木偶の坊 | ナノ

木偶の坊


 長くなったなあ、と勇者は自分の髪を指で弄びながら思う。普段は耳の下あたりで切り揃えているのだが、今では肩を通り過ぎるまでに伸びている。
「そろそろ切らないとな」
 勇者はそう呟くなり愛用の脇差を引き抜き、空いた左手で伸びた部分を掴んでそこに刃を宛てがった。
「切るのはいいが」
 一連の動作を見つめていた宗矩がにっと口角を釣り上げる。
「後始末が大変だからここではやめてくれないかなァ。叱られるのおじさんなんだから」
 宗矩の宿へ勇者が遊びに来ているのだった。勇者は同じような笑みを宗矩に返し、脇差を鞘に収めた。
「冗談だよ。切りたいと思ってるのは本当だけど」
「伸ばそうとは思わないのかァ?」
「邪魔じゃないか。宗矩のだって、見るたびに切ってやりたいと思ってるよ」
「……お主には色気がなさすぎるよォ」
 溜息を吐きながら宗矩が首を左右に振る。勇者は左程気にした様子もなく、そうかな、と相槌を打つに留まった。
「そもそも」
 宗矩は古い壁に背を預けた。結んだ髪が身体と壁の間に挟まると、確かに邪魔かもしれないと思えた。
「色気があったらわざわざおじさんのところに来ないかァ」
「どういう意味、それ」
 足を伸ばす宗矩とは逆に勇者は胡座をかき始めた。だから色々と間違ってないかなァなどと宗矩は考えて答える。
「気にかける相手でも居たなら、男一人の宿まで遊びに来たりしない」
「ああ、それは言えてるね」
 勇者は数回頷いた。
「ただ」
「ただ?」
「宗矩に言われたくはないかな」
 口をへの字に曲げて勇者は言う。宗矩からは乾いた笑いが洩れた。
 空気が湿っている。壁の向こうからは雨音が聞こえ出した。
「雲行き悪いとは思ってたけど」
 雨音は徐々に強くなっていく。勇者は胡座のまま背伸びをした。宗矩は表情を変えずにそれを見ている。
「今日はここに泊まろうかな……」
「生憎、空き部屋はおじさんで最後だよォ」
 これは、宗矩としては珍しく純粋な親切心での言葉だったのだが。
「じゃあ相部屋でもいいや」
 言うなり勇者はすっくと立ち上がって、宗矩の制止も聞かずに部屋を出て行った。かと思えば、すぐに笑顔で戻ってくる。
「お代はそのままでいいって言うから、ついでに払っておいたよ」
「あのなァ……」
 呆れた宗矩は傷のある片眉を吊り上げた。口は、緩んでいる。
「いけないよォ、おじさんなんかと一緒に寝ちゃあ」
「大丈夫さ。宗矩にそんな勇気はない」
「言うねェ」
「第一、こんな女と誰が寝たがるって言うんだ」
 勇者は目を細めて天井を仰いだ。笑おうとした宗矩も黙りこんで俯く。勇者はそれを見ずに続ける。
「生まれた時期も場所も分からなければ名前もない。親の顔なんて勿論覚えてないし、出来ることは武器を振って人を殺すことだけ。戦場にいれば英雄と扱ってくれるけど、それが終われば怖がられる。決まった主も家臣もない。恋をしたことなんて勿論ない」
 勇者は宗矩に笑いかけた。宗矩は見上げこそしたが、笑えなかった。揶揄って許されるときとそうでないときは弁えているつもりでいる。
「男を知っているかどうかもあやふやだな。戦のこと以外はあんまり覚えてないし」
「お主……」
「でも、宗矩も女を知らないような顔してるよね」
「……一言余計だよォ」
 宗矩が自分の頭を掻きながら苦笑する。勇者は少しずつ宗矩の方へ歩いていき、足の先までくると屈み込んだ。
「同情してくれるんだ?」
「して欲しいのかァ?」
 勇者は微笑んだまま首を左右に振った。少女のような笑みではあるが、可愛くない、と宗矩は思う。必ず何処かに悪意を含んでいるのだ。
 自分と同じで。
「……あんたも、同じようなものだろう」
 雨音が一層酷くなる。それをいいことに宗矩は聞こえない振りをした。だが勇者は追い打ちをと言わんばかりに囁きかける。
「人を好きになるも、人に好かれるも出来ない。似た者同士じゃないか」
「なら、似た者同士仲良くするか……ァ」
 宗矩は途中で言葉を詰まらせた。勇者の瞳には固まる宗矩の姿が映っている。宗矩はそこから目を逸らせられなかった。冷えきるような視線で勇者は宗矩を見ている。蛙のような心境で勇者の返事を待つ宗矩を見つめながら、勇者は立ち上がった。
「そうしようか」
