海上遊戯


 海に黒い影が映る。それをぼんやりと見ていたのが間違いだった。
 船が揺れた。
「くっ、一体何が……!」
 事態を確かめるために乗り出した身が、宙に浮く。身体は反転し何かに絡み付かれた足が見えた。絡み付くそれには吸盤が見えた。
「な、何だっ!?」
 晴賢は上擦った声を上げた。身体はそのまま引き寄せられ、足だけに絡み付いてたものが腕や胴体にも巻き付いてしまう。もう、正体が分かった。これは――蛸の腕だ。
「何故、こんな巨大なものが……」
 腕の一本一本が人間の両腕ほどに太く、何とか首をねじって見た蛸の頭もまた、相応に大きく、まるで怪物のようだった。
 晴賢は右手に持っていた指揮棒を振り回そうとしたが、その腕もまた蛸に拘束されて身動きがとれない。粘膜を体表に纏った腕は晴賢の服を濡らしていく。
「晴賢様!」
 船の方から叫ぶのは、唯一連れてきた隆包だった。ただ船の様子を見に行くだけだとろくに供も用意しなかったのだ。
「たかか――」
 ヒュン、と余っていた蛸の腕が動いた。晴賢の顔が凍り付く。目に映ったのは、甲板に叩き付けられて気を失った隆包の姿だ。
「隆包ぇ!」
 いくら呼んだところで隆包は目を覚まさない。その口の端から、つうと血が流れた。この程度で死ぬ程柔な男ではないと分かっているが、そもそも、晴賢には心配する余裕もなかった。
 ぬるりと腕が晴賢の頬を撫でる。
「気味の悪い……っ!」
 見下ろした蛸の目は笑っているようにも見え、それが晴賢の神経を逆撫でする。まずは抜けださなくては、と足掻き始めた晴賢だったが、袴にするりと細めの腕が入り、身体を強張らせた。
「な、何をする! やめろぉ!」
 だが、懇願も虚しく――袴は、その下で肌を覆い隠していた全ての布ごと、引き裂かれてしまう。悲観する間もなく上半身も同じく裂かれ、あっという間に白い肢体が惜しげもなく光の下に晒された。
「うっ……」
 いつも眉間に皺を寄せ、睨みがちの目が、今は眉を下げ、眦に涙を浮かべている。その身体に吸盤が這う。痛い、気持ちが悪い。晴賢はせり上がる嗚咽をなんとか呑み込み、拘束された腕を必死に動かした。
 吸盤が、ふっくらと形作られた胸を包む。桃色の乳首に張り付いたかと思うと、きゅぽんと音を立ててすぐに離れる。
「あうっ」
 晴賢が鳴くと、吸盤はまた胸に吸い付き、何度かそれを押し付け、また離れた。白い身体に吸盤が赤い痕を残していく。それは腕に、足に、腹に、至る所に朱を咲かせた。
「くうう……」
 両方の太腿ににゅるりと腕が回り、そして容赦なく股を割らせた。未熟な色の花びらが白の中心に開く。
「や、やめろ、嫌だぁっ」
 涙が落ちる。だが人間でない相手には情も言葉も通じない。
 蛸は、一本の腕を晴賢の花に伸ばした。
「嫌だああ」
 晴賢は首を大きく左右に振った。が、それだけだった。膣内には既に腕の先が入り始めていた。顔を青ざめ、涙を流す晴賢など蛸の目には入らない。幸か不幸か蛸自身が持つ粘液のせいで容易く侵入されてしまう。
「う、ぐう……」
 腕の先は行き止まりに達し、行き場を求めてうねっていた。白い女の身体にはほの暗い蛸の腕が絡み付き、さらには突き刺さってまでいる。蛸の大きさも相俟って、現実とは思えぬ光景だった。
「た、かかね……早く……起きてくれ……」
 はっはっと小さな喘ぎを繰り返す合間に晴賢はそう呟いた。足元の隆包を見ようとする。だが、体内に異変が起きた。しきりに行き止まりを叩いていた腕の先が、細いのをいいことに、さらに奥を開いてしまったのだ。
「嫌ぁああああ!?」
 本来であれば子を孕む場所だ。膣に張り付く吸盤の痛みもあり、晴賢は目を丸くし、ただ涙を流していた。
 その目から残っていた僅かな光も――子宮に感じた違和感に消えてしまう。
「あ、あ、嘘……だ……」
 とくとくと何かが流れ込んでいる。確か、蛸の腕には一本生殖器が混ざっていたのではなかったか――晴賢は霞む意識でそれを思い出し、今自分の体内に流し込まれているものが蛸の精液であることを悟った。
「……あ」
 常に輝いていた瞳が、暗く曇った。

「ん……」
 力なく伸ばされていた指が丸まり、拳を作る。隆包はゆっくりと起き上がった。
「晴賢……様……?」
 声は聞こえない。痛む身体を引き摺り、隆包は辺りを見渡した。船の隅に白い人影を見つける。
「はる……」
 それは、肌の隅々に吸盤の痕を残され、犯された芯からは僅かに違う生き物の体液を流した、主の無惨な姿だった。
 言葉をなくして駆け寄ると、吐息だけが聞こえた。




▲ページトップへ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -