母を想う | ナノ

母を想う


 ざり、と砂を踏む音が立つ。
「――よう」
 日を背中に受けながら、元春は口元だけで笑った。

「……お早いですね」
 墓前で佇んでいた隆景が振り向き、少し哀しそうな目で微笑む。
「そっちこそな」
 ふっと笑ったまま元春は肩に預けていた数本の花束を持ち上げた。
 既に墓前には花が手向けられている。その隣に、元春は自分の花を並べた。二色の花が風に揺られる。
「兄上らしい」
 隆景は呟くように零した。
「お前も、らしいぜ」
 少し湿った風が足元を吹き抜けていく。

 二人で墓前に屈み、手を合わせる。そしてどちらからともなく口を開いた。
「母上」
 目を閉じた互いの顔は見えない。
「もう五年……いや、やっと五年」
「領内は益々発展し、安定の道を急速に歩み始めました」
 それなのに、まるで打ち合わせたかのような呼吸で哀悼を唄う。
「兄貴も、隆景も、それから姉さんもな。元気でやってるよ」
「私たちは、毛利がため……要害として、毛利を挟み流れましょう」
 互いの息だけを感じ、また二人は殆ど同時に目を開いて、空を見上げた。
「頑張るからさ、見ててくれよ」
「いついつまでも」
「ずっと、ずっと」
 元春は口元を緩め、隆景は目を細め――二つの音を、並べる。
「お慕い申しております」
「大好きだぜ」
 曇りがちの空からは何も返らない。

「……さて、帰るか」
 立ち上がり、膝を叩いてから元春が呟いた。そこへ隆景が頷く。
「そうですね」
「隆景は待たないのか?」
 元春は意外そうな顔で、同じく立ち上がる隆景を見下ろした。
「父上だけならまだしも、兄上もご一緒でしょう。……いつまで待てば良いかわからぬものを待つ気にはなりません」
 その言葉には何処か、感傷が含まれているような気さえして、元春は小さく唇を動かす。
「隆景……」
「何ですか?」
 すると隆景が怪訝そうな顔つきで見上げてきたので、ふっと笑いながら首を左右に振った。
「……いや、何でもない。それより、なあ、賭けようぜ」
「……何をですか?」
 悪童のような笑みを浮かべる兄に、嫌な予感がして、隆景は少し身を引いた。元春が余計に楽しそうな笑い方をする。
「兄貴と姉さん、どっちが先に来ると思う?」
「兄上に決まっているでしょう」
 懸念していたわりに、隆景は即答した。くつくつと喉を鳴らす元春の笑い声がその耳に届く。
「おいおい、さっきはあんなこと言っておいてそれか?」
「姉上のことですから」
「だけどなあ、兄貴だって今は忙しくしてるだろ?」
「それは……」
 隆景は唇に指を当て、逡巡を呑み込んだ。おかまいなしに元春が続ける。
「姉さんは逆に落ち着いてきたころだろ。ん、俺は姉さんに賭けるか……」
「少し、待ってください」
「ん? うん」
 手を顎に当てたまま俯く隆景を元春は不思議そうに見下ろす。
「兄上が……しかし、父上……だが、宍戸の……」
 ――その、聞こえてきた呟きの数々に思わず噴き出しそうで、慌てて笑いを噛み殺した。
 たかが、戯れ。勝敗の条件すらも提示していない賭けに、何故それほども真剣に考え込めるのだろうか。それが隆景らしさだ、と元春は思う。
 真面目で、努力家で、負けず嫌いで、まだまだ幼さが残る。
 同性の中では自分の知る誰よりも整った顔つきを顰めさせる弟から一度目を逸らし、元春は見えないように笑った。
 兄弟の遊びくらい力を抜いてやればいい、と思う。それが出来ないからこそ隆景だ、とも思う。
 少しして、元春は未だに黙り込んだ隆景へ手を振った。
「またな」
 途端に隆景がむっと剥れた顔になる。
「……賭けは、どうなさるのです?」
「なんだ、まだ考えてたのか。じゃ、せーので言おうぜ」
 せーの――幼い音が墓前に響く。
 音は、完全には重ならなかった。
 気心の知れた兄弟は笑い合う。
「言ったな」
「言いましたね」
 口角を上げ、子供のように、笑う。
 二人は不意にそれをやめて互いの手を取り合った。無言で瞳を見つめ返し、ふっと伏せ、手を離す。
 別れの言葉も言わずに、それぞれ別の方向へと歩き出した。
 川は一つの陸地を挟むようにして流れる。同じ方向へ、されど長らくは交わることもなく。
 曇り空に切れ間が現れた。僅かに差し込んだ光が、墓前に供えられた二つの花を照らし、また風が吹いて、その花をゆらゆらと流した。




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