お慕いSS 1
玄徹書きたかったのに徹玄になってしまった。青い頃の話。
模試のために休日を潰して数駅先の街を訪れていた。
十二月も半ばの街にはこれ見よがしにクリスマスソングとやらが流れている。その横で清玄が「じいちゃんが忙しそうにしてるよ」としんみり呟いた。相変わらず鼻の頭あたりが赤い。本人にしてみると季節には関係ないのだが、寒そうだ。
清玄は怠そうに欠伸をした。
「なんで模試とか受験って長いんだろうなあ……」
「そりゃ、問題解くのに時間かかるからだろ」
「終わって寝ようとしたらそんなに時間残ってないし」
どうやらかなり眠いらしい。
駅に着いて電車を待つ間も清玄の目は閉じかかっていた。見ているこちらにまで眠気が伝染りそうだ。
電車がホームに入ったので、ぼんやりとしている清玄の背中を叩いた。
「ねみぃ……」
横長の椅子に並んで腰掛けるなり、近くからゆっくり呟かれる。
「着いたら起こす」
向かいの窓から見える空は今にも夕焼けを通り越してしまいそうだ。田舎の方へ向かうから、これからさらに暗くなる。
「んー……」
返事ともいえない何かを発した清玄の頭が遠慮もなしに自分の肩へのしかかる。栗色がかった髪が柔らかく頬に触れた。
電車が進むほどに乗客の数は減り、すっかり日が落ちた頃には自分たち以外この車両にはいなくなっていた。
「……キヨハル」
真正面を見たまま、すぐ隣の清玄を呼ぶ。寝息だけが聞こえる。
「そろそろ起きろ」
目に映る電灯が減ってきた。辺りは田畑のようだ。
「清玄」
右腕は清玄が寄りかかってどうにも動かし辛く、左腕を伸ばして反対側の肩を揺すろうとした。結局届かず、右腕で何とか倒さないように整えながら席を脱出する。
いっそ倒してしまえば起きたか、と思ったのは前から清玄の寝顔を見たときだ。少々揺すったところで起きそうにない。
鼻の頭あたりが赤い。幼い頃からそうだ。髪は、切るたびに残る量が増えている気がする。昔一度下ろしていた。あれから随分と経つ。再来年には同じ高校へ行こうとしている。親や教師は適当な理由で納得させた。勿論清玄にも本当の話はしていない。
車窓に自分の顔が映る。そこから目を下ろし、僅かに屈む。肌も自分よりは白い。薄めの色素に赤が灯っている。寝息がすぐ傍で聞こえる。
何も聞こえなかった。電車の走る音もアナウンスも消えていた。電光表示板に駅名が表示されたのを見て、今度こそ本気で清玄の肩を叩いた。
『――駅です。ご乗車ありがとうございました』
車掌は男性のようだ、ということを降りてから知る。
数分のつもりが結局は数十分眠ってしまっていた。徹には随分迷惑をかけたと思い平謝りしたが、どうにも上の空だ。
「どうした?」
あるいは相手も眠いのだろうか。じっと見つめていると目が合ったが、すぐにふいと逸らされた。
「暗いな」
不明瞭な応えだが取り敢えずは反応のあったことに安堵する。
「日が落ちるのも早くなったなあ」
お互いの姿も街灯の近くでなければ殆ど見えない。
だから、自分の鼻筋に触れたところで分かりはしないだろう。
徹の唇が触れた場所は、きっと今でも赤い。
「……中途半端にしやがって」
道半ばで分かれてから声にした。
「寝た振りだけはバレたことないんだよな、俺」
肌が赤くなろうと寒さのせいに出来る季節でよかった。走りながら、ふとそう考えた。
2013/12/16
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