春景2


学パロ。



 烏が啼いている。
 黒い影が赤い空を横切っていく。隆景はそれを目を細めて見送った。教員会議などの関係で部活動が一斉に終わり、多くの生徒が中庭を通り過ぎていく。隆景は上級生の下駄箱を確認し、昇降口の前で暫く人を待つ事にした。
 雲の流れが早い。
「隆景!」
 駆け寄った勢いのまま背中を叩かれ、隆景は一瞬だけ顔を歪めたものの、すぐに微笑んで振り返った。
「お待ちしておりました」
 下駄箱を背に、竹刀を肩に担いだ元春が笑っている。
「何だ、わざわざ俺を待ってたのか? どうせ帰る場所同じなのに」
 二人は歩き始め、肩を並べた。門をくぐる。
「だからですよ。今日は私が夕食の当番ですから、兄さんのお好きなものを作ろうと思いまして」
「お、やった。今から買い出しか?」
「ええ。お付き合い頂けますか?」
「当たり前だろ。どうせ兄貴も父さんも帰り遅いだろうしなぁ」
 夕日に向けて二人は歩く。
「そろそろ夏ですね。剣道部も大会が近いのでしょう?」
「あー、もうそんな時期か。俺ももう終わりだな」
「無敗の大将が居なくなれば、どうなることでしょうね」
「お前が入ってくれればよかったんだがな」
「私には、音楽の方が向いていますので」
「そっちは秋か。えー……コントラバス、だったか?」
「吹奏楽にバイオリンはありませんからね。少し残念です」
 取り留めのない、そして差し障りのない会話が続く。隆景は不意に黙り、市街地に走る電線を見上げた。突然返事をしなくなった隆景を訝しく思い、元春が足を止める。
「どうした?」
 何か気に障る事を口にしたのでは、という不安から元春は尋ねたのだが、予想に反し隆景は少し照れたようにはにかんだ。
「いえ、今を曲にしたのなら、きっと心地よい音が並ぶのだろうと思いまして」
 ――五線譜に似た電線を見ておりました。
 元春は意味も分からず、暫く呆然と頭の中で反芻していたが、やがてこれが弟なりの最上級の愛情表現であることに思い当たり、にこりと笑った。
「そういうことは、もっとはっきり言うもんだぜ」
「私は思ったことを口にしたまでですが……」
 二人は近所のスーパーに行き着いた。家の冷蔵庫に残っていたものを記憶で探りながら買い物を済ませ、出た頃には夕焼けが空全体にまで広がっていた。
 膨らんだレジ袋がガサガサと音を立てる。隆景が持っているそれを、元春は奪い取ろうとした。だがひょいっと避けられてしまう。「私の仕事です」と主張するように。そうして先程も、元春が持とうとする前に自分で持っていってしまったのだった。だが元春にも兄としての思うところがある。
 考えた末に、元春は袋の取っ手ではなく隆景の腕に手を伸ばした。驚いた隆景が見上げる。
「何をなさるのです」
 元春は無言のまま腕を伝い、隆景の手に自分の掌を重ね合わせた。それから、隆景の手ごと取っ手を包み込む。
「これで妥協してやるよ」
「……公共の面前なのですがねぇ」
 夕焼けが隆景までを染めていた。




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