筒井2


現パロ。




 聞き慣れたエンジン音が近付き、筒井順慶は店先に出て駐車場に入る車を待った。白い軽トラックから体格のいい男が降りてくる。
「おかえりなさい」
 順慶が微笑みかけると、男、島左近も微笑を返す。
「ただいま戻りましたよ」
 奈良の小さな花屋からは今日も微かな花の香が漂っている。
 順慶は店頭に下げられた「営業中」の看板をひっくり返すと、中に入って左近と共にシャッターを閉めた。店舗内を抜けて奥から住居の方へ入り、店舗の明かりを落とす。
「店の方はどうでした?」
「数人いらっしゃっていましたよ」
「こっちは園児に囲まれて大変でしたよ」
「どこも入園式ですからね。もう暫くはありそうです」
 仕事用のエプロンを外し、ハンガーにかける。白と茶のチェックと、黒のエプロンが壁に並んでいる。
「もういい頃合いでしたよ」
 夕飯の最中に左近がそう言った。順慶は首を傾げたが、微笑している左近を見て合点がいった。
「そうですか……もう春ですね」
「次の休みにでも、どうです? 旦那」
 順慶は黙って笑顔だけを左近に返した。
 島左近の本名を、順慶は知らない。取り立てて聞こうともしていない。前の場所で騙されて借金を追い、全て失ったことだけは知っている。そうして行き倒れた男を拾い上げ、足元にあった薄紅の花弁を見て左近と呼び始めたのが順慶だった。
 今、左近は順慶の家で居候をしながら、若い順慶の営む花屋を手伝っている。
 得体のしれない人間を簡単に連れ込むなんて何と無防備な、と左近は今でも思うのだが、そのおかげで家を得たのだから文句も言えない。
 隣で眠る順慶を眺めながら、左近は出逢った頃のことを思い出していた。

 薄紅の咲き誇る河川敷を二人は歩く。広い河川敷にはちょっとした遊具などもあり、休日なら子供連れの姿もあるのだが、今は週半ばの水曜日だ。時折犬の散歩をする主婦や、ベンチに座って談笑する老人の姿が見られるばかりである。
 ざあ、と風が枝を揺らし、順慶と左近の姿を花弁が包み込んだ。
「左近桜」
 左近の髪に乗った花弁を取りながら順慶が笑う。その頭にも、やはり花弁がついている。
「……ですね」
 抜けるような青空の下、二人は河原に座って弁当を広げた。水面がきらきらと光っている。近くの道路からは車の音が聞こえる。
 春だった。桜の枝で羽を休める小鳥が小さく鳴いた。




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