ログ1


*2/22宗就
 縁側に三毛猫が座っていた。
 いつのことだったか、ふらりとここへ来てそのまま居着いてしまったのだった。今では飼い猫として可愛がっているが、よくよく考えてみれば性別すら知らない。三毛の雄は珍しいと聞くから、雌、だろうか。
 まあ、どちらでもいいことだ。
「私も、ひなたぼっこをしたいよ」
 何かと仕事を持ち出して隠居させてくれない身内を思い出して、ぼやく。猫は鳴きもしなかった。私の独り言など聞かずに、のんびり寝ているのだろう。
「やれやれ。輝元も、そろそろ私を解放してくれたっていいんじゃないかな」
 積み上げた本に凭れかかる。ずる、と音がして、一番上の本が頭の上に落ちた。痛い。
「はあ……」
「お疲れですね、元就公」
 にゃあ、と悲鳴を上げた猫がどこかへ駆けていった。そんな猫の居た場所に立ち、部屋に顔を見せたのは他でもない。
「だから、来るなら前々から連絡してくれと言っているだろう、宗茂」
「使者を送っている間がもったいないので」
 本を避けて適当な場所を作り、宗茂はそこに腰を下ろす。そうでもしなければ、歩く余裕すらもない。
「横になる場所すらもありませんね、ここは」
「ああ、少し前に本が雪崩れてしまってね」
「そのときに片付ければ、机に伏して寝ることもなかったでしょう」
 にゃあという声が聞こえる。猫が戻ってきたようだ。
「よくわかったね?」
「顔が墨で汚れていますから」
「えっ」
 慌てて腕で拭う。その様子を見てか、宗茂が笑った。
「もうお年なんですから、寝るときくらいは無理をしないで下さい」
「……まあ、善処はするよ」
 遠目に見る猫は丸まって眠っている。
 羨ましい、と思った。



*毛利立花+謀士でバドミントン

「元就公、たまには運動しませんか?」
「たまにはって、そんな……いつも引きこもっているかのような」
「物置か書斎か解らないところで寝泊まりしているのは何処のどいつだ?」
「やれやれ、厳しいなぁ、ギン千代は。で、何をするつもりだい?」
「バドミントンです」
「……三人で?」
「俺は一人でもやれますから」
「聞き捨てならないな、宗茂。立花こそ一人で充分だ」
「じゃあ夫婦でやれば……って、それだと私が不利すぎるか」
「無理だと思います」
「そんな爽やかな笑顔で言わないでくれよ……。まあ、風神雷神に謀士ごときが勝てるわけないけどね。仕方ない、誰か呼ぶか」



「で、この俺が呼ばれたってわけか」
「うん」
「こんなことを謀士に言いたくないんだがね。馬鹿だろ、アンタ。これは謀士を呼んだところで戦況が変わるという状態じゃない」
「いや、後の選択肢が……」
「ダッキとアキレウス殿で、流石に誘えなかったと。まあ、そこの夫婦が分かれてくれるなら同等か」
「俺はどちらでもいいですよ」
「ならば元就、立花が味方してやろう」
「それはどうも。正直、心強いよ」
「心外ですね、元就公。……そうだ。何か賭けませんか?敗者は勝者の言うことを聞く、とか」
「定番だが、……これは負けるわけにはいかないね」
「安心しろ。宗茂には負けぬ。賈ク、貴様にもな」
「やれやれ、お手柔らかに」


<勝利・風神チームの場合>
「俺の勝ちだな」
「くっ、なんという様だ……!」
「まあまあ、ギン千代殿、勝利には運も必要ということだ」
「運にも見放されるなんてね……」
「さて。賭けがありましたね」
「やれやれ……どんな無茶を言うつもりだい?」
「そうですね、女装でもしてみますか?二人揃って」
「……ギン千代殿は元から女性だったはずだが?」
「年寄りに何を期待するかな、君は……」
「ふざけるな、宗茂。元就の体格で女の服が入るはずないだろう」
「ツッコミ所はそこじゃないよね?」
「そうだな、この世界には細い女性が多い」
「さりげなく失礼なことを言っているのはわざとか?」
「傷付くよ、宗茂……」
「仕方ない、張コウ殿から服を借りてくるとしよう」
「まだ女装の方がマシな気がするのはなんでだろう」

<勝利・雷神チームの場合>
「どうした宗茂、その程度か?」
「ふっ、やはり立花前当主は伊達じゃないな」
「元就殿、属性付加は汚いんじゃないか?」
「何を今更。綺麗な謀士は居ないさ」
「それはそうだが……」
「で、勝者は何を望むんだ?」
「うーん、私はどうだっていいんだが」
「そうだな。武器の属性が全て十になるまで、遠呂智討滅戦でも」
「それは勘弁してくれ……」
「元就公が手伝ってくれるなら楽に終わるんですがね」
「結局巻き込まれるのか、私は……」



