虚飾


 朗らかな笑顔の老将は、酒に誘った友人から承諾を貰って上機嫌だった。
 弘中隆兼は渋々といった様子で、注がれた酒を仰ぐ。
「……して、何用か」
 盃を置いた隆兼は鋭い目つきで友を睨み上げた。
「警戒しすぎではないかね」
 目尻に皺を寄せ、毛利元就は隆兼の顔を覗きこんだ。がっしりとした骨格の男はいかにも武人という風体で、肉の削げ始めた元就とは正反対に見える。
「それが友にする目か?」
「友だからこそ、貴殿は信用出来ませぬ」
 普段は髪を全て後ろに流し、きつく結わえている隆兼だが、今は夜の酒席とあって解いているので数本が前に垂れてきている。元就はそれを指で満足気に掬い取った。
「ああ、良いぞ。それでこそ我が友たり得る男だ。情に眩んで客観的な判断が下せないようでは物足りん」
「……お戯れを」
 顔を近付けてきた元就を隆兼が手で制止する。元就は笑っている。
「戯れと思うか?」
「戯れでなければ、何と申すのです。貴殿は私で試しているだけでございましょう」
「ほう、何を試すと?」
 挑戦的な元就の瞳にも隆兼は動じず、淡々と返す。
「何処までが友に許される範囲かを」
 元就は目を閉じてにっと笑った。白くなった髪が揺れる。
「お前は頭が回るな」
 制していた手の首を握り、元就は隆兼の鎖骨辺りに唇を寄せた。触れる直前で隆兼が身体を引く。
「何をされようと、貴殿に思うことは変わりませぬ」
「では、何をしても構わんだろう」
「揚げ足を取らないで頂きたく」
 若く力もある隆兼に押しのけられると、元就も流石に離れざるを得ない。不機嫌に眉を歪ませながら、隆兼から少し距離を取った。
「知っての通り、私に友はお前しか居ない。だからこそ気になるのだよ。お前は何処まで私の友でいてくれるのか、とね」
 元就はごそりと服の間を探ると、瓢箪を取り出して中の水を仰いだ。元就は酒を好まない。用意されたものは殆ど隆兼のためだ。呆れた顔をしている隆兼に再度近寄り、元就は床にもつくほど長いその髪を掴むや否や引っ張りあげ、口に水を含んだまま隆兼にの唇を吸った。逃げようとする隆兼の髪から頭へと掴む場所を変え、溢れるのも構わずに相手の口へ水を流し込む。
 唇を離すと、隆兼は呆然としていた。その隙に元就はすかさず瓢箪の口を隆兼に突っ込み、無理矢理傾ける。当然暴れようとする隆兼だが、鼻を抓まれて呼吸すら思い通りにならない。
「ほら、さっさと飲んでしまえ」
 元就が笑い、隆兼の顔が青ざめる。何があろうと飲み切るまで元就はやめる気がないらしい、と悟り、苦いこの液体を怪しみながらも仕方なく喉へ迎えた。瓢箪が空になるまで飲み切り、漸く解放される。隆兼はひとしきり噎せた後、大きく息を吸った。
「力技……ですな……」
「敏いと困ることもあるのだよ。例えば酒なんかに混ぜてしまったら、お前はもう口をつけなくなってしまうだろう?」
「……何を、混ぜたのです」
 隆兼は至極冷静に尋ねた。口の端から飲み切れなかった液体が垂れている。
「何、少々身体が痺れる程度の毒だ」
 悪びれることもなく元就は答えた。暫くにこにこと眺めて待ち、隆兼が黙り込んで大人しくなった頃にその帯を取って後ろ手に縛り始める。
「お前はどんなに私が吹っ掛けても効かないからな。たまには強引にいかせてもらおう」
「……元就殿、悪ふざけが過ぎます」
 喘ぎ喘ぎ隆兼は言うのだが、元就が聞き入れる様子はない。邪魔だと言わんばかりに布を取っ払い、縛った両手まで捲り上げてしまう。鍛えられた筋肉をうっとりと撫で、元就はおもむろに立ち上がった。
「これでもまだ、悪ふざけと言うか?」
 硬くなった陰茎を取り出し、隆兼の眼前に突き付ける。隆兼は身動いだ。
「お止め下され、元就殿。私にその気はありませぬ」
「知っている。が、関係はない。さて隆兼、これでもまだ私を友と認めるか?」
「……私が好かれたが故のこと。受け入れずとも嫌うわけではございませぬ」
「しぶといな」
 くつりと笑い、元就は懐から包みを出した。二本ほどの筒が入っているように見える。隆兼は訝しげに包みを眺めた。元就が言う。
「さて、隆兼、今からお前を抱きたいわけだが」
「……そのようですな」
「元よりそんな趣味はなく、男相手に前戯などやっていられない。だが余計な痛みを受けたくはない」
 徐々に頭が回り始めた隆兼は、額に汗を浮かべた。顔色の変わった隆兼を元就は満足気に見遣り、包みを解く。
