天邪鬼


 光が射し込み、小鳥はさえずる。
 頼廉は起き上がり、戸に寄りかかった。口の中にはまだ苦味が残っている。

 酒の臭いが充満している。頼廉は溜息と共に眉を寄せた。赤い顔の友は酒瓶を手にぐったりと伏している。
「呑み過ぎだ、孫市」
 孫市はああ、とかうう、とかという曖昧な言葉を吐く。
 部屋でじっと瞑想していた頼廉の元へ、既に泥酔していた孫市がやってきたのは夜更けの頃だった。作務衣姿の頼廉は胡座を解いて正座すると、渋々彼を迎え入れた。誰も止めなかったのかと嘆いても詮なきことだ。そもそも、珍しい事態でもない。
「女子に振られるのはいつものことであろう」
 さらりと言ってのける。孫市はぎろりと血走った目で頼廉を睨み上げたが、すぐその膝に頭を乗せごろりと転がった。そのために座を正したのではない、と頼廉は口の中でぼやく。どうせ本人は枕代わりとしか思ってないのだろう。そして、素面では決してやらないだろう、とも頼廉は思う。
「寝るならばせめて髪を解け」
 孫市の頭を少し動かさせ、髪留めを外す。ぱらりと髪が解けて頼廉の膝に落ちる。朝まで正座するのは慣れているが、人の頭を乗せて夜を越すことは流石にない。足が心配になってきたところで、孫市がふっと起き上がった。
「お前には、無縁の悩みだろうなあ……」
 怪しい呂律でぼそりと呟く。酔っぱらいの戯言だと、頼廉は聞き流すことに決める。
「水でも飲むか」
「平気だっての……ああ、俺、今回は結構本気だったんだぜ?」
「今回は、か」
「……悪いかよ」
 視線がぶつかる。頼廉は静かに首を左右に振った。
「大体、何故そこまでして女子を求める必要がある」
 心底理解出来ないといった風に頼廉が言う。孫市は一瞬だけはっと覚醒して、
「んなの、結局はやりたいからに決まってんだろ」
 聞いた頼廉は眉を顰めた。男の欲求としては分からなくもないが、やはり理解は出来ない。頼廉とて妻を娶ってはいるが、別段欲情した記憶はない。
「相手は誰でも良いのだな」
 呆れたように溜息を吐く頼廉は、このとき孫市が片眉を釣り上げたのに気付かない。
「……ああ、そうだよ」
 酒瓶が転がり、空の音を立てる。獲物を狙う狩人のような瞳に睨まれ、頼廉は怯んだ。それでも居住まいを崩すことはない。
「突っ込ませてくれんならお前だっていいくらいだ」
 あまりに直情的な言葉に、頼廉は暫く何も言えなかった。冗談だ、戯言だと、脳内でいくら処理しても余りある誘惑だった。
 友に恋慕の情を抱いてからもう久しい。そして叶わぬものだと決めつけてからも、もう久しい。聞き流してしまう方が正しいと分かっていながらも頼廉は静かに目を伏せた。
「……お前に男は抱けまい」
 まだ、制止の方が強い。頼廉は立ち上がり、水を持ってくる、と部屋を出ようとした。その腕を孫市の手が掴む。
「嫌なら嫌ってはっきり言えばいいだろ。俺に原因あるみたいな言い方しやがって」
「拙僧は……」
 振り解こうとして、頼廉はその場にもう一度座り込む。
「……拒む理由はない。拙僧が相手になることで、少しは気が晴れるのならば」
 酔った人間の戯言だ。そして自分もまた、この空気に酔っているのだ。強く言い聞かせた心が揺れる。
「お前に限って、二言はねえよな?」
 見つめた孫市の目は暗い。その目を真っ直ぐに見返し、頼廉は軽く頷いた。表情はいつも通りに硬い。
 ふらりとよろけながらも孫市は立ち上がり、頼廉の肩に手を置いて身体を支えた。そのまま黙って下半身の衣類を省き、突き付けられたまだ柔らかい一物を、頼廉は何か言われるまえに舌で撫でた。苦味が口内に広がったが、構わずに咥え込む。
