夜。暗い部屋の中。ぼんやりと天井を眺めながら眠りが訪れるのを待つ。
布団の中に放り出していた手にふいに何かがぶつかり、一気にまどろみから引き戻された。
手を握られた感覚がして、触れたものが隣にいるなまえの手だと気付く。
手が触れてしまうのはともかく、握られるのはどういうことだ。
起きているのだろうか。ただ寝ぼけただけか。声をかけようか迷ったが、なまえの落ち着いた息遣いを聞いているとその必要はないと思った。
少し熱を持った細い指の感触に息をのむ。
さて、この手はどうしたものか。
振りほどく理由はない。少しだけ握りかえそうかと指先に力を入れかけたとき、腕をなまえのほうへ引き寄せられた。
何が起こった。
俺の手の甲になまえの柔らかい頬が押し当てられている。
肌に僅かにかかる吐息に身体の奥がゾクリと震えた。
突拍子なくおかしな事をやりだす女なのは知っていたが、こんな…
「お、おいなまえ「冷たい…」
ん?
つめたい?
…確かになまえの身体は火照っていて、俺の手は冷えているが。
まさかコイツ、俺の手を握ったのも、頬をすり寄せたのもただの冷却目的で…
「くっ…………」
一連の記憶を消したい。ものすごく消したい。こんな馬鹿な事で俺があれこれ悩み考え困惑させられたなど…
俺の手を勝手に使うな とくっついている頬を引き剥がそうとしたが、いつもより幸せそうな寝顔を見るとそんな気も失せてしまった。
今は特別に許してやる。起きたら覚悟しろよ。
開け放たれた窓の外から虫の声が聞こえてくる。
ふとカーテンが浮いて心地よい風が二人の髪をかすめていった。
夜はこれから。
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