 包みの中には大小の張り形が入っていた。小は並みの男より一回り細いものだが、大は実物よりも少し大きく、表面にいくつか突起が彫られている。
「察しがついたか?」
 元就の笑顔から逃げるように、隆兼は身を捩って後退ろうとしたが、腕を縛られ身体に力も入らない現状ではそれすら儘ならない。元就は足を掴んで開かせると、小さな方を隆兼の菊門にあてがった。
「待て元就殿、そのような真似は」
「もう遅い」
 ぐっと勢い良く押し込み、頑なに拒もうとする肉を疎むように体重をかける。先端が僅かに入り込んだのを見て、元就は張り形を奥まで押し込んだ。
「ひぎっ」
 短い、されども鋭い悲鳴が上がる。張り形を赤い体液が伝っている。隆兼の口元についた泡を舌で拭い、張り形で内壁を抉る。目を剥いて喚く隆兼に満足気な様子の元就は、張り形を激しく抜き差しすることにした。中が裂けて血が流れ落ちるのも、元就にとっては自分を刺激する材料でしかない。
「さあ、もう少し広げてしまおうか」
 張り形が抜かれる。隆兼は安堵の表情を浮かべることもなく、必死に息を整えようとした。次が予測出来ないほど愚かではない。
 元就は大きな方の張り形を隆兼に見せた。よく観察すると、突起の一つ一つは棘のように尖っている。肌に刺さる程ではないが、隆兼はすぐに意味を理解した。
「や、やめろ……」
 戦場での勇猛さも、平時での冷静さも、そこにはない。震えた声で隆兼は制止しようとするが、無駄であることも分かっていた。だからこそ元就も笑いかけ、張り形を、やはり勢い良く突き立てた。
「っぎあああああ!」
 見開いた目から涙が落ちる。既に傷だらけの内部はさらに割かれ、引っ掻き回され、耐え切れる痛みではなくなっていた。ヒイヒイと呼吸を繰り返すのみとなった隆兼の頭を撫で、元就は張り形をくるりと回した。
「ぐうっ」
 徐々に力が戻ってきたらしく、隆兼は歯を食い縛って悲鳴を堪えた。噛んだ唇が切れている。怯える瞳と目が合った。もうやめてくれ、と、心の底から訴えているように見える。
 元就は微笑んだ。
「くっ、ひぐっ、うう……」
 抜き挿したり、回したりと、張り形で遊ぶ度に隆兼は呻く。棘が肉壁に引っかかり、既に出来ていた傷口を捻じ開けて抉る。激痛などというものではない。それでも戦のため作り上げられた身体は痛みに気絶することを許さない。
 やっと張り形が引き抜かれたとき、隆兼は床に倒れこみ天井をぼんやりと見上げた。焦点のあわない隆兼に伸し掛かり、元就はことさら愛おしげに髪を撫でる。
「まだ寝て貰っては困る。本番はこれからだぞ」
 隆兼は何も答えず、元就の陰茎をやんわりと受け入れた。強引に広げられ、力の抜けきった体内は容易に踏み荒らすことが出来る。
 繋がったまま元就が果てるまで、隆兼は声にならない息だけを上げていた。涙も止まることがない。開いた穴から血と混ざって薄紅色になった汁が垂れる。
「このままでは腹を壊してしまうな」
 今更何を、と目だけを動かした隆兼はがたりと震えた。血の染みた、棘つきの張り形が元就の手にある。
「心配するな、今掻き出してやろう……」
「ひっ……」
 ずぷりと、張り形が捩じ込まれる。
「あああああああああああ!」
 涙と唾液が落ちて、床に溜まった血を薄めた。

 意識こそはっきりしているものの、隆兼はまともに動ける状態には中々戻らなかった。立つことさえ出来ず、床に伏したままでいる。
「死にたいか?」
 元就が問う。隆兼は僅かながら頷いた。
「……このような恥を晒して、生きるわけにはいきませぬ……」
「だが、表立った理由のない今腹を切れば、憶測を立てられることだろう。あらぬ疑心で弘中の名を貶められるやもしれん」
 隆兼は顔を上げた。元就はそれも計算ずくといった顔で笑う。
「しかし、何も私は鬼ではない。もう満足した……とは言い難いが、お前が絶縁したいというのであれば仕方もあるまい」
「ふっ……」
 軽く笑った隆兼に、元就はやや驚いた。想定外の反応である。
「……元より、貴殿を信用してはおりませぬ。何をされようとも貴殿が友であることに変わりはありませぬ。そして、簡単に友を見限るような男は弘中には居ませぬ」
 ぐったりとしていた隆兼だが、なんとか上体だけは起こした。
「家が続く限りは、友であり続けましょう」
 隆兼の目は暗い。
 元就は言い様のない苛立ちを覚えたが、これ以上はと思い留まり、隆兼に塗り薬を手渡してやった。




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