ふいに風に乗ったしゃぼん玉が髪の横を通り抜けた。
周りを見渡すといくつも空中を漂っているので、近くで子供でも遊んでいるのだろうと考えたとき。

今まさに探していた女が、建物の屋上で赤い容器を片手にしゃぼんを膨らませていたから呆れかえった。
ストローに息を吹き込んでいるなまえの隣に降り立って声をかける。



「なまえ、何をしてる」
「しゃぼん玉ー。懐かしいでしょ」
「くだらん」
「えー、いいじゃない」 



こいつのおかしな行動はいつものことだが、気に入らないのは俺のほうを一瞥もせずにしゃぼん玉を吹き続けていることだ。
俺が顔を見せに来たというのにいつまでそれを続けるつもりだ。


少し苛立ちながら横顔を見ていると、ふと悪い考えが思い付いた。
警戒心の欠片もないアホ面にこれから起こる悲劇を想像すると自然と口元が上がる。

なまえがくわえたストローに指を近づけ、わざと下側から上に向かって弾いてやった。しゃぼんの液が光を反射させながら傾いたストローに沿って綺麗につたっていく。



「ぶわっ!にっが!!」
「おっと、手がすべった」



うまく液が奴の口に流れ込んだようだ。唾を吐き出しながら面白いくらい悶絶しているから気分がいい。



「ククク…大丈夫か?」
「…このっ!」
「!!」



首もとの布を勢いよく引っ張られ、そのまま口になまえの唇を押し当てられた。


「…っ!」



行為を理解して全身が熱くなると同時に、なまえの口に付いたしゃぼん液の無機質な苦みが口内に広がる。
舌先が痺れ急いで顔を引き離した。



「ぶふっ!きっさま…!」
「あー口がすべっちゃった。ごめんねぇー」



まんまとやり返された。睨み付けると生意気な笑みを浮かべながら手の甲で口を拭っていたから腹立たしい。

言葉の意味が違うだろと言いたかったが、肝心のなまえは俺が口を拭っている間に「バーカ」と捨て台詞を吐いて逃げていった。




まさかあの女に出し抜かれるとは。
苦さは消えて無くなり、馬鹿馬鹿しい口付けの感触だけが残っている。


このままアイツを勝った気にさせておくのは癪だ。それに、あれだけで終わりというのはあまりに味気ないだろう。一瞬だがその気にさせた責任は取れ。



悔しがるなまえの姿を想像しながら後を追った。







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