ひさひでのじゆうけんきゅう 玉の章


 松永久秀は暇を持て余していた。
 せめてもの慰みにと蜘蛛を撫でる。普段は飼っている数十匹の中から五匹程度を後退で連れ歩いているが、どれも違う種類の毒を持っている。
 ふと閃いた久秀は、主の三好長慶に声をかけることもせずにいそいそと出て行った。
 風に前髪が膨らむ。肩の上や服の中に潜り込ませている蜘蛛は久秀の特別気に入っている子たちだ。
 蜘蛛といる限り、久秀は上機嫌だ。しかし上機嫌ということは、彼の享楽に付き合わされる被害者が増えるということでもある。
 茶器、蜘蛛、戦。久秀がこよなく愛するものだが、当面戦の予定はない。久秀も自ら戦を起こす気分ではなく、茶器を撫でるだけではつまらなくなったため、蜘蛛をつれて代わりの暇潰しを探している。
 さて、何処へ向かいましょうか。迷う久秀は、しかし朗らかに夕暮れを歩く。

 堺の街に青い南蛮物の帽子が揺れている。
 様子からして、宿へ戻る最中のようだ。首や両手首に念珠を巻き、外套を羽織った僧の後を、久秀は遠くからつけはじめた。
「あれは、毛利の者ですね」
 蜘蛛に語りかける。蜘蛛はこきりと頭を傾けた。日は暮れていく。
 安国寺恵瓊は立ち止まり、周囲を見回した。目的の宿は目の前にある。軒先に立っていた女が不思議そうに恵瓊を見た。宿泊するのも一度や二度ではない。中には顔なじみもいる。
「おかえりなさい、恵瓊様。どうなさいました?」
「いえ……」
 恵瓊の細い視線はただ気配だけを捉え、違和感をその目で明かすことが出来ない。
「……気のせいでしょう」
 一瞬頭に思い浮かんだ予見を振り払い、暖簾を潜る。
 夜の帳が降り、辺りは闇に包まれる。
 久秀は適当な浪人に声をかけ、宿場を訪れていた。蜘蛛は服の中に隠してある。
「一部屋、用意していただけませんかな?」
 突然訪れた一団に女将は目を丸くした。松永久秀といえば、目に大きな傷のある老将――という風に噂されている。最も、ここでは恐れの対象ではない。敬いの対象だ。
 久秀は、ああ良いのです、と畏まる女将に断りを入れた。
「一部屋だけでよろしいので?」
「ええ、少々休む程度ですから。ああ、それと……」
 くっと上がった口角に皺が寄る。
「安国寺の恵瓊という僧が、訪れていませんかな? 実は先刻彼と話をしたのですが、私としたことが、その際渡すべき土産を忘れてしまっていたのです」
 勿論でまかせではあるが、女将は疑うこともなく快く部屋を教えた。