 鼻から抜ける息を隠すように、口の中で一物を舐め回す。唾液が口の端から零れても知らず、徐々に大きくなる先端を吸った。口だけでは収まらないようになると、溢れた部分を両手で扱く。
「……慣れてんな」
 掠れた声が降り、頼廉はぱっと唇を離した。
「見様見真似だ」
 興味を抱かないだけであって異性との経験がないわけではないと言外に含ませ、再び口淫に励む。両手で竿を持ち上げて袋を吸い、境目、裏筋と順に舌を這わせ、もう一度先端から口内に迎え入れる。
「どっちでもいいけどよ……」
 孫市は上目遣いに見上げる頼廉の後頭部を掴み、自分の方へ引き寄せた。喉元まで亀頭が迫り、苦しさで頼廉は思わず目を見開く。だが抵抗はせず、揺り動かされるままに身を任せる。引き抜かれ、また根本まで突き立てられる度に噎せそうになったが、それでも舌を浮かせて受け入れる。
 玩具のようだ。頼廉はふとそう考えたが、元よりただ性欲を解消するだけの相手に選ばれただけであり、慈しみなど求めていないと首を振る。それでも下半身に熱は集まる。
 もぞりと頼廉が居心地の悪そうに膝を動かすと、孫市は手を離し、その口から引き抜いた。圧迫するものを失い、頼廉は溜まっていた息苦しさを咳に出す。異性から慕われる瞳に涙が浮かんでいる。若干歪んだ顔のまま、唇から垂れた唾液を指で掬い取った。
「……抱くつもりなら、少し待て」
 そう言って頼廉は自分の指を舐めて濡らし、空いたもう片手で下穿きを下ろした。鍛えられた腹筋に張り付くまで起ち上がった男根は先走りでぬらぬらと潤っている。
「俺より立派なもん持ってんじゃねえか」
 茶化す孫市には答えず、濡らした指を背中側から尻に伸ばす。それが窪みに到達すると、躊躇もせずに指を穴へ埋める。
「うっ……く……」
 流石に唾液だけでは辛いか、と何処か他人事のように感じながらも頼廉は寧ろ歓喜の声を堪える方に気を遣った。直腸を乱すように自らの指で掻き回す。声は抑えたが、腰はびくびくと震えた。
「お前さ……」
 降り注ぐ、呆れた声に頼廉は恐る恐る顔を上げる。平時とは少し違う笑顔がそこにはある。悪童のような、狩人のような。だがその笑顔に嫌悪感は抱かない。
「案外、誰にでも股開いてんのか?」
 あらぬ疑いに、頼廉はきっと孫市を睨んだ。
「そのように不埒な行いをするはずがない」
「誤魔化さなくてもいいじゃねえか」
「嘘など申さぬ」
「へえ」
 涙目で睨まれても怖くねえぜ、と嘯きながら、孫市は頼廉の胸板を強く押した。叩き付けられるように寝そべった頼廉の手が、転がっていた酒瓶にぶつかる。衝撃で指は抜けてしまった。開放された門がひくつき、隠すように閉じられた脚は難なく持ち上げられてしまう。
「待て、まだ早」
 い、という一文字は、熱い吐息とともに噛み殺される。
 本人の意思とは裏腹に――あるいはそれこそが本心なのかもしれないが――窄みはあっさりと友を受け入れた。雁首が内壁を擦って回り、背を仰け反らせる間に全て収まってしまう。
「その割には、随分緩いじゃねえか……」
 酔いは随分覚めてきたらしく、孫市の言葉遣いもはっきりしてきた。頼廉は肌に汗を浮かべ、首を振って否定する。
「……これ以前の経験など、誓って在り申せぬ」
「俺も男なんか抱こうと思ったこともないからよく分かんねえんだが……別に俺はお前が誰とやってろうが」
「違う、孫市、拙僧は、あっ」
 反論するために身体を起こした頼廉は、中で肉が擦れたのについ声を上げてしまった。上気していた頬がさらに色濃く染まる。だが構わず口を開き、一度閉じて、言葉を振り絞った。
「……自、分で、致していた」
