停泊して10日目。もうここのところ毎日ため息をついてる。また来ると言ったものの、あれからずっとキンモクセイの所には行っていない。会いたいとは思うが、誰と重ねているかも分からないからそんな状態で会いに行こうにも行けない。

あまりにもおれが仕事をしないもんだからマルコもおれのことを殴るのも諦めたらしい。それが逆に怖くて溜めまくった書類を今どうにかせっせと処理している。

「よォエース、やってるか?」
「…何だよサッチ。おれをからかいにきたってんなら帰ってくれ。見ろ、おれは今とてつもなく忙しい」
「いやァ?からかいにきたわけじゃねェよ。ただちょこーっと気になるこの島の言い伝えみてェなモンを聞いちまったからそれを可愛い可愛い末っ子に教えてやろうと思ってよ」

含みのある笑みにおれは首を傾げる。ナースに劣らねェくらい噂話だとかそういうの好きだよなサッチのやつ。どうせくだらないことだろうと思いおれは重い腰をあげてドアの淵に背を預けてるサッチを部屋から追い出そうとした。

「悪ィけど、そういうのはナース達とで盛り上がっててくれ」
「ほォ〜?聞かなくていいのか?お前のその悩みがもしかしたら少しは解消されるかもしれねェ、のに」

サッチの肩を掴んだのと同時におれは心臓が大きく跳ねるのを感じた。もしかしたら、キンモクセイのことが分かるかもしれねェ…?サッチはおれの顔を見ては満足そうに笑っていた。





「はァ?」
「だーかーらー、何回説明したら分かるンだ〜!」

サッチの言うことが全く理解出来なかった。

どうやらこの島は毎年咲く花の木に命が宿るらしい。それがどの木になるのかは分からない。命が宿る花は決まっている。命が宿ったといえ、島に何らかの影響を及ぼすことは何一つ無くて、ただその花が散るまでに島に作物を沢山実らせたり、少しは悪戯をしたりするだけらしい。

サッチと一緒に町を歩きながら様子を見ていると、町の人達皆嬉しそうで、今年は豊作だとあっちこっちお祭り騒ぎ状態になっている。

豊作になるかならないかは、その年の命の宿った花の木の気持ちによるらしい。随分とまあ気分屋だな。

「それで、ここからが裏の裏の話だ」
「あ?まだあンのかよ」


俺はキンモクセイのいる木まで走った。後ろから俺を呼び止めるサッチの声がしたけど、今はそれよりも早くキンモクセイに会いたかった。

『その花の木に宿る命ってのはよ、みんな女の子の姿になって現れるんだ』
『…へェ?』
『昼はあちこち飛び回って島に幸福をもたらさなくちゃいけねェから口は一切きけない、その分夜に喋れるようになるんだ』
『……』
『…幸福をもたらすだけでなく、島にいるある1人を選びその女の子はそいつの忘れかけている記憶を呼び起こす』
『……記憶を呼び起こす?』
『あァ。そいつにとって、大事な記憶。…………あ、言い忘れてたな。その命の宿る木は金木犀≠チつーンだ。花言葉は…、確か初恋≠セったっけなァ』
『金木犀…………?』
『お前どっかで懐かしい花の匂いでも嗅いだり、木の下にひっそり佇む女の子とかに会ったりしなかった?聞いた話によりゃァ、初恋した女の子とそっくり同じ容姿で目の前に現れるって』
『………サッチ、それ…本当、か?』
『町中の女の子という女の子が口を揃えて言うから間違いはねェな』

思い出した、思い出したんだ。おれがガキの頃、コルボ山で、ルフィと、サボと…あと一人、ルフィみてェにトロくて、どんくせえ女がいた。本当に短い間、おれらと一緒に生きてきた女がいた。

忘れたかったんだ。だって、アイツ、おれの目の前で、実の親に射殺されて。ゴア王国出身の、サボと同じ貴族の女だった。貴族の、私達の子供くせに、こんな汚い連中に誑かされていたなんて、お前はもう私達の子供でも何でもない!って、わけわかんねェ理由で殺されたんだ。

よく俺の手を引いては、一緒に金木犀を見に行った。照れくさそうな顔して笑うアイツに、おれも同じように笑った。最初こそは嫌いだったけど、ルフィと似たようなやつでそうおれも心を開くのに時間はかからなかった。

おれがあの野郎の息子だって知っても、何も言わなかったアイツに、おれは惚れてた。だから、惚れてた女が目の前で殺されて、守ることすら出来なかったおれは、ただただ辛くて、忘れようとすることに精一杯だったんだ。

どっかで見たことあると思った。あの笑顔、仕草、…匂い。変わった名前、アイツと同じだ。

「キンモクセイ……ッ!」

ぜえぜえ息を切らして辿り着いた金木犀の木の下のベンチに、キンモクセイはいなかった。何時間待ってもキンモクセイがあの屈託のない笑顔を見せて現れることは、無かった。あたりを取り巻く空気と、空が、やけに重くなっていくような気がした。


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