10話(1/3)

はあ、と息を吐くと真っ白な息が黒い夜空へと消えていった。もうすっかり寒くなって、夜は防寒具をしっかり着込んでいないと震え上がりそうになってしまう。だけど、生憎私は手袋を忘れてしまって手が凍ってしまうくらい冷たくなっていた。何度も何度も摩りながらはあ、とまた息を吹きかける。まだかなあと思いながら私は彼らの住む家を見上げた。


「おいアネモネ!」
「あっ、きたきた。遅いよも〜」
「いや、遅いとかじゃなくて、おま、どういうことだ」
「アネモネ!おれ何も聞いてねーぞ!」


バタバタと足音を立てながらサボとルフィは玄関から飛び出てきた。私が連絡してからものの数分で出てきたことに驚く。飛びついてきたルフィを抱きとめると「ぎゃあ〜!アネモネ冷てェ〜!!」と騒ぎ出した。その声を聞いたサボは私の頬に手を当てて「何時間ここにいたんだ!」と酷く怒られてしまう。

彼らの家の前に立って何時間経ったのかは全く覚えてない。“外に出てきて”というメールを送ればよかっただけなのに何を躊躇ったのか送信ボタンが押せずにいた。それで気が付けば日付が変わる時間になっていた。怒るサボにごめんねと目でいえば困ったような顔をして顔を伏せた。


「アネモネ、行くなよ! 何で行っちまうんだ! おれそんなの許さないからな!」
「ルフィ、」
「ぜっっったいにダメだ! 勝手におれの知らねェところに行くな!」
「…ルフィってば」
「嫌だ! ダメだ!! 嫌だ嫌だ嫌だ!」
「おいルフィ、アネモネが困ってる」


ぎゅうぎゅうとありったけの力で私を抱きしめるルフィに掛ける言葉が出てこない。心なしか声が何だか震えているような気がした。嫌だ嫌だと駄々をこねるルフィを私はただただ撫でてあげることしかできなかった。チラリとサボを見るとサボも口には出さないものの顔がルフィと同じで、おれも許さないと言いたげな顔だった。


「ごめんね、2人共。私、もうここから出ていかなくちゃいけないから」


幼い頃から一緒に育ってきた彼らに告げる言葉は、あまりにも重すぎた。改めて2人にそう告げると、自分も喉の奥がヒクヒクしてきて今にも涙が出てきそうになる。きゅ、とルフィの服の裾を掴むとまたぎゅうっと力強く抱きしめられて、それが何だか自分がしぼられるような感じがして目からとうとうぼろりと涙が出てきた。ああ、泣くつもりなんてなかったのに。泣きたくなんてなかったのに!


「…いつ、行くんだよ」
「私は、朝方…先にここを出るつもり。引越し業者は、お昼に来るって…聞いたよ」
「……お前そんなに、おれらが嫌だったか?」
「ッ?!バカなんじゃないの! 嫌なわけないじゃん! こんなにッ、こんなにも! 大好きなのに…!!!」
「っ、悪い」


彼らから離れたいか、と問われればそれは声を大にしてNOと言える。離れたくなんてない。これからもずっとずっとそばにいてずーっとバカやっていたい。でも、両親から引越しが決まったと言われたとき私はやっとエースのことで悩まなくて済むんだ、と思ってしまった。それと同時にエースへの気持ちが薄れていく未来の自分に恐れを抱く。あれだけ好きで好きで仕方なかったこの想いが、離れることによって何も無かったかのようになってしまうことが怖くて仕方がなかった。


「ごめんね、ごめんね。私がこんなんだから。こんな別れ方しかできない。ごめんね」
「…誰も悪くねェよ」
「、サボ」
「……連絡、たまにはよこせよ」
「アネモネ、おれにもだぞ!毎日!」
「うん、うん。連絡する。ごめんね」


ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるルフィに私も応じるように腕を回して抱きしめ返す。ごめんね、ごめんね。心の中で何度も何度もそう唱える。すると私とルフィをまとめてサボが抱き締めてくる。大きいその腕に包まれた私とルフィは子供のようにわんわん泣いた。

私がもっと強かったなら、きっとこんな面倒で後味の悪い別れ方なんてしなかった。ごめんね。本当にごめんね。







わんわんと泣いたからか、疲れ果てたルフィはいつの間にか寝てしまっていた。サボと2人で部屋まで運んであげたのはいいものの、ルフィが私の服の裾を掴んで離さないものだから離してくれるまでしばらくルフィの部屋にいることにした。サボはホットミルクを持ってきてくれて、ありがとうというとぐしゃりと頭を撫でられた。


「…なァ」


何十分かが過ぎたときだった。一向に離す気配の見せないルフィに対して困り果てていた私はルフィの頬を引っ張っていた。そんなときに、会話のない重い空気の中サボが口を開いた。なに、と応じてサボの方を向けば彼は何とも言えない気まずそうな顔をしていた。ああ、きっとエースのことだと私は直感的に思う。


「お前、その…エースになんて伝えるんだ。このこと」
「…………うん、それなんだけど。」
「? なんだこれ」
「手紙。エースに渡して」


思惑通りサボはエースのことを聞いてきた。私も、もし今日エースが家にいたらどうしようかと思っていた。いなかったのは、本当になんというか、不幸中の幸いといったら言い方が大分違うけど、そんな感じ。パーカーのポケットから出した手紙を受け取ったサボは怪訝そうな顔をしていた。まるで直接このことを伝えろとでも言いたそうに。バカだなあ、私にそんな勇気があるわけないじゃないか。だから今日いなかったことにとても感謝しているんだよ。


「…いいのか? 直接話し、しなくて」
「……いいの。だって、エースの顔見たら、私…行けなくなっちゃう。だからいいの」
「そっか」
「…ん、」
「……これ、渡しとく」
「うん、よろしくね」


へらりと笑みを浮かべれば下手くそ、と鼻をつままれる。ああ、もうこうやって話をすることもなくなるんだと実感する。引っ張られる感覚が無くなったと思えば、やっとルフィが手を離してくれたみたいだ。寝ているのに、まだ何か言いたそうな顔をしているルフィの頬を撫でる。ごめんねルフィ。携帯の時計を見るともう丑三つ時になっている。そろそろいくねと言うと、下まで送ってくとサボが言ってくれた。

玄関先で、なんだか名残惜しくてサボの顔をじっと見つめてるとぐい、と腕を引っ張られて抱き締められる。突然の行為に驚いて顔を上げるとその大きな目に涙を浮かべていた。サボが涙、そのことで頭がいっぱいになり何も言葉をかけられずにいたけど、パッとサボが離れて下までだと言ったのに家の前まで送ってくれた。言葉は交わさなかったがサボの目で何が言いたいかは分かった。


「じゃあね、サボ」
「おう」
「…ルフィと、エースによろしくねって」
「分かってる」


ひらり、と手を振る。扉が閉まるまでサボがこっちを見ていてくれていた。バタン、と閉まる扉の音があまりにも重くて、まるで私たちの関係の終わりを告げるかのような音にも聞こえた。


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