和解したのはいつだったっけな、と、ふと、ひとりごちた。
 巨人に両親を殺され、その復讐のために兵団に入った私と、その憎しみを乗り越え、もはや「研究対象」として見初めているハンジ。昔むかしのお話だから私はまだ若かったし、出会った頃は口論ばかりしていた。復讐を声を震わせながら誓った私を、ハンジは冷静な目で見つめていた。
 


 キィ、と金具が擦れる音がして、マグカップを二つ持った手が現れた。

「ここに居るって聞いたから。何してたの?」

 ハンジはマグカップを一つ、テーブルの上に置くと、私の横に座った。


「昔のことを、考えてた」
「へぇ? あなたが尖ってた頃の話かな?」

 茶化すような声色だ。

「若かったの」
「ハハッ、そうだね。あなたは若かったよ」
「ハンジもでしょ」
「私はけっこう成熟してたよ」

 他愛もない話を、こんな風に二人でするようになったのはいつからか。
 何も分からなかった、知らなかった、団長が考えていること、この世界のために在ること……私がすべきことは、なんなのかを。

 コーヒーを少しだけ流し込むと、喉が焼けそうな甘さが走る。大量の牛乳と、砂糖。どちらも貴重なものなのに、ハンジが持ってくるコーヒーはいつもそれがいらないほど入っているんだ。
 胸が張り裂けそうになる夜、ハンジは決まってそれを察知して、私の部屋を訪れる。

「あなたがいなくなったら、」
「ん?」
「あなたがいなくなったら、私はどうなってしまうんでしょうね」
「どうしたの、急に」

 ハンジのコーヒーは、ブラックのままだ。
 彼は優しいから。

「ハンジは、優しいから」
「私は、優しくなんかないよ。むしろ非情な人間だよ。なまえなら、分かるでしょ? 優しい人間が、この世界で生き残れるはずがない」
「分かってる……分かってるよ。でもね、あなたはね、優しいの。だから私は、いつもあなたに甘えてしまう。だからね、お願い、生きて」


『怒りに任せて復讐を続けても、巨人は消えない。私はあなたに生きて欲しい』

 そう悟すあの声すらも、まだ鮮明に覚えている。


「分かったよ、なまえ」


 困ったように笑う顔も。染み付いたブラックの香りも。髪を撫でる指も。
 あなたの全てが愛おしい。
 甘すぎるコーヒーの味が、私の全てだった。


「おやすみ」


 明日は壁の外だというのに、私はまだ涙が止まらない。ずっと、あなたの愛に満たされていたいのに。



消えるからこそ愛おしい


「幸福論」さまへ。ありがとうございました


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