※性描写ほぼなし。あんまりハッピーじゃないかもしれないエンド






薄っぺらな唇。

いつも余裕ぶってるあいつの。

嘘っぽく紡ぐ愛の言葉。


「愛してる」

そういう度に「嘘を吐くな」と白い首に噛みついた。




嘘吐き





たった一度だけの経験、高校の夏。

とにかく暑かった。
汗がワイシャツに張り付いて、気持ちが悪かった。
あいつが仕掛けた俺を狙う奴らめがけてとにかくぶん投げた。

あいつを追い込んだそこは美術室で、目を細めて笑いながら
「あっれー、早かったねぇ?」
と小馬鹿にしたように言ったのだ。

普通の教室よりだいぶ大きな机に座りながら彫刻刀で彫られたであろう相合い傘を愛おしそうに撫でる。

「早かった、じゃねぇ、よ!」

ぜえぜえと息を切らす。窓は締め切って冷房が入っているが、外からの蝉の煩わしい声のせいでどうしても暑く感じてしまう。
「ねぇシズちゃん、俺がどうしてこういうことをすると思う?」

いつの間にか手に取り出したナイフは、先程まで撫でられていた相合い傘をズタズタに切り刻んだ。

「俺が嫌いだからだろ?それ以外に理由があんのかよ」

「うーん、残念ながら不正解」

「…あ?」

恥ずかしいなぁ、なんて言うのもどこかわざとらしい。
読めなくなる程に傷つけた机を見て満足そうに笑えば、もう興味はなくなったとナイフを放り投げた。

「ぅあ…っなんだよ、お前」

ぐい、と思い切り腕を引き寄せられ、体制を崩した。臨也の無駄に整ったな顔がどアップになる。

「シズちゃん、好きなんだ君のことが」

いつもと同じ薄ら寒い笑顔。
俺を嫌いだと、殺したいと言う声色と全く変わらなかった。
それでも顔は少しずつ近づく。

「は…、何考えてんだよお前」

いつも何を考えているかなんてわからないが、今日のこいつはいつも以上だ。
唇が触れるという寸前、いつも以上にニィ、と口角が上がった。

初めてのキスはスースーとしたメントスの味。
俺の嫌いな大嫌いな味だった。







しかし身体の関係はあの時きりだった。
それどころか次の日からはまるで何もなかったかのように、いつもの殺し合いが始まった。

俺はあいつが俺を好きだなんて信じなかった。
いつもの嫌がらせに多少スパイスを加えた程度のものだろう。

だからあいつがそのことに触れることもなく、ましてや俺から触れることもなかったのだ。


そしてあれから五回目の夏のある日。
いつも以上に俺を狙いやがる奴が多かった。誰が仕向けたかはどう考えても明らかだった。
しかしおかしい。臨也が新宿に拠点を移してからほとんどなかったはずなのに。