 戸が叩かれる。
「失礼致します。お客様にお逢いしたいという方がいらっしゃいます」
 板越しの聞きなれない男の声に、恵瓊は首を傾げた。そっと戸を開く。
「はて、私に覚えはあり……」
 口を抑えられ、そのまま畳に引き倒される。帽子と外套を脱いだ今も外そうとしない念珠が手首と畳の間でじゃらりと騒ぐ。
 戸は閉まっていた。恵瓊は倒された状態で、自分を抑える男と、その後ろに一人、そして戸の前にもう一人の姿を認識した。それは徐々に近付いてきている。
「さあ、楽にして差し上げましょう」
 歪んだ笑顔が視界いっぱいに広がる。老いた手の上には蜘蛛が座っている。
 蜘蛛が念珠に乗り、手首へ浮かぶ血の管に歯を立てた。
 痙攣する身体が落ち着いた頃、久秀は漸く男を恵瓊の上から退くよう命じた。頬から口にかけて、恵瓊に赤い手形が残っている。
「あ……貴方は……」
 恵瓊は細い呼吸を繰り返している。
「暇を持て余していましてねえ。恨むのならば、そんな折に見つかってしまった運命を呪いなさい」
 揺らぐ恵瓊の視野で、久秀が蜘蛛と共に微笑んでいる。
「何、魂までは取りませぬよ。貴殿が可笑しな音色を奏でてくださればね……」
 身体が麻痺している。思うように動かない。恵瓊は焦燥感の中で舌を巻いた。
「私のようなものに手下まで使うとは、祝着至極に存じますよ……」
「さっきそこで買った手駒ですがね。とはいえ、きっちり選別はしております。男に勃つ気性でなければ役に立たぬ故」
「フフ……松永弾正ともあろう方が、こんな場所で時間を潰していていいのですか?」
「元より神出鬼没を身上とさせて頂いておりますからねぇ」
 のらりくらりと会話を交わす間にも、久秀は恵瓊の身体を起こし、腕を背中側に引いた。既に身動きの取れない恵瓊の両腕を二つの念珠を絡めて縛り付ける。
「さて……では、私の手解きはこれまでにしておきましょう」
 恰幅のいい二人の浪人に目配せし、久秀は戸に凭れかかった。恵瓊の笑顔から汗が垂れる。
「やれ、この恵瓊に血相を変えるとは……相当の好き者ですねえ、貴方」
 乾いた音が響く。頬を殴られた恵瓊は勢いのまま頭を畳に打ち付けた。
「口の減らねえ坊主だ」
 そう言うなり、男は自分の着物を暴いて一物を恵瓊の顔に擦りつけた。つんときつい体臭が漂う。歯を食いしばろうとした恵瓊だが、どうにも力がなく、一物が唇を割って入るのを防げない。
「んぐっ」
 まだ柔らかい一物が恵瓊の舌にべたりと乗り上げる。込み上げる吐き気も虚しく、徐々に膨れ上がるそれを黙って突き入れられることしかできない。
 完全に硬くなったあたりで引き抜かれたが、息を整えるよりも早くもう一方が捩じ込まれた。薄く開いた恵瓊の瞳が濡れて光る。
 男が倒れた身体に伸し掛かって一物を突き刺している間も、恵瓊の足は僅かに抵抗の動きを見せている。それは本当に極僅かな抵抗だったが、それすらも腕で封じ込まれてしまう。
 股を開かされ、いよいよ恵瓊は焦燥を見せるが、どうにも身体がついていかない。服を奪われ何か叫ぼうにも相変わらず口は塞がれている。ひくつく菊門も指を拒むほど締まってはくれない。乱暴に指で広げられ、恵瓊は上下から感じる不快感に込み上げる胃液をひたすら堪えていた。今一物を口から引き抜かれては、すぐに嘔吐してしまうだろう。
「手心は必要ありませんよ」
 蜘蛛を撫でていた久秀が言う。
 それを合図として、菊門に一物があてがわれた。身を捩ろうとする恵瓊だが、当然上手く動いてはくれない。
 ふっと口を圧迫していたものが抜かれた。噎せながらも恵瓊は声を絞り出す。
「待っ……」
 鋭い痛みに目を見開く。とうとう涙が飛び散る。
「ひぃああっ」
 悲鳴と共に、畳へ鮮血が染みる。恵瓊の視界は薄らぎ、奥で笑う久秀の顔だけが鮮烈に焼きついた。

 赤と白、二種類の体液が混ざっては恵瓊から溢れ出る。
 もう誰の姿もなかった。恵瓊はゆっくりと身体を起こした。感覚が戻ってきている。
 ひとしきり吐き戻し、胃の中には何も残っていない。顔にかかった液体も丁寧に手拭いで拭き取り、恵瓊はその場で横になった。
 薄く手首に数珠の痕が残っている。
 仰向けになった先、天井に蜘蛛の姿が見える。
「……気は済みましたか?」
 闇夜に蜘蛛の笑う。
 再び抜けだした久秀は、次なる暇潰しを求めて旅立っていった。
 己の所業を省みることもなく、ただ爛々と。




▲ページトップへ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -