僕らは吐き出した | ナノ

僕らは吐き出した


 殺してしまいたい。
 あんな激しい言葉を吐いたのはいつぐらい振りだろうか、と、隆景は寝転んだままぼんやりと思った。
 そしてそれは今でも強く思っている。隙があれば、それが可能ならば、己の私情に走っていいのならば。どの条件も満たされてはいない現状に軽く舌打ちし、隆景は天井を見上げた。
 昨夜も見つめていた木目がある。
「……ああ」
 隆景は低く呻いた。
 時は、少し前まで遡る。

「また、貴方ですか」
 ひょっこりと屋敷に現れた宗茂へ、隆景は呼吸をするような滑らかさで拒絶の言葉を吐いた。
「本当に、何度言っても理解出来ぬ方ですね」
 いつものことなので、宗茂もまた、風のようにその言葉を受け流す。
「良い酒が手に入ったので、いかがかと思いましてね」
「そうやって何かと理由を付けてくることはもはや感心出来ますよ。……仕方ありませんね、どうせ追い返そうとしても無意味なのでしょう?」
「話が早くて助かります」
 ――宗茂は、くっと人の悪い笑みを浮かべた。
 全てはここから間違っていたのだ。後に隆景は自分を強く非難するのだが、今はまだ何も知らない。
「出来れば一度くらい、貴方と二人で呑みたいのですが」
 宗茂の顔には笑顔が張り付いている。しかしそれも常なので、隆景は大して気に留めなかった。お互いに心からの笑顔を見せたことは殆どない。
「父上に節酒するよう言いつけられていますので」
 そうきっぱりと断ったのだが、宗茂は引き下がらない。
「少量で構いませんよ。それとも、僅かでも酔ってしまうような下戸でもございますまい」
 煽るような言葉が隆景の神経を刺激する。自分と何処か似たところを持つ彼は負けず嫌いなところもある、と宗茂は読んでいた。
 その読みは当たっていた。
「まさか……いいでしょう。今日だけは付き合って差し上げます」
 宗茂はにこり、と笑った。

 宗茂の手前、そう言ったものの――実際のところ隆景はあまり酒が得意ではない。その上宗茂が注ぐものは意地でも飲み干そうとする。隆景は辛うじて意識を繋げられる程度で漸く盃を置いた。
「大丈夫ですか?」
 にやにやと笑いながら宗茂が隆景の顔を覗き込む。隆景はそっぽを向いた。
「……貴方に心配されるほどでは」
「そうでしょうか」
 明らかに顔を赤くして宗茂を睨む隆景は、誰がどう見ても酔っている。身体も、少しずつ傾いてきている。
「少し横になっては如何でしょう」
「余計なお世話、です……」
 二人の他に人は居ない。万が一でも醜態を晒してはならないと隆景自身が予め人払いをしていた。部屋も、隆景のものだ。下らない戯れに毛利の屋敷を使用することは憚れる、とこれまた隆景が決めたことだった。
 ――勿論、宗茂の予想する範疇である。計算通り、と言っても正しい。
 宗茂はくっと笑った。
「よいのですか、こんな時間に……俺に、隙を見せて」
 その言葉が隆景の耳で何度か響く。す――と頭が冷えた。
 声を出そうとした隆景に宗茂の手が伸びる。条件反射で逃げようとする隆景だが、その前に肩を掴まれた。ぞわり、寒気がする。
「お離しなさい」
「嫌ですね」
 振り払おうと腕を動かす。だがその腕も受け止められ、過度に爽やかな笑顔が間近に迫る。不味い。隆景の中で警鐘が鳴った。忘れていた宗茂への警戒心が最大限に膨らんでいる。
 宗茂の表情から一瞬だけ、笑顔が消えた。その瞬間隆景は畳に叩き付けられる。
「っ、ぐ!」
 背中と頭を打った衝撃に呻き、宗茂を睨み上げる隆景。頭は覚めたが、身体はまだ酒のせいで鈍っている。
「何をなさるのです……」
「おや。分かりませんか?」
 笑いながらも、宗茂が隆景を抑える力は強い。
「まあ、そのうち分かることですがね」
「、この!」
 振り払おうとした腕ごとさらに押さえつけられる。警鐘がいよいよ大きく鳴り響く。しかしこの段階で隆景が思っていた危険は、後の結果とは違うものだった。
 このとき感じていたのは、命の危険だった。
「私らに付け入ろうとしていたのは、こうして隙を狙うためだったのですか」
「……ああ、そうですね」
 整った隆景の顔が複雑に歪む。怒りと哀しみ、そして悔しさが入り交じっているように見えた。宗茂は、笑顔だ。
「しかし、貴方が思われているであろう意味とは違います」
 眉を顰めて怪訝そうに自分を睨み上げる隆景に、宗茂は相も変わらず微笑みかける。
 そして、――顔を近付けた。びくりと驚いた表情を見せる隆景だが、それは宗茂の感情を煽る結果にしかならない。漸く隆景も全てを悟り、顔を必死に背けようとするのだが、強引に口付けられてしまう。止めなさい! ――そう声を上げたくとも、宗茂の口内に消えてしまう。
(く、この……!)
