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 使いだという彼の従者に引き連れられ、とある陣中で面会した宗矩は目の前に座る男を見て少なからず驚いた。
 宗矩に負けず劣らずだらりとした、しかし何処か肌寒い雰囲気を纏うこの男はかつて死んだはずの毛利元就だ。本人がそう名乗ったので若い宗矩も気付く。
「噂はかねがね。しかし、拙者が生まれた頃に亡くなったと聞いていた元就公が、何の御用で?」
 ぽややんとした笑顔の元就に畏まる必要もないかと思いながらも、ひとまず改まった口調で尋ねる。元就はにこりと目を細めて笑った。
「君に用があってね。聞いたところによると、どうやら君が今受けている仕事は私にとって少々不都合なようだ」
 一瞬にして空気が乾く。
 宗矩は口角をつり上げてくつりと笑んだ。
「なるほど、邪魔者は排除しておこうって腹かァ」
「やだなあ、昔ならまだしも……今はそんな気なんてないさ。どうだろう、今回は諦めてくれないかな」
「そんなことしたらおじさんはまた食うのに困っちまうんでねェ。悪いが飲めん。……って言ったら、どうなっちゃうのかなァ?」
「事が終わるまで大人しくしてもらうだけさ。こんな老人が若者の未来を奪うのは忍びないからね」
 元就は笑顔だが、宗矩はその笑顔にこそ激しい嫌悪感を覚えた。嫌いな、それも憎むほどの、笑顔だ。優しい顔をして平気で謀略に手を染める。
「人のことは言えないが、相当真っ黒だねェアンタ」
「そうかもしれないな」
 宗矩は太刀に手をかけた。抜くつもりはない。振り上げようとした瞬間、元就はふっと笑った。元就の背後から陣幕を抜け飛び出す影が二つ。
「宗茂、元春。取り押さえなさい」
 西国無双と名高い宗茂と、多少なりとも老いたとはいえ毛利最強の武を誇る元春はそれぞれに武器を持っている。一度に太刀の鞘で両の刃を受け止めた宗矩だが、下卑た笑みとは裏腹に額には冷や汗が伝う。
「おいおい、これは無茶だろォ……」
 いくら剣術の達人とはいえ、元より人を殺すこととした武人二人を相手にしては圧倒的に不利だ。その上、少数の兵を引き連れた隆景までも陣幕に姿を現し、宗矩は隠すことなく舌打ちした。
「一介の浪人相手にこの仕打ちたァ、よっぽどおじさんが邪魔なのか……それとも、よっぽど殺したい相手が居るのか……平和じゃないねェ」
「随分余裕だな」
 宗茂の揶揄にも宗矩は人の悪い笑みを浮かべる。
「諦めてんのさ。いくら何でも――ぐっ」
 言葉の最中で、呻いた。隆景の軍配が後頭部に振り下ろされていた。元春は哀れみを込めた瞳でそれを見下ろすと、隆景を連れて退出した。宗茂も後に続く。
「流石に、相手が悪い」
 かつかつと歩きながら元就は宗矩の言葉を拾う。それから兵に命令した。
「暫くの間捕らえておけ」
 若い者を殺したくはない、というのも、元就の本音ではある。自分が本当に居なくなった後、太平を繋ぐのはこうした意志と力を持った若者だ。
 しかし、そうして思うのとは違うところで、元就はこうも思う。自分に逆らわなければさえいいのだと。
「退屈しのぎくらいは用意してあげようか」
 謀神としての顔で元就は笑う。

 果てた庵に赴く元就の足取りは軽い。殆ど外れている扉を押しのけて中に踏み入る。ぎろり、睨み上げる瞳と目が合った。微笑んだ。
「随分と嫌われたものだね」
 泥臭さと、雄の臭いが漂っている異様な場所でも元就は笑顔だ。柱に両手を繋がれた宗矩は、男の中でくつくつと笑った。額や頬どころか、身体中に汗が滲んでいる。
「これで嫌われないと思ってんならただの間抜けだろォ」
