例えば女の子が海に身を投げて、慌ててずぶ濡れで戻ってきたら、それは、多分自意識の現れです。生きたいと思うと、人は我を忘れて死のうとするのです。可笑しいなぁ、と女の子は、濡れたワンピースの裾をぎゅうぅと絞った。水がぼたぼた落ちてアスファルトに染みができた。今日は晴天も晴天だから染みはすぐに消えて、女の子はその経過を見ながら口をぽかんと開けていたら涎が出てまた同じ場所になかなか消えない染みができた。
「染みが消えないの」
女の子よりななつ年上の兄は「ふぅん」と言った。女の子は口を尖らせて拗ねて見せた。
「そっけないっ」
「そうかな」
女の子の服を見て「また海に落ちたろう」と兄は言ったら「おにいちゃんのばーか!」と言って女の子は走って逃げた、意味のない悪足掻きで、意味のない言葉でした。兄は「はは」と苦い顔をしました。兄は、解っていました、知りたくないけど、知ってしまったら仕方がないし、終わりはないし、ああ、終わりはない。
急いで妹のあとを兄は追いかけました。
崖にまだ濡れているワンピースを着ている女の子が佇んでいます。
知っていますか?人は、寂しいと誰かにかまってもらうように言うのです。
「おにいちゃんのばーか!」
「おい」
「こっちくんなー!」
「おい!」
人は、悲しいと泣いてしまうのです。泣いて、泣いて、また落ちる。落ちて、死にたくないと怖がって、うまくもない泳ぎで沖まで来て荒い呼吸を繰り返す。
「あたしねー!」
口から出た塩水と、まずいもの。喉は焼けて痛い。弱い肌に染みる刺激。なぜこんなにも、
「死ぬのよ!」
なぜこんなにも、生きたいんだろう。
「落ちるな!」
何度も、何度も落ちていたのは、知っていた。落ちては苦痛を繰り返し、意味ない果てもない理由をさまよっていた。死んだ方がいいのかもしれないし生きてた方がいいのかもしれない。解らない、子供だから。でも、こうして生死の境にいる時が一番良いのかもしれない。よく解らない理由を持ち合わせて死んだらいけない。なんでなのかもよくわからない。とにかく、もう痛みはいらない 。 ね。
ああああああああああああああああああああああああああああ
泣いてしまっては、いけない。落ちたらいけない。
ざっぶうん、と鳴る音は確かに海に何かが落ちた音に違いなかった。
海は嫌いだ。濁っていて、冷たいし、目を開けられないし、支えるものがないし、何より広くて怖いから。あんな海に飛び込むなよ。ああ これは。
崖の真下の海から一人の女の子が、片腕を押さえながら泣いていた。
兄は、水に浸かるのが怖くてしかたがなかった。だから助けにもいけなかった。ああ、妹が怪我をしてるであろう腕を押さえて、泣いていると言うのに。
少しずつ歩み寄る女の子が、次第に力なく泣き止む。そして、一言、言った。
「同じことの繰り返し、」
110228.
0301.