 舌を吸い上げ、歯列をなぞり、遠慮なく口腔を弄ばれ、隆景の胸にはふつふつと怒りを超えた殺意が芽生えていた。隆景も自尊心が高い方だ。義子ほどに歳の違う男に身を許すような人間ではない。そもそも、隆景は宗茂のことを嫌っている。
 宗茂の膝が足の間に割り込もうとする。閉じた足に力を込めて拒もうとする隆景だが、酒と口付けのせいで、うまく身体が動かない。簡単に割り込まれてしまい、中心を膝で擦り上げられてしまう。いかに隆景が強く拒絶しようと、生理現象には逆らえない。
 唇が、舌が離れた。たらりと唾液が糸を引いて落ちる。宗茂はまた笑顔を見せた。
「ああ、美しい顔をしていますね」
 怒りに赤く染め、また瞳を潤ませ、口の端からは唾液を垂らす。こうでもなければ決して見られないであろう隆景の表情に宗茂はまた酔う。自分の愛するものが、そして自分を拒絶するものが、自分によって多少なりとも快楽を感じ、同時に嫌悪感を超えた反応を示している。それが宗茂の倒錯した愛情をさらに燃やす。
「さて」
 宗茂が言葉を発する度、笑顔を作る度に隆景は眉を顰める。どうにかして逃げる方法はないか――思案する隆景の服が乱暴に、しかし手際よく剥ぎ取られる。片腕は押さえつけられたままだが、右手は解放された。はだけた衣服などは気にしていられない。隆景はその手を、宗茂の頸に伸ばした。力の入らない手で、それでも頸を絞めようとする。
「随分と可愛らしいことをなされますね」
 宗茂の目が細められる。それはまるで戦場にあるような冷たさを帯びた瞳で、隆景は怯んだ。二重の危険が、ここにある。宗茂は少なからず怯えている隆景の髪を掴み、ぐいと引っ張った。それでも頸にかけられた手は離れない。
「……あまり乱暴にするのは好きではないんですが」
 冷えた笑みが隆景の視界を占領する。隆景はその頬へ唾を吐きかけた。
「よく、そうやって簡単に嘘を吐けますね……」
 にやりと笑ってみせる。
「嘘ではありませんよ?」
 宗茂も笑った。
「ですから、」
 自分の頸に伸びる腕を握る。隆景が手を引こうとするが、今は許さず、思い切り腕を握った。西国無双とも呼ばれる男の剛力に本来は軍師である隆景の身体は耐えられず、激しい痛みが骨まで襲う。
「大人しくして頂きたいのですが」
「ぐ、くうっ……放しなさい……!」
「痛いですか?」
 そう言いながらも宗茂は力を緩めない。隆景が首を左右に振った。
「だれ、か……」
 か細く吐息が洩れる。誰か――言葉とは裏腹に、隆景が助けを求めようとする相手はただ一人だ。
「……お助け下さい、兄上……」
 隆景も殆ど無意識に呟いていたのだろう。しかし宗茂はその声を聞き取った。途端に血が冷えきっていく。
 ぱっと隆景の腕を放したかと思えば、その拳で隆景の頬を殴り飛ばした。痣を作った隆景は忌々し気に睨み上げる。
「な、にを……っ」
「貴方はいつもそうですね」
「はあ?」
 どんなときでも冷静で礼儀正しい隆景には似合わない、心のままの声が上がる。
 宗茂は満面の笑みを作っていた。
「兄上、兄上……全く、反吐が出る」
「……!」
 目を見開いた隆景の片足を、宗茂が素早く抱え上げる。下帯も取ってしまい、奥まった部分に指が触れる。隆景は何よりも寒気を感じた。身体も心も、宗茂を拒絶し続けている。
「お止め――」
 隆景が制止するも――躊躇なく、指が入り込む。
「い、」
 嫌、か、痛い、か。隆景の叫びはそれ以上続かなかった。歯を食いしばり、顔を背ける。力では敵わないと思った末の、最低限の抵抗だった。
