その時見た彼の顔は、途方もなくただ遠くの一点を見詰めているだけで、ちっともわたしなんて見てくれやしなかった。
 わたしは服の袖口をきゅうっと閉じると寒さが消えた服の中に縮こまる。ああ、寒々としていて心が少しも暖まらない。寒い。悲しい。――彼を傍目に涙が出た。
 街に溢れるのは白い雪と人だけで、なにひとつ心が揺るがない。素敵だと思えるものも、むしろ嫌だと思うものもない。心がない。錯覚なのか、はたまた嘘じゃないのか、知らないが、ただ彼は不意にわたしを潤んだ目で見ていて、何で泣いているんだろうと心が無性にざわついたので、まだ感情はあった。冷めきっているにも関わらず。

 顔をあげてやっと判る。曇天の空を見てやっと判る。彼はこれをいつも見ていたんじゃなかろうか。いつまでも晴れない空を見て、なにか思うところがあったんじゃなかろうか。しかし、少なくともわたしにそれはなくて、共有できるものが減ったと思って、冷めた心も消えた。暖かさが恋しくなったのにそれをカイロでも、マフラーでも、コートでも補えないなんて無償な贅沢を感じて気持ちが翻した。
 彼は、今、どこにもいない。学校は休校日で、街は――途方もなさすぎて、空にはなにも映らなくて、心は冷めきっている。果てしない感情。果てしない希望。彼はわたしを見てくれやしない。穴が開くほどわたしは彼の背中を見る。彼は空を見て口を開いた。

――ああ虚勢を張ってなにも楽しくなどないし、なにかを成し遂げた達成感もないし、人間でいる価値だとか意義だとか理由なんて訊かれたって私博士じゃないから知らないし、そのくせ私は知りたがったり達成感を得たかったり楽しみを知りたいのだ。強欲で、だけど他人の好意や頼りには無欲で、私はなにひとつ得るものがない。私は、ただ私は、例えばなにかをして誉められる理由だとか怒られた訳だとかをいちいち解釈してくるくらいならもっと分かりやすい方法で死にたいし生きたい。どっかへうっちゃった空色の情なんて戻らないのです。情の山はまとめて死に腐ればいいのに。

 死んだらなにが残るだろう。無念か、はたまた活気か。私は知りたくない。なにも知りたくない。たとえそれが彼に対して望んだ事実だろうが感情だろうが私は今更なにも思えないのだ。

 帰ろうか。

111226.




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