*宗VS就からの宗就

 何処で間違えたのだろうか。
 己を護ろうと構えた武器が、相手の剣によって砕かれるのを見て、元就はぼんやりと思った。
 剣が煌めく。鋭い刃はそのまま振り下ろされ、鎧越しの衝撃に元就は砦の壁まで吹き飛ばされ、背中を打ち付けた。悲鳴が上がらない代わりに声とも取れぬ呻きが出た。
 もう戦う術はない。後は、自分の命を差し出す他にない。
「……宗茂」
 元就は一歩一歩こちらに近付いてくる美丈夫を見上げた。
 端正な顔立ちをして南蛮風の鎧を着込んだ男は、何の表情もない顔で元就を見下ろしている。
「元就公、俺は、貴方と敵対したくはありませんでしたよ」
 散々打ちのめしておいて、何を言うか。自嘲とも取れる嗤いが元就の口から溢れる。
「元より、死んだ身だ。潔く死を承るとするよ」
「……――」
 元就公。
 そう口が動いた気がした。
 剣が振り上げられる。元就は目を瞑ることもなく、その動きを見つめた。かつては同盟を結んでいた相手だった。それが何の因果か、決別した。一本になった矢はいとも簡単に折れてしまう。それだけのことだ、と、半ば諦めにも似た想いが元就の中にはあった。
 突き刺さる音が聞こえた。だが、痛みは感じない。
「……宗茂?」
 壁に突き刺さった剣、その先には元就が冠っていた烏帽子が引っかかっている。中の髪も、いくらか切れた。だが、それだけだ。
「元就公、」
 剣から手を離し、宗茂はその場に屈む。元就よりも大きな身体をしているから、屈んでも見下ろすことになる。
「俺は、貴方を殺しません。そう言えば、甘いと笑われますか?」
「生きていたところで障害になる。今殺しておく方が君にとって楽なことだとは思うよ」
「それでも、殺したくないのです。元就公。貴方が俺の下で生きられないというなら、別ですが」
 元就は黙って宗茂の瞳を見つめた。相変わらず柔和な笑みを視界に入れる気にはなれず、かといって真摯な相手から目を逸らすことも出来ず、視線の先を持っていく場所がなかったのだ。
「……狡い言い方だ。否定という選択肢がない」
 剣が壁から抜かれる。それを見届けて、元就は立ち上がった。
「だが、生き残ったところで、私に出来ることは殆どないよ」
「構いません。俺は貴方と一緒に居るだけで充分ですから」
「……そういう文句は女の子に言ったらどうだい?」
 穴の空いた烏帽子を取り、元就はそれをその場に投げ捨てた。風が吹いた。さらさらと美しい栗色の髪を流していく。こういうことを言わなければ軽卒だとも思われないだろうに、と元就は口の中でぼやく。
「捨てた命を拾うというなら、宗茂、私は君に従うことにしよう」
 元就はそう笑って宗茂に近寄ろうとしたのだが、酷く痛めつけられた身体がふらつく。倒れそうになった身体を大きな若年の身体が受け止めた。否、抱き寄せた。
「この矢がどれだけ保つかは、解りませんがね」
 違いない。
 笑おうとしたのだが、随分と体力を消耗していたらしく、元就はそのまま眠ってしまった。



 酷い倦怠感の中で、元就は目を覚ました。ゆっくりと身体を起こしたが、節々が痛んだ。手当はされている。寝ている間に誰かが世話を焼いたようだった。
「……負けたんだな、私は」
 無意識に零した独り言だったが、しかし返ってくる言葉があった。
「ええ、負けましたよ」
 陣の入り口付近に佇む宗茂は相も変わらず、笑っている。元就はそれから目を逸らした。構わず、宗茂はさらに声をかける。
「負けて、勝った俺がその命を貰いました」
「……解っているし、覚えてもいるさ」
「ええ。ですが、あえてもう一度言いました。理解はしていますが、意味の奥のことまでは考えておられないようなので」
「奥?」
 元就は間抜けな声で聞き返し、ゆっくりと歩いて近付いてくる宗茂の顔を見上げた。
 何を考えているのか、読めない。謀将とも称されるが、戦以外のことで無駄に頭を使うのはどうにも面倒で、こうして親しかった人間の意図すらも時には解らなくなる。
「ええ、元就公」
 若い風神の顔が視界いっぱいに広がる。距離が近い、ということに気付き、元就は目を丸くした。まともに見た瞬間こうも近くに居られては、流石に驚く。
 だが数秒後、唇に柔らかい感触を受けた元就は、驚くくらいでは済まなくなってしまった。
「な、」
 顔が離れていく。接吻されたのだ、と自覚して、元就は口を開いたまま固まってしまった。
 宗茂が笑う。
「そんな、生娘みたいな反応をしないで下さいよ、元就公。良いお年なんですから」
「そ……の。年寄りに何をしたのか、君は、解ってるんだろうね?」
「自分でしたことですから、当然」
 飄々と言葉を受け流す宗茂が、元就には恨めしくて仕方ない。
「命というのは、元就公自身のことも含んでいるのですよ。身体も、心も」
 命を貰う。
 これが今までのどの敗戦よりも重く苦いものであることを、元就は漸く悟った。何より先ほどの行為。
「いやいや……生きていても、ギン千代に殺されてしまうよ。大体なんだって私を。君ならどんな女性でも口説き落とせるだろうに」
「この期に及んでその冗長な物言い、どうにかなりませんか。まだ解りませんか?」
「……はあ」
 解っているからだよ、と。元就は声の代わりに溜め息を洩らした。
 安穏な老後には、ほど遠い。




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