 奥まで入り込んだ中指がぐりぐりと腸内を掻き混ぜる。濡らすことすらもしていない指は隆景に痛みだけを与える。
「元春殿が相手だと、こんな表情はしないのでしょうね」
「あ、兄上とは、そんな関係では! ……う、あああああ!?」
 隆景は下半身に激しい痛みを感じた。恐る恐る目線を下げる。先程まで指が入っていた部分に、宗茂の性器が突き刺さっている。幸いにも怪我はしていないようだった。
「う、ううー……」
 泣き出してしまいそうな隆景に宗茂が口付ける。その宗茂を見上げる目には焔が灯っている。
「ころして……やりたい……」
 途切れ途切れに隆景は吐き出す。
「殺して、しまいたい……貴方を……」
 宗茂がくす、と微笑む。
「どうぞ?」
 そう言って自ら、隆景の両手を自分の頸に当てさせた。
「出来るものなら……ですが」
「この……下衆が……!」
「それはどうも」
 隆景が頸を絞めようとしても、ずっと回っている酔い、さらには身を引き裂かれるような痛みに指をかけることすら叶わない。きつく締め上げる体内を抉じ開けるように、宗茂は腰を引いては押し進めた。ぐ、と簡素な悲鳴が洩れる。
 性急ではなく、ゆっくりと中を掘り進めようとする。中ほどで前後に緩く動かし、無理矢理広げたことを詫びるように愛撫する。隆景にはかえってそれが、苦しい。こんなところまできて、思いやりは必要としていない。
 だが、隆景はふと気付く。――思いやりではなく、これも嫌がらせのようなものだったとしたら。目の色を変えた隆景を覗き込み、宗茂はにやりと微笑む。ああ、もう――遅い。
 一度完全に引き抜かれ、かと思えば先端だけ再び挿入され、入り口を引っ掻くように小刻みに削られる。少しずつ、隆景の痛みが和らいでいく。これは、不味い。焦りも増していく。暫くそうして浅い戯れを繰り返された。
(こんな男相手に……)
 隆景がそう思うほど、身体は受け入れる体勢を整えてしまった。順番と方法が逆転しているが、漸く解れた中を目掛け、宗茂はもう一度奥まで腰を進めた。頸から手が離れる。隆景は畳に後頭部をつけ、顔を両腕で覆い隠していた。
「ふ……そろそろ慣れましたか?」
「……誰が、貴方のものなどを……っ……」
 宗茂は隆景の腰を掴み、前後に動かした。まるで人形ではないか――と隆景がまた憎むことも承知の上だ。幾分かそれを楽しむと、今度は背中を丸め、隆景にぺたりと密着してとても近い場所からねちねちと奥の方を突いた。隆景は声を上げなかったが、時々震えていた。宗茂の腹に何かが擦れる。ふっと笑った。
「慣れるどころか、感じて頂いているようですね」
 隆景は何も答えない。
「だんまりですか……貴方らしい」
 互いの身体の隙間へするりと手が入る。隆景は逃げようと身を捩ったが、そもそも身体が繋がった状態だ。そう身動きのとれたものではない。易々と、起ちあがりかけている中心の熱を握られてしまう。
「っ、触らないで下さい!」
「貴方にも気持ちよくなって欲しいだけですよ」
「余計なお世話です。さっさと放しなさ、あぁっ!」
 中を擦り上げられると同時に熱を扱かれ、隆景は耐え切れず甲高い声を上げた。ごつごつと腰骨がぶつかって音を立て、時折中の――男ならば反応してしまう一点を刺激する。その最中にも愛撫する手は休まない。前も後ろも追い立てられ、隆景は息を詰まらせた。
 徐々に昂りを増していく隆景、それを嘲笑うように宗茂は囁く。
「出したければ、いつでもどうぞ?」
 腕で隠した顔の隙間から、鋭い光が覗いていた。
(貴方などに!)