そして襲ってきた命知らずの数十人を蹴散らして日も落ち掛けた頃、この暑い中にファーコートを着込んだアホが現れた。


「やーだぁ…見つかっちゃった?」

「見ただけで暑くなんだよ手前は」

「シズちゃんには言われたくないなぁ、いっつもバーテン服のくせに」


路地裏は日陰と言えども熱気がこもっていた。
うるさいほどの蝉の声。
汗が首を伝う。
追い詰めたあいつ。

既視感が頭の中を巡る。

「シズちゃんは、もう忘れちゃったかな」

「…何をだ」

「俺とのセックスだよ」

「……忘れるわけがねぇだろ」


思った以上に低い声が出た。
それでもこいつは楽しそうに笑うだけ。


「ああそう。ならお願いがあるんだ」

「あ?誰が手前のお願いなんて
「また抱いてよ」


眉間に皺が深くなった瞬間だった。
あのときと同じ薄っぺらな笑顔。
立ち尽くした俺の腕を引き寄せて、未だに処理が追いつかない俺のタイを引いて唇を合わせた。

「なっ、にして、お前…」

「俺は君が好きだって言ってるだろ」

「嘘をつけ」

「何でも良いから抱いてよ。この近くに俺の隠れ家あるんだ」





熱に浮かされた。
何故そんな誘いに乗ったかときかれたらそう答えるしかない。

「…邪魔する」
「いいよそんなに気つかわなくて」

隠れ家と称されたそこは小綺麗ではあるが狭い部屋だった。

生活感のないベッドとパソコンのみの部屋。使われた様子のないキッチン。
しかしクーラーは効いていてゆっくりと汗が引いていくのを感じた。

「俺はね、シズちゃんを愛してるんだよ」

「嘘をつけ」

「そればっかり。どうしてそう思うんだよ」

「手前の口から嘘以外の言葉を聞いたことがねぇからな」


残念、と口ばかりに薄っぺらな笑みは崩れなかった。
気に入らねぇ気に入らねぇ。こいつの全てが。

噛みつくように口付けて、白い肌を引っ掻くように指をはわせる。

嬌声というよりは、小さく声をかみ殺した荒い息。それでも口元はカーブを描いたままなのが腹立たしかった。

指で軽く慣らしてから扱いて勃たせたそれを無理矢理押し込む。
気持ちいいというよりは痛いほどの締め付けだった。
避けているようで血がにじむ。そんなの俺は関係ない。
己が達するために突き動かして、痛みに呻く声とシーツを握りすぎて真っ白に染まる指を他人事のように見下ろした。


痛いはずのあいつはそれでも時たま笑みを浮かべてもっとして、と強請るのが腹立たしい。

だから望み通り動き続け、何度も中へ、顔へ、腹へ、吐き出した。

それは朝方までにも及んだ。
俺の首へ伸ばされた手が触れる寸前でぱたりと落ちてそのまま寝息へと変わるまで。

こいつと寝るのなんて嫌で嫌で仕方ない。でも動きつかれた体は何も言うことを聞かず、体を拭う余裕すらなく少し硬めのベッドへ沈んだ。

夢の中でのあいつは、嫌がらせのように何度も『愛してる』と繰り返す。

なぜだか俺はそれを嫌だと思えなくて、むしろ笑ってあいつの髪をくしゃりと撫でた。

『俺も愛し─…



ハッと目を覚ます。
何度も精を吐いた腰はダルかったが今日は夕方から仕事だ。

もうベッドにはあいつはいなかった。
あいつも俺と朝まで一緒にいたいなんてことは微塵も思わなかったはずだ。

急がなくては。何しろあいつの臭いが染み付いてしまってはせっかく弟にもらった服が台無しになってしまう。

それなのに、何故か胸が痛む。
突き刺すような痛みにそんなはずはないと首を振って否定した。
胸くそ悪いあいつの臭いと夢の所為で少しばかり頭がおかしくなっているだけだ。

無駄なことを考えている暇はない。さっさとここから出よう。
時間を確認するとまだ昼前。ここからなら事務所まで10分もかからずに着くだろう。

ダルいからだに鞭を打って起き上がり、くしゃくしゃのままのワイシャツを身につける。
ふと足元に転がる紙を見つけた。
達筆とは言えない字ではあったし、どうみてもメモの切れ端だ。
拾い上げようとするとノミ蟲が呼ぶ忌々しいあだ名が目に入った。

あいつが俺に何か書くなんて気色悪い。

─────────────


拝啓、シズちゃんへ
君へ手紙を書く日が来るなんて夢にも思わなかったよ。本当は口頭で伝えるのが一番だと思ったんだけどね。
あまり時間がないんだ。前置きは省かせてもらおう。

君のことを好きなんて嘘。大嘘。
でも君は忘れられなくなっただろう?
昨日のこと、高校の頃のこと。

もう俺は君に会うことはない。
俺がいなければ君の願いは叶うよ。名前通り平和に、静かに暮らすといい。
でもそれじゃあつまらないからね。
最後の嫌がらせだよ。

俺を一生忘れられなくなればいい。

俺は君のことが大嫌いなんだから。

それじゃあね。
愛してるよ、シズちゃん

─────────────


余白にあるボールペンの試し書きの跡が急いで書いたことを感じさせた。

ぐしゃり。
読んでいる途中も胸くそ悪かったが、読み終えた途端に爆発した。
メモを握り潰してビリビリに破く。


誰が忘れないって?
そんなわけがあるか。自意識過剰め。

嘘なのは最初から分かっていたんだ。
あいつの口はいつもニタニタと笑っていたじゃないか。


なのになんで。

苛立ちから知らないうちに唇を噛み締めていたらしい。
口内には鉄の味が広がった。

「…っくそ…ッ」

力任せに壁を殴れば思い切り穴が空いた。
知るか。俺の部屋じゃねぇんだ。

適当に服を着込むと探す宛てもなく部屋を飛び出した。走って、走って、走った。

クソノミ蟲をぶん殴ってやらねぇと気が済まない。

がむしゃらに走った。


俺は初めてその日、無断欠勤をした。




100804 更新
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