春景3


 ぐるぐると空が唸っている。時折小さく、また時には大きく吠えて大地を震わせる。暗く重い雲を青白い光が駆け抜ける度、徳寿は身体を丸めた。
「……これだけ騒がしいと、眠ることも出来ません」
 幼い身体には不釣り合いな布団に転がりながら、むうと剥れるように呟く。また、轟音が走った。徳寿は反射的に布団を頭まで被った。
 ――男児が、雷を恐れるなどと!
 布団に丸まったまま目を瞑る。恐くなど、ありませぬ。喧しいだけです。自分に言い聞かせるように徳寿はくり返した。
 襖が開いた。
「徳寿、まだ起きてるのか?」
 一瞬びくりと身体を震わせた徳寿だったが、おもむろに布団を手でのし上げ、声のする方を見上げた。
「兄上」
 次郎の笑顔と目が合う。後ろ手に襖を閉めた次郎はずかずかと部屋に入り、遠慮なく徳寿の布団を剥いだ。
「……何の用でしょうか」
 のそりと起き上がりながら、徳寿は不機嫌に言った。その頭を次郎が掻き撫でる。
「いや? またお前が震えてんじゃないかと思って」
「まさか……」
 ドォン、と大きめの雷鳴が轟く。
「ひゃっ」
 鳴くようにして身を屈めた徳寿、笑う次郎。稲妻は空だけではなく二人の反応をもくっきりと二つに分けた。
「やっぱり」
「お、驚いただけです……」
「ふーん?」
 にやり、次郎は悪童のように歯を見せた。
「一緒に寝てやろうと思ったんだがなぁ」
「……っ」
 徳寿が顔を上げる。
「まあ、その必要もなさそうだな」
「あ、ぅ……」
 泣き出しそうなくらいに顔を歪め、何度か口をぱくぱくと動かし、徳寿は観念したように次郎の袖を掴んだ。
「お、お願い、します……」
「そう言われちゃ、仕方ないねぇ」
「……兄上は意地悪です」
 徳寿は耳まで赤くした。
 幼い二人が共に入ったところで、布団にはまだ少し余裕がある。だが、その中で二人は――というよりは徳寿が一方的に、次郎を抱き締めていた。
 外から音が聞こえる度にしがみつく徳寿を次郎は可愛らしいと思う。
「徳寿」
 徳寿の背中をやんわりと抱いてやりながら、次郎は躊躇もなくその額に口付けた。驚いた徳寿が次郎から手を離す。追うようにして、次郎は、今度は小さな唇を食んだ。雷が、鳴る。しかし徳寿は怯えもせず、寧ろ次郎の方を驚いた表情で見上げていた。
「あ、兄上っ」
「これくらいの役得なら、いいだろ?」
 子供ながらに、この行為が兄弟としてのじゃれ合いを超えたものであることは、徳寿にも何となく分かっている。だからこそ徳寿は頬を染め、また心の何処かで喜んでいる。
「構いません、が……」
 徳寿は顔を次郎の胸に埋めた。他の誰かと、次郎と。何故こうも向く感情が違うのか、まだ自覚出来ていない。
 やがて、表はただ雨の音がするのみとなった。すやすやと寝息を立ててしまった次郎の傍で、眠れぬまま、徳寿は朝を――迎える。




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