 ひたすらに無言で訴えられるのは呪詛の言葉だ。それは声には出さないが、態度に滲み出ている。
 だが――やはり、宗茂が隆景の願いを聞き入れることなどは、なかった。
「ふ、」
 口角をつり上げ、しかし目は全く笑わないまま、宗茂は隆景を見下ろした。
 律動が突然激しさを増した。腸内を掻き乱され、先走りに濡れた熱を扱き上げられ――隆景は、自分の腕に噛み付いた。快楽は確かにせり上がってきている。生理現象であるそれに逆らう手だては、ない。ならばせめて顔を、声を、宗茂に晒したくはない。
「う――」
 嫌、だ。
 そう呟いたか、音にはならなかったか――定かではないが、宗茂が奥を突いたと殆ど同時に、隆景は忌み嫌う男の手で達した。白い体液が二人の腹に飛び散る。強く自らの腕に噛み付いたまま、隆景は薄い涙を流した。
「ああ……俺も、そろそろ出すとしましょうか」
 何処か放心している隆景を抱き締め、宗茂もすぐ後に射精した。全てを隆景の中に注ぎ込む。出し終わり、腕を放すと隆景は力なく畳みに伏した。ぼやけた瞳はひたすらに天井を眺めている。
「貴方……などに……」
 唇が小さく動く。
「……殺してしまいたい」
 宗茂はそれを聞き取ると満足げに微笑み、隆景に口付けた。

 それ以来、隆景は宗茂に逢っていない。あの日は気が付くと微睡んでいて、はっきりと目覚めた頃には宗茂は帰路についていた。そしてそれから、この国へはやって来ていない。
「あれだけ、好き勝手しておいて……」
 布団も敷かず、畳の上に寝転がる。あの日を思い出すと身体が、頭が、胸が痛む。警戒はしていたはずだった。だが結局、疑いきれずに、この事態を招いた。
(彼は……私に嫌がらせをしたかったのでしょうか。それとも隙を作ろうとしていたのでしょうか。あるい、は)
 あるいは――その考えに辿りつく前に、隆景は自ら考えることを中断した。
 掲げた腕にはまだ歯形がくっきり残っている。
「隆景」
 外からかかった声に隆景は慌てて起き上がった。
「どうぞ」
 障子がすっと開く。
「……最近、調子悪いらしいな?」
 元春は心配そうに隆景を見下ろしていた。ふるり、頭を振ろうとして――止める。隆景は目を細め、泣きそうな顔で笑った。
「私はいつも通りですよ」
「飯もあまり食べないと聞いた。……宗茂が来てからずっとじゃないか?」
 宗茂、という名前だけで隆景は肩を震わせた。何かを確信したような元春の瞳を慌てて見つめる。
「違います、あの、兄上」
「いい、喋りたくないことなら言わなくていい」
 元春は優しく微笑みかけ――それから隆景を睨んだ。
「だが、これだけは答えろ。宗茂に何かされたのか」
 隆景は押し黙った。しかし心の通った兄弟だ。元春は頷き、また微笑んだ。
「そう、か。分かった」
 立ち上がり、元春は部屋から出た。その際に、
「ゆっくり休めよ」
 と振り向いたのを、隆景は確かに見た。

 梅雨の時期に入らんとする頃、宗茂は何事もなかったかのように、いつもの通り毛利の居城、さらに奥の隠居屋敷を訪れた。しかしいつもならば――本来は兄弟ともに違う城の城主なのだが――門で立ちはだかるはずの隆景が見えない。
 代わりに、元春の姿があった。
「よう」
 人のいい元春だが、今日は眉を顰めた仏頂面で宗茂を睨んでいる。
「……どうか、なさいましたか?」
 宗茂はやはり笑顔で言った。その襟元に拳が伸びる。今にも殴ろうとせん勢いで、元春は宗茂の胸ぐらを掴んだ。
「隆景に何した」
「何、とは?」
「とぼけんな。いつの間にか痣だらけで、食欲も失せるし、一日中ぼーっとしてんだ。……お前がここを出る直前からな」