 もう終わりだとばかりに頼廉は顔を背けた。幻滅されても文句は言えない。幻滅するほどの理想は描かれていないだろうが、とも思うが、それでもなお頼廉は孫市の顔をまともに見ることが出来ない。
 横になった耳にくつくつという乾いた笑い声だけが聞こえた。
「おいおい、散々人のこと咎めといて……」
 膝裏を抱えられ、頼廉はぐっと息を呑んだ。どのような謗りも受けよう、と覚悟をして目を閉じる。膝が胸につこうとするほど腰を持ち上げられ、唇を噛んだ。でなければ甘えた吐息を漏らしてしまいそうだった。
「当の本人がそれでいいのかよっ」
 際まで引き抜かれた一物が思い切り打ち付けられる。頼廉は閉じていた目を見開き、夜闇に呻くような喘ぎを響かせた。
 さらに目を開いてしまったせいで、抱えられた下半身がもろに見えてしまう。男に掘られて濁った先走りを漏らすほどの自身が逆さに転がされた頼廉の瞳に映る。
 謝罪を述べる前に頼廉は親指の付け根を噛んだ。そうしなければ声が漏れてしまいそうだった。粘膜ごと削り取るような荒々しい責め苦に耐えかね、割れた腹の上に白い液が飛び散る。
「仕方なく相手してやってるみたいなこと言ってた癖に、この様だ」
 射精の余韻で力が抜けたままの頼廉にも孫市は腰の勢いを緩めない。骨盤が激しくぶつかる度に頼廉の腹にとろとろと白濁が流れた。
「普段は涼しい顔して修行してるってのによ。お前に憧れて精進してる奴らが見たらどう思うだろうなあ……」
 身体の最も敏感な部分で一物を感じ取り、震えながら、頼廉は漸く手から歯を離す。既に肌には歯型が滲んでいる。
「……後生だ、決して他言はしないでくれ……」
「さて、どうしようかねえ」
 奥まで挿し込まれたまま、軽く揺さぶられる。息を詰め、睨んだ相手はやはり笑っている。だがその笑顔にも汗が浮かぶ。
「……頼む」
 頼廉が振り絞って言うと、孫市はふっと目を逸らした。
「俺はどうでもいいんだけどな」
「何でもしよう、だから」
「そう軽々しく言うもんじゃねえぜ」
 一物が引き抜かれる。無意識にそれを見送った頼廉だが、今度は促されるまま四つん這いになった。再び穴に銃口が宛てがわれる。
「くっ……うん……」
 抜ける息で犬のように鳴いて、汗だくの交わりは夜通し続いた。

 射し込む光で頼廉は目を覚ました。起き上がろうと支えを求めて突いた手に空の酒瓶が転がる。腰の辺りから痛みと怠さが広がっていたが、気にかけることもなく立ち上がる。
 戸を少し開けた。柔らかい、しかし既に熱を帯びた光が部屋に入り込む。その光が顔にかかり、眠っていた孫市が魘されるように身動ぎした。
「んー……もう朝かよ……」
「少々眠りすぎたようだな」
 もう活動しなければとも思ったのだが、響く痛みに負け、頼廉は部屋に座り直した。まだ寝ぼけているらしい孫市が目を擦っている。長い髪を下ろしているせいで、俯く顔が隠れている。
 暫く沈黙が続いた。忘れているのでは、という淡い希望があったのだが――頼廉は単刀直入に言った。
「昨夜のことは忘れてくれ」
 それだけ吐き捨ててもう一度部屋を出ようとする。その袖を孫市はぐっと掴んだ。
「忘れねえよ」
 驚いて振り返った頼廉が見たのは、やはり普段通りの笑顔だ。
「何でもするって言ったよな、お前」
 小鳥がさえずる。
「言っておくが、酒には強いんだぜ、俺」
 目線が合いそうになって、頼廉は思わず顔を逸らした。
 緩みそうな口を隠すため――自由な方の手で口元を覆い、首を小さく左右に振って、孫市の手を振り解いた。




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