだ! 直斗くん顔真っ赤だよぉ。かわいい!」揺れた心は、それらは風に流されて消えて、誉めそやしたって幻想で、僕らは心躍らせた。油断して、擬装して、晴れた空は真っ青で、涙が出るさと笑うのに、彼女も彼らも笑ってなどくれない。笑っているのと、怒っているのと、泣いているのと、喜んでいるのが、講釈して訳が解らなくて、僕は躍らされて、真っ青に道を染めて見せた。皆々、濃霧に揉まれて、心は荒んで、それを妬んで、同じだから変わりはしないのに羨んで――「直斗くんばかみたい」そういう無謀な日々を繰り返してきっとお互い履き違えた内心を語り出すんだと知っている。空は速やかに青く光るのに、僕の心臓も、彼女の脳みそも、赤くどろどろだ。鈍足でしか走れない猫のよう。捕らえたいのに、手に納めたいのに思考も行動すらも追い付かない。同時に腐敗臭が脳味噌を抉る。僕の脳は空っぽの赤いたゆたう海だ。「あ、久慈川さん、後ろにいるその人は……まさか」「あ、ああ、先輩」ひゅん、ひゅん。風が冷たく刃のように頬に突き刺さって、まさに血の気が引く。ひゅんひゅんひゅん。「あたしの直斗くんだよ。先輩盗っちゃやだよ」くすんだ銀色の髪が脚の長い少女によってじりじりと踏みにじられる様は最低だ。高笑いなんて君には似合わないのにさ。ましてや背伸びした言動や、独占欲を持ち合わせるなんて、馬鹿らしい!

「血でも腥いものでもなんでも飲み込んでやるから、みんな僕の前から消えろ!」

なにが大人で、社会的で、男か女か、真っ当かだなんて僕には解らないし、愛情もその裏返しも、性的欲求も持ったところで解ったところで大人になれる訳もないし、僕はきっとあの人に洗脳されたみたいに、それはまた拐かされたみたいに、取り乱したり落ち着いたりする。顔から火が出そうなほど恥ずかしくてまた道を、今度はピンクに染めた。
僕らを淀ませた濃霧は溶けてなくなり、そしていつの間にか、彼女も、非力な彼女に呆気なく心臓を潰された彼も、溶けていった。僕だけが世界に残り、泣いた。ピンクはより濃厚に、危ない雰囲気で踊っていった。

12/04/30.

直斗とりせと踏みにじられた月森




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