 突き飛ばすように、元春は指を離した。
「……あいつを苦しませるような真似だけはするな。次は……お前を討つ」
 それだけ言い切ると元春は人が変わったようににこりと笑い、「まあ入れよ」と言った。言外には「さっさと帰れ」と含まれているような気がしたが、宗茂は黙って従った。
(ああ……)
 片や隠居屋敷の廊下で、片や部屋に寝転がり、しかし同じことを考えた。
(反吐が出る)
 隆景は、ごろりと寝返りを打った。宗茂は元就の部屋へ通そうとする元春が聞こえぬよう、小さく小さく舌打ちした。
 ――やがて、雨が降り出した。
 隆景は廊下に出ていた。まっすぐに歩く。元就の書斎へと。
 書斎から声が、特に忌むべき相手の声が聞こえることを確認すると、隆景はすっと障子を開いた。
「失礼します」
 父の元就と、それ以上に宗茂が、驚いた表情で隆景を見ていた。
「どうかした?」
 やんわりと尋ねる父にいいえとだけ答え、隆景は宗茂の真正面で止まった。
「――立花宗茂」
「は、」
 パァン。威勢のいい音が鳴り響く。平手とはいえ、隆景は宗茂の頬に一発叩き込んだ。
「……い」
「これくらいはさせて頂かなければ困ります。しかし許したわけではございません。誤解なきよう」
 早口に畳み掛けると、隆景はさっさと退出した。
 残された方は、何が何だか分からない。しかし隠居したとはいえ元就も元は謀神、二人の様子から瞬時に隆景と宗茂の間に起きた因縁を把握した。だが、口を挟むほどお人好しでもなければ良い父親でもない。
「とにかく謝らないと殺されるかもね、あれだと」
「……分かりますか」
「懐に刀を隠し持っていたようだったからねぇ。隆景は本気だよ」
 暢気に言う元就だが、宗茂にしては血の気が冷める話である。しかし当の宗茂もまた笑ってしまっていた。
 宗茂は元就に断りを入れ、隆景の部屋を訪れた。声もかけずにずかずかと侵入する。暗い部屋の中で何かが光る。
「来ると思ってました」
 宗茂の首筋に刃物があてられる。宗茂は両手を挙げた。
「おやおや。本当に殺すおつもりで?」
「それが可能ならば」
「……では、仕方ありません。貴方に殺されるのならば本望です」
 宗茂は微笑んだまま目を閉じた。あと少し力を込めれば、殺せる。隆景の中に芽生えていた殺意が沸騰する。しかし――それすらも冷やすほど、頭は冷静だった。
「今はまだ、貴方には利用価値があります。それが終わるまで生かして差し上げましょう」
「それはどうも」
 宗茂の瞼が上がる。
「嬉しい限りですよ、隆景殿」
 行為のときも含め――久し振りに、宗茂は隆景の名前を口にした。何を言われるのかと隆景も身構える。
「今まで貴方は俺を嫌いだと言いながら、そもそも殆ど目にすら入れてくれませんでした。それが、今は俺への殺意で頭がいっぱいなのでしょう?」
「……っ」
「なら、嬉しいことです」
 隆景は――全ての誤解に漸く、気が付いた。
 自分の身体が欲しいのだと思っていた。無視を続ける自分に嫌がらせをしたいのかとも思っていた。結局はたぶらかすためだとも思っていた。
 しかし全て違う。宗茂が本当に求めていたものは、別にあったのだ。
「……ああ」
 分かったところで、やはり隆景には理解が出来ない。
「私は……貴方が嫌いですよ、宗茂殿」
 乾いた瞳が虚空を見上げる。宗茂は目線を交わらせることなく、にこり、と、笑った。




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