女のそばに近寄ってみる。
彼女はヒールの折れた靴を見て溜め息をついていた。背後に怪人が迫っているが生きるのを諦めたのだろうか。
だがまだ俺の知りたい事が聞けていない。
お前が死ぬのは今ではないぞ。


俺に気付いて不思議そうに見上げてきた女を抱え上げる。


「えっ?何っ!?」



背後の怪人が鋭い爪のついた腕を振り下ろすより早く建物の上に飛び上がった。


 

「あなた誰? キャッ怪人!あんな近くに… え?えぇ?」


この反応…こいつ怪人に気付いていなかったのか?



「あの、助けてくれてありがとうございました」
「お前怪人に気付いていないのになぜ走っていた?」
「えっと」


実は…と鞄から取り出されたのはスーパーのタイムセールのチラシ。
どうでもいい理由だった。こんな理由であんな真剣に走っていたとは。助けなければよかった。



「あの…お名前を教えてくれませんか?」
「俺は暗殺から用心棒まで何でも請負う最強の忍者、音速のソニックだ」
「音速?」






「じゃあすごく速いんですね」

「!」



じゃあすごく速いんですね…すごく速いんですね…速いんですね…





ハッ なんだ今のは?
この女の柔らかい笑顔と心地良い言葉を聞いた瞬間、胸のあたりが変な感じに。




「音速のソニックさん、さっきは本当にありがとうございました。私そろそろ帰りますね」


帰るのか…。そうだ。いつまでもこんな所にいる理由がない。当たり前の事だ。なぜこんなモヤモヤした気持ちになる。ん?

女の足元。さっき転んで壊れた靴。


「その靴で帰るのか?」
「アハハ、ゆっくり歩きます。これじゃあ特売も間に合わないですし」

「俺が店まで連れて行ってやる」
「え」



待て、俺は何を言っている!?
女も目を丸くして俺の顔を見ている。こんな引き止めるような事を言ってどうするというのだ。



「いいんですか?でも時間がほんとにギリギリ…」
「俺は音速のソニックだ。ここから特売が始まる前にスーパーに辿り着く事など容易い」


俺がそう言ったとたんとても嬉しそうな顔になる。何がなんでもスーパーへ送り届けてやろうと誓った。


「しっかり掴まっていろ」
「はい!」



再び女を抱えて隣のビルの上へ飛び移る。



飛び移りながら気付かれないように腕の中にいる女を盗み見た。
怖がっているかと思ったらそんな様子は微塵も無く、瞳を輝かせながら下の景色を見ていた。その顔にまた胸のあたりに不思議な感じが広がってしまう。視線を戻して何も考えないように、ただ駆ける事に集中した。







「着いた!」
「ギリギリだな」
「ソニックさん!本当にありがとうございます!」



任務達成。俺にかかれば当然の結果だがな。




「君ねぇ!怪人が出てるんだよ!?こんな状況でタイムセールとかありえないでしょ!早く避難するんだよぉ!!」
「そんなぁ!お魚ー!」


…………なにやら不穏な会話が横から聞こえてくるんだが。


「お願いします!お魚だけ売ってください!買ったらすぐ帰りますからぁ」
「ダメダメダメダメ!!だいたい帰るんじゃなくて避難するんだよ!ヒ・ナ・ン!!」
「いやあああぁ」


気のせいではない。ハッキリと店員と女のもめる会話が聞こえる。



「そ…ソニックさん…」
「………」
「さぁー避難するからこっちに来なさい!」
「離してー」


こればかりは俺にもどうする事もできんぞ。





「ソニックさん!」


店員に引きずられながら俺に呼び掛けてくる。
急に威勢のいい声になってどうしたというんだ。


「なんだ?」

「お魚はダメだったけど私空飛んだの初めてでした!とっても楽しかったです!」
「!」


また笑ってる。なんなんだこの女は。不思議な女だ。


「あの程度の事が楽しかったのか」
「ソニックさんも楽しそうですよ」


は?俺が?
コイツに言われて自分の口元が上がってたことに気付いた。
慌てて掌で隠す。



「はやく来なさい!」
「あぁっすみません!」


スーパーのオジサンに腕を引っ張られる。


「ほらっ!そこの黒い兄ちゃんも!」
「ソニックさん行きましょー」

「俺はいい」


一言そう言ってビルの上に飛び上がる。



「消えたぞ…何者だあの兄ちゃん…ヒーロー?」
「忍者で音速って言ってました」







建物を飛び移りながら考える。楽しそう?俺が?
楽しかった、かもしれない。
じゃあ速いんですね!と笑ったあの顔が脳裏に焼き付いていた。









「先生!起きてください!」
「ふぁっ いや聞いてたよ。えーっと、助けに行って可愛くて惚れちゃったんだろ?」
「合っている…先生は寝ていながら周囲の会話状況を把握する事が可能なのか」
「いや…その…」




「どうだ。これが俺となまえの出会いだ。お前らは100回生まれ変わってもこんな経験はしないだろう」

「あー、まぁ頑張れよ。傘届けとか偉いな。今時サザエさんくらいしかやってねぇだろ。傘届け」

「昼の予報で夕方から雨が降るのを知った俺はこうしてなまえの通勤路で帰りを待っているのだ」



「…………」
「…………」



「え?じゃあお前雨降るずっと前からここでなまえとかいうやつを待ってんの?」


どうりでコイツ全く濡れてないわけだよ…


「やはり変態ストーカーだったか。通報しよう」
「待て!俺のどこがストーカーだ!」



「そして傘を二本持っているが、一つの傘を二人で、というほうが定番だろう」 
「!?」
「ジェノスが正しい」
「!!!」



一つの傘を二人でだと?

こいつらのダメ出しも腹立たしいが、なぜ俺はこいつらのような発想ができなかった?
天気予報見てからなまえを迎えに行こうと思い立った今までの行動を思い返す。全く想定しなかった。頭を抱える。


いや普通に当初の計画通り傘をわたして。あぁでもなまえと同じ傘に…だがどうやって俺の傘に入れれば…



「ハッ 熱源反応!」
「何っ」
「なまえってやつじゃね ハハ」











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