 勇者は倒れこむようにして、座っている宗矩の胸に寄りかかった。伸し掛かる、という方が正しいかもしれないし、少なくとも宗矩はそう感じた。
「いい機会だし、遊ぼうじゃないか、宗矩。どうせどちらも木偶なんだ。後腐れがない……」
 引き剥がそうとして、宗矩は、雨音に耳を傾けた。あの雨のように色がないものかもしれない。この女も、自分も。だからこそ水溜りのように集まりたがる。
「寂しいのかァ」
 宗矩は雨のように呟いた。
 勇者は何も言わずに口付けた。払い除けるのも億劫になった宗矩はただ黙っていた。
 本人が疎んだ髪が宗矩の頬に触れる。終われば切るのだろうか。宗矩が考えている間に勇者の方からは金具を外す音や衣擦れの音が立った。
「……ここまで」
 雨音を背中に宗矩が嘲笑う。
「色気のない身体っていうのもないねェ」
 無骨な手が小振りな勇者の胸を無造作に揉んだ。掌の中には薄い傷跡がある。胸元だけではない。勇者の身体には至る所に歴戦の証が刻まれていた。
「だろう?」
 勇者がくつくつと微笑う。そして、吐き捨てる。
「前戯とかいいよ、面倒臭い」
「本当にお主は、女らしさの欠片もないなァ」
「欲しくもないくせに」
 笑いながら宗矩の下肢に手を伸ばす。左程硬化していないものを布の上からふにふにと触ってから、服の中に手を突っ込んだ。肉刺だらけの手で逸物を扱く。宗矩はその手より張り詰めた皮の塊を勇者の膣口に挿した。狭めの道をかさついた指が広げる。
「んっ……やっぱり、気持ち悪いな」
 顔を僅かに歪めながら勇者が洩らす。互いの性器を刺激する間も悪態は尽かない。
「人を誘っておいてよく言う」
「別にあんたが気持ち悪いって言ってるわけじゃあないよ」
 外から聞こえるものと内から聞こえるもの、二つの水音よりもむしろ笑い声がよく響いている。
 空いた手で肩を押しつつ勇者は宗矩の中心に跨った。指を体内から抜かせ、代わりに逸物を宛がう。にやりと笑って、勇者は体重をかけた。
「ん……」
 柔らかい肉が膨らんだ海綿体を包んでいく。飲み込み終えたことを確認するようにぐりぐりと股を押し付け、宗矩の肩に頭を乗せる。
「あー、懐かしいような、やったことないような、微妙な気分だ」
「つくづく味気ないねェ、勇者殿は」
「いいじゃないか。好きだろう、その方が」
 勇者は微笑みながら腰を揺らす。額に汗が浮かんでいたが、気にする風もなく宗矩に抱きついた。だがこれは単に支える場所を得てより動き易くするためだ。身軽な身体を跳ねさせる度にきゅうと奥が細くなる。
 そもそも消極的に事を受け入れていた宗矩は手持ち無沙汰に勇者の髪を触っていた。その間も勇者は宗矩を喰らう。下半身には流石に傷がないようだ。宗矩が考えるのは、せいぜいその辺りだ。愛もなければ欲もない。それは相手とて同じだろうと信じている。
 自らに思い切り熱の矛先を突き立て、勇者は宗矩の首元に顔を埋めてぴくぴくと震えた。入り口も細かく痙攣している。
「気がすんだなら、さっさとどいてくれないかなァ」
 投げやり気味に吐き捨て、宗矩は勇者の身体を遠ざけるように押した。脱力していた勇者だったが、従うようにして大人しく宗矩から離れた。繋がっていた部分が糸を引き、垂れる。
「あんたはいいの」
 そそくさと衣類をかき集めながら勇者が言う。宗矩は頭を掻きながら笑った。
「餓鬼こさえても困るだろォ」
「それもそうだ」
 勇者は真顔で応えた後、「ま、責任はとるよ」と先程まで別のところで飲み込んでいたそれをぺろりと舐めた。

 雨音は少し弱くなっていたが、止む気配はない。
「髪、どうしようかな」
 壁に凭れながら勇者は呟いた。
「嫌なら切ればいいだろォ」
 床に寝転がった宗矩が答える。
「そうだね」
 気紛れな戯れは終わりを告げ、雨に混じって溶ける。後腐れがないと勇者は言った。これきりだろうと宗矩は思っている。
「悪いね、憂さ晴らしに付き合わせて」
 勇者も横に転がった。明日になればまた刀を握って旅立っていく。
 たまには、ただの女に戻りたかったのだろうか。宗矩は軋む天井を見上げながら、耳を澄ませた。雨音だけが聞こえていた。




▲ページトップへ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -