キンモクセイに会ってからやっぱりボケーッとすることが増えた。何度かこの島には立ち寄ってるというに。どうしてだ?前はこんなこと無かったのに、どうして…。いくら考えてもやっぱり分からないし、あの匂いも思い出せない。

島に停泊してから5日。ようやくイゾウのケツは落ち着いたらしい。サッチは相変わらず娼館を出入りする。よくもまあそんなに体力があるモンだ。おれはというと、仕事にどうしても手がつかずマルコに毎日怒られている。アイツ、覇気込めて殴ってくるから本当に痛ェんだわ。

「エース最近ずっとアホみたいにボケーッとしてるね」
「ハルタ」
「あれ、何も言い返さないんだ?」

言い返す元気も今はねェよ…。はあとため息をつくと変なものでも見るようにハルタがおれを見る。だから、おれ今そんな気分じゃねェんだっつの。

「なんか、考えてる?」
「おお……まあ、な」
「へェ? エースが考え事ね。珍しいこともあるじゃん」
「うっせ、ほっとけよ」

コイツ、ただおれをからかいにきただけなんじゃねェか。シッシと手を払ってハルタを追い払うもその場から離れようとしない。どっか行ってくれよと目で訴えて見てみるもただ物珍しそうにおれを見てはニヤニヤ笑うだけだった。

お前がどっか行かねェんなら、おれがどっか行く。食べかけだった炒飯を一気にかきこんでおれは食堂を後にした。

「…………………あ〜…、来ちまった」

仕事もろくに出来ないし船にいてもハルタみてェに絡んでくる奴らが他にもいると思うと面倒臭くておれはまた街の方へと出てきた。そして、無意識におれはキンモクセイのいるであろうあのベンチへと向かった。すると、やっぱりそこにはキンモクセイがいた。

声をかけるかどうか、とても迷っていた。元はといえばキンモクセイがキッカケでこんなに悩んでる。話すことで何かを思い出せるならたくさん話をしてみてェと思うけど、話してもっと混乱するようならそれは避けたかった。

どうしようかとウンウン考えてたらおれに気付いたキンモクセイがブンブンと大きく手を振ってきた。
あァ、見つかっちまったならもう行くしかねェ。

「…よォ」

声をかけてみたものの、キンモクセイはただニコニコと笑って首を縦に振るだけだった。コイツ、また口きかねェつもりか?

「また無視すんのか?」

違うよ!とでも言いたそうに手を大きく左右に振る。

「じゃあ何で喋らねェんだ」

そういえば困ったように眉を下げてキンモクセイは俯いてしまった。やっぱコイツ、よくわかんねェな。
するとキンモクセイはおれの手を取り、手のひらになにかを書き出した。字を、当てろってか?おれそういうの苦手なんだけど…。

わ た し ひ る は し ゃ べ っ た ら だ め な の

は?何度か書き直してもらってようやく理解をすることが出来たが、意味が分からなくておれはキンモクセイの顔を覗き込んだ。おれの方を見てはニコニコと笑っている。なんでだ。

「なんで」
さ あ ? そ う い う や く そ く な の
「変だな」
え ー す に く ら べ た ら ぜ ん ぜ ん

カチン、ときて睨みつけたらキンモクセイは慌てて立ち上がっておれから距離をとってはイタズラっ子みたいな笑みを浮かべた。ああ、コイツ、やっぱ誰かに似てる。この匂いも、どこかで…。

ぼーっとしているとキンモクセイがおれの顔を覗きこんできておれはバッと距離を取った。ベンチに座ってるおれと座ってないキンモクセイとじゃあ取れる距離だなんてたかが知れてる。

えーす、わたしとだれをかさねてるの?

手に書くでもなく、キンモクセイは口をパクパク動かせてそう言った。おれは、キンモクセイと誰かを重ねてる…?そんなわけ、ねェ。おれは誰もキンモクセイに重ねてなんざいねェ!居心地が悪くなっておれはキンモクセイの頭にポン、と手を乗せて「また来る」そう告げてその場を後にした。

船に着いてから気付いたけど、キンモクセイの頭に載せた手からあの懐かしい匂いが残っていた。風呂の時間になるまで、おれはずっとその手に残っている匂いを記憶のどこかから答えを見出そうとしていた。


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