両手を伸ばして僕を見てよ、そして、柔らかく僕に触れてよ。その、その清潔な手で、僕を触ってね、僕はきっと、僕は





夕暮れをみた、のは確か昨日だったと彼女は言った。月明かりも、虹も、晴天も、見たことがないと彼女は言った。僕は、密やかに笑った。

喩えば、知り得ないことを知ろうとして転けたならば、きっとそれはなんであろうと無意味です。他愛もない会話も、僕はきらいなのに彼女は好んだ。つまらない話は嫌いなんだと吹っ掛けたら、つまらない人、と冷たい視線を送られた。僕は、僕は融けてなくなりたくなった。

大切は大切に、稀なことは稀であるように、いつもに奇跡はいらないんだよ。いつもが楽しくある必要は毛頭ない。むしろそれは意味がない。あちこちで起きた奇跡はもう日常だ。僕は彼女との日常に、ただ、僅かな奇跡を見たいのだ。毎日が、毎日が、大切なんて、つまらない。彼女は雪を見たことがないと言った。僕は密やかに泣いた。彼女は僕に触れないと言った、僕はただ肉眼で彼女を捉えた。


大切を、残した、足跡。歪むのは、僕が観た景色。虹も、晴天も、すべては日常であったのだ。起こり得て、知り得て、分かり得たことを、噛み砕いて、主観で観て初めて、それは奇跡だと判った。
彼女は泣いていた。
もう、触れる手がないと泣いた、僕を、見て密やかに泣いた。口から出るのは、謝罪、懺悔、嫌悪だった。もう、なにもかもが奇跡なんて有り得ない。





泣き出して、泣き出して、僕はもういいよ、と笑った。もういいよ、もういいよ、もういいよ。

振り向いたら、彼女は、見つけた、と僕を指差して、少し、笑った。


見えなかったものと、見たかったもの。それがいつか合致して、理解して、ようやくこの元に意味を成して、僕らは日常に浸る。いつも、を体験する。僕らは、触れたいものに触れる。



腕が触りたくて、夢を見たくて、言葉を発したくて、涙を流したくて、虹を見たかった。

彼女は、たぶん、奇跡を味わって、目が肥えてしまったんだ。


あぁたぶん、そんな崇高な彼女に触れられて、僕は融けてなくなりたくなったんだ。

110331.




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