明日は大雨が降るんですって。
いつぶりかしら、二ヶ月、五ヶ月…いや、もう軽く一年は御目にかかってはいない。
昨日帰り道にね、本屋さんの近くのお店に、可愛らしい傘が売っていたの。久々に物が欲しいなんて思った。
でも雨なんて降らないから、要らないと思って買わなかったの。
そうしたらね、今日そのお店には欲しかった傘がなくって、残念だった。
もう二度とその傘と会えないなんて、楽しくもない雨の日がまた楽しくなくなってしまう。
そのお店の人は私に、昨日高身長のいい背広を着た男がね、買っていったんだ、と言った。
今ある傘は、暫く使わなかったら骨が錆びてしまったの。
私は、明日外に出られない。
傘もなければ、雨具もない。
傘を借りに、外へも行けない。
そうなれば必然的に買い物に行けない。
その男は、なんだったのかしら。
なぜ、あの傘をあの日に買ったのかしら。
やっぱり、買っておけばよかった。
今日、大雨が降ったわ。
天気とは似ても似つかない、晴天の中、ざあざあと音を立てて五月蝿く降った。こういうの、狐の嫁入りと言うのでしたっけ。
はっと気付いたら玄関でチャイムが鳴っていて、出てみれば高身長のいい背広を着た男が立っていた。
「あなた…どちら様?」
「わたくしは、貴女に傘を差し上げに参りましたものです。」
「…あら、その傘。」
男の手には、真っ赤な傘が握られていた。
「私が欲しかった傘だわ。なあに、これは。」
「貴女に、唯差し上げたくて。こちらでは無かったでしょうか?」
「あっ…いいえ、これ。これよ。」
「ならよかったです。」
晴天の中の雨が、だんだん更に強まってゆく。男は傘を持っていなかったみたいで、全体が雨で濡れてしまっていた。
「ああそうだ、雨に濡れてしまったのね。中にどうぞ。全く、傘を差せばよかったんですよ。」
「これは貴女の為の傘なので。」
「自分の傘は御持ちではないの?」
「わたくしに傘は要らないので。」
「そんな人は居ないわよ。もう、服をこれで拭きなさいな。」
「いや、これから帰るので大丈夫です。どうせまた濡れます。」
「馬鹿云わないでよ。」
男は、雨で濡れた背広の肩の水を軽くぱっぱと払うと、それではよい日々を、と言って被っていた帽子の位置を整えて颯爽と帰ってしまった。
「……こんな時に雨が止むなんて」
それはまるで、
「…嵐だわ。」
110209.