筒井1


「左近、お風呂に入りませんか?」
 主の申し出は唐突だったが、答えは決まっている。首を傾げていてもそれは見た目だけで、本心では断らせるつもりなど一切ない。そしてさらに補足するならば、これは「一緒に」という言葉が抜け落ちている。当然ながら主は、言わなくても分かるものだと思っているから省いている。
 左近は少しの間閉口し、首を捻った。順慶は穏やかな瞳で左近を見上げている。だが内面は見た目よりも些か強情だ。なので左近は、
「と、言いますと?」
 と少々おどけて尋ねた。自分だけが早合点するわけにもいかないので、あえて正す必要があると思ったのだ。順慶はふっと微笑んで、
「さ、早く行きましょう」
 そう左近の腕を引く。ほらやっぱり、疑問符に意味なんかないじゃないか。左近が思うことも気にせず順慶は城下の温泉へと左近を連れ出した。いつの間にか順慶は左近の腕ではなく手を握り、袖をぱたぱたと振りながら歩いていた。
「いいんですかい、気安く外へ出て」
 左近は呆れ気味に声をかける。目の前に居るのは若くして大和を治める大名なのだ。順慶は尚も笑っている。
「夕餉までには帰ると、石舟斎に伝えてあります。左近と離れないことを条件に許してくれましたよ」
 店の主人に何やら話をしてから、順慶は脱衣所へと左近を連れて入る。
「風呂にはまだ早いんじゃないですか?」
 ここまでくると、左近も諦めがついてきた。元より嫌な気分は持ち合わせていないが、何より供を自分しかつけていない主の身が心配なのだった。まさか筒井城の足元まで不穏分子が入り込んでいるとは思っていないが、そうでなくても気安く出歩いていい身分ではない。だからこそ――とも、思うが。
「無理を言って、貸切にして貰っていますからね。忙しい時間を借りるわけにはいきませんから」
 どうやら今日のために前々から準備していたらしいと悟り、左近はこれ以上諌める気持ちも捨て、主と共に服を脱いだ。
 広い湯の表面には、細長い葉が浮いていた。浸かると身体に張り付いたので、ぺろりと剥がしてみる。左近はそれをしげしげと眺めた。
「菖蒲湯ですか」
 隣の順慶はすでに蒸気した顔で微笑む。
「今日は何日ですか、左近?」
 そして左近は漸く知る。湯を撫でながら、こう答えた。
「五日ですねえ」
 左近の返答に順慶は浮かんだ菖蒲を手に取って笑っている。ぱしゃり、静かに湯の表面が揺れる。
「今日は左近が生まれた日だと聞きましたから」
「わざわざありがとうございます。ですが、いいんですかい? 俺一人こんな……」
「侍大将を祝うのです。誰にも文句は言わせません」
 紅色の笑みを湛え、順慶は左近の左頬に手を伸ばした。濃い傷跡を指でなぞる。
「……それに、私も入りたかったものですから」
 じわりと、順慶の額には湯に濡れたものではない、別の液体が浮かぶ。左近はそれに気付いて苦笑した。
「とか言って、そろそろ限界なんじゃないですか? 逆上せる前に上がりましょう」
「はい……」
 揺れる湯面と菖蒲の葉。
 日が沈む前にと、二人は帰路についた。




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