「違いないね」
 元就は棚の残骸と思われるものに腰掛け、膝に頬杖をついた。
 既に髪縛りも解け、ばさりと散った長い髪を肌に張り付かせる宗矩の下肢からはどろりとした他人の体液が流れる。力なく投げ出した足の奥で、何度も男を突き入れられた箇所が擦れる痛みでじんわりと痺れた。
 どれだけ剣に自信があろうとも体格が良かろうとも口が立とうとも、こうなってしまえば終いだと元就は思う。自分を囲って大人ぶってみたところで、元就からすればただの若者、子供だ。蹂躙に耐えられる程心が強いとはいえない。
「小競り合いの最中で兵も気が立っているんだ。暫く相手をしてあげてくれ」
 元就は悪びれずに言った。
 日が沈む前からもう、宗矩は民兵数人と番わされている。宗矩と負けず劣らず大柄な男達に使われている最中には野太いとも言える呻き声が溢れていたが、口に男根を捩じ込まれるとそれも止んだ。下ろされた髪を掴まれ顔を持ち上げられ、喉の奥の方へ押し込まれる。かふ、と息が切れるような音が聞こえたが、元就は無視していた。
 見開いた瞳から透明な液体が落ちる。
「ぐうっ」
 口にも、尻にも。浅黒い塊を放り込まれ突き動かされ、揺れる身体で宗矩は喉に隠れた悲鳴を漏らす。長時間嬲られた菊門は擦り切れてうっすらと血が滲んでいる。垂れた目が元就を映した。睨んでいはいない。そこまでの気力がないか、あるいは、解放して欲しいのか。どちらにせよ元就が要求を訊くことはない。
 口内から抜かれたものが宗矩の額に吐精する。薄くなった精液が垂れ、咽せていた宗矩の舌にぽつぽつと零れた。苦さに眉を顰める。だがもう何度も味わった味だ。
 一人が宗矩から離れたことで下半身から伝わる熱が激しさを増した。腰を掴み寄りかかるようにして宗矩の逞しい体躯を苛む。
「ふうっ、ふっ、あ、うぐっ」
 時折、年相応の幼い喘ぎを上げるが、殆どは痛みとして溶けていった。
 目を強く瞑った。威圧感のある瞳を隠してしまえば、彼が自称する「おじさん」ではなく元就の言う「若者」へと変わる。
 腸内にも注がれた精液は男根を引き抜かれることにより少しだけ体外へと流れたが、それでも中には残る。力が抜け股を閉じることすらままならぬ状態の宗矩を見遣り、元就は漸く立ち上がって人を引かせた。
 汗と精液と、また違う体液と。髪も乱され、今にも気を失ってしまいそうなほどぼんやりとした宗矩の頭を元就はそっと撫でる。
「君が手を引いてくれなければ、事が終わるまでずっと繰り替えす羽目になるんだがね。逃げられないように、ね」
 ある人物から護衛を頼まれた宗矩だが、依頼主は毛利が邪魔者として排除したがっていた相手だ。たかだか浪人風情に計画を乱されたくはない。元就の謀神としての自尊心が歪んだ方向へと渦巻いている。
「ただ、君がこれで私や毛利に恨みを抱くようなら、一生逃がしてあげるわけにはいかないけどね……」
 屈んでいた元就はすっと立ち上がる。開いた瞳がそれを追う。
「それこそ、殺すなんて生温い。愚かな行為には相応の処置を下さないとだ」
 元就は出入り口に向かって歩き始める。そして扉に手を掛け、また振り返った。
「君は確か謀略も使っていたね」
「……それが、何だってんだァ」
 ゆっくりと口を開く宗矩に、元就は笑って吐き捨てた。
「君のような餓鬼が謀略なんて、甚だ笑える」
 夕闇にぼかされた笑みは、宗矩が普段好んで使うものよりもよっぽど、下卑た笑顔だった。
 扉が無理矢理閉じられた。




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