毛利家1


「……はっ、あ」
 隆元は、蒸し暑い夜に目覚めた。額や頬から汗が流れ落ちる。顔色も悪い。これは決して寝苦しさだけに起因するものではない。
「ゆ、め……」
 量の多い前髪を掻き分け、隆元は溜め息を吐いた。嫌な夢を視てしまった。内容は漠然としか覚えていないが、不快なものだったことは覚えている。思い出そうとするだけで胸がざわつくような、そんな夢だ。
 外はまだ暗い。もう一度寝ようと思い、隆元は枕に頭を乗せた。――だが、目を閉じると断片的にこびりついた夢の破片が瞼の裏に浮かんでしまい、隆元は再び上体を起こした。紅い、夢だった。再度試みるも、やはり同じような痛みを感じて眠るに眠れなくなってしまう。
 隆元は暫く、布団の中で丸まった。毛利の長男が悪夢ごときに魘されているようでは示しがつかない、と少なからず思う部分があったからである。そう努力している間にも肌には汗が浮かぶ。耐え切れず、隆元はとうとう枕を抱えて部屋を飛び出した。
 音を立てぬよう慎重に、廊下を歩く。ねっとりとした夜の空気が肌を撫でて何とも気持ちが悪い。何か物音がする度に隆元は驚いて足を止め、周囲を見渡した。そうまでして向かう先は、一つ。
 廊下を暫く歩いた先には、元就の寝室がある。何とか誰とも顔を合わせずに辿り着いた隆元は空いている手を障子に掛け――ようとしたが、その前で指を止めた。元服してかなり経つ。それも跡取りなのだ。まさか一人で眠れないなどと、あってはならない。
 隆元は来たときと同じように、静かに廊下を戻り始めた。しかし自分の部屋まで戻ってきたところで、また踵を返して元就の部屋を訪れる。だがやはり入ることは叶わず、引き返す。これを何度繰り返しただろうか。既に空の向こうは白んできている。
「うう……」
 いい加減にしなければ、本当に眠れなくなってしまう。隆元は意を決し、障子を開けた。やはり音の立たぬよう、ゆっくりと。
「し、失礼します……」
 灯りは見えなかったので、恐らく元就も就寝していることだろう。眠りを妨げることになるだろうか。しかし元就ならば笑って済ませるだろう。些かの期待を抱いた隆元は部屋に踏み入れた、が、そこで枕を落としてしまった。
 元就は確かに眠っている。そしてその両隣には、川が二本。片方は鼾をかいて、片方は小さな寝息を立てている。
「な、なんで二人がここに……っ」
 嘆いたところで、もう場所はない。先手を打っていた元春と隆景の強かさとも言うべき行動力を前に途方にくれ、涙を浮かべる隆元の後ろからにゃあ、という声が聞こえた。振り向くと障子の隙間から三毛猫が覗いている。
 隆元は諦めたようにふうと笑い、三毛猫を抱き上げた。
「……一緒に寝ましょうか」
 にゃー。
 仕方ない奴だ。隆元には、猫の鳴き声がそんな風に